第2話 不思議な夢

 5時半には家を出て、学校に行く習慣はいつからだっただろうか。小学校の頃は集団登校だったので、少なくとも中学のころからだろう。あの夢を見る前から、(夢を見る日は決まって早く起きてしまうが。)私は朝は早く起きてしまう。そうして今日もいつも通りの1日を始める。

 誰もいない教室に入り、窓際の後ろの席に荷物を置く。別にだれに言われたわけでもないが、朝この教室を掃除するのが習慣になっている。

 それを誰かに見せたいとか、そういった気持ちはなくて、こうやって早く学校に来ると少し気になる机にたまったほこりとかが、朝日に照らされどうしても気になってしまったのがきっかけでこうして掃除を始めた。だれも来ない間ににひそかに終わらせるのが少し楽しくなりつつある。黒板にうっすらと残っていたチョークの粉をふき取り、一通り掃除が終わったのを確認。時計を見れば7時半だ。まだ人は来るはずもない。

 こうして私が一人で掃除する習慣は高校に入って2年目になっても続いている。長い休みになるとなんだか落ち着かなったりするくらいには習慣づいてしまった。こういうところは少し人とは違うところなのかもしれない。

 4月ももう半ばになるが、朝のこの時間はまだ肌寒い。学校指定のセーターを内側に着込んでも、下半身に入り込んでくる冷気までは防げなくて、脚をこすり合わせたりしてごまかしてみる。

 誰もいない教室は、なんだか自分を表してるみたいな、そういう印象を受けて、自嘲気味に少しだけ笑ってみせる。こうしているとなんだか馬鹿らしくなって、少しすっきりする。

 今日の晩御飯は何にしようか、なんて考えたり、今日の授業の内容を予習したりしながら、徐々にあったまっていく教室の中に溶け込む。始業のチャイムが鳴るころには、私は窓際の空気みたいな存在になって静かに過ごすことができるのだ。

 こうしているおかげなのかせいなのか、私に話しかけてくる人間はいない。1年のころにあった担任との面談でも少し社交性が低いと注意されたくらいで成績はそこそこあるので特に何も言われなかった。「もうすこし客観視するように」と言われたがあまりよくわからなかった。でもまぁたいしたことではないのだろう。

 授業も特に変わったこともなく過ぎていく。昼休みになれば学食に行き、それなりに安くて食べやすいうどん定食におにぎりを1個付けてそれを食べる。朝ご飯の菓子パンと合わせて締めて大体700円。安上がりですむ自分の胃袋には感謝している。なにせこんな毎日を送っているわけだし。

 午後の授業も終わり、時刻は4時過ぎたところ。ここからは部活の時間になるわけだが、特に興味があるわけでもないし普段の運動は通学で足りると思っているので入っていない。

 荷物をまとめて手早く帰路につく。


 駅を出たら近所のスーパーへ。ちょうど今日はまとめ買いの日だ。気分で4日分

だったり5日分だったりするが、前回は4日分だし、今日はさして疲れてないので5日分かってしまおう。

 土日を挟むので少し多めになるが、それでも2人分の材料なので袋3つほどで事足りる。ちょうど買い物が終われば空がすっかり赤くなっていた。きれいな夕焼けで、明日は晴れるのだろう。そう思いながら慣れたとはいえ肩にかかる重みを感じながら、家に帰る。


 一通り家事も終わりあとは寝るだけだ。湯気に包まれた体を拭きつつ寝間着をまとい自室へ。

 この後は何をしようか。閉めたばかりの扉にもたれ、いつも考える。

 どうあれ明日の荷物と課題はやるとして、それを先に終わらせても(そう考えつつもいつも先に終わらせるのだが)寝る時間にはまだ早い。時刻は20時。どう考えても9時には終わる。趣味は読書くらいなものだが、今日はあいにくと買い物をしていたので図書館で本を借りていないし、昨日本を返したばかりだ。本棚にある本はしばらく読んでいない。決めた。端から読んでいこう。

 目標が決まれば、あとは早い。課題と準備を終わらせ。本棚の左端から本を1冊。

本というものは紙をめくるたびにその世界に引き込まれるようで、心が落ち着く時間でもある。それに、自分が一生のうちに経験することのない大冒険、大団円を感じ取り、その場にいるかのような臨場感も好きだ。もちろんそうでなくとも登場人物と一緒に謎を考えてみたり、悲しいストーリーに心打たれたり、はたまた思わず声が出てしまうようなギャグに笑ってしまったり。この時間は、もしかしたら自分の素が出ているものなのかもしれない。


 半分ほど読み終えたところで、寝る時間が来た。まだ光がきらめく街をカーテンで被せ、電気を消して床に就く。


 また、今日も夢を見るのだろうか、不思議な森の、不思議な館。そこに住まう12の動物たち。次に見るとすれば、子の次、丑である。どんな風景だっただろうか、話すとすれば何を話すのだろうか。昨日の夢は、なぜかそんなふうに思わせる奇妙さがあった。今までは何も言葉を交わさなかったからかもしれない。

 ネズミさんは案外饒舌で、でも軽薄さは感じられない。まさに服の通りの貴族であるかのような、そんな印象だった。ウシさん、夢に出てくる牛は、どんな性格をしているのだろうか。

 そんなことを考えながら瞼をおろす。


 今日の演目はこれにて終いだ。いつもの、代わり映えのない定期公演。観客のいないまま、だれに意識されることもないこの舞台は、いつか終わりを迎えるのだろう。さっき読んでいた悲しい道化のお話の内容のような劇的な悲哀も、子供のころ好きだった冒険譚のような歓喜も、自分が主演では起こりえない。ただ、何も起伏がないならそれは演じるうえで簡単で助かるなぁ。


 そんなことを思いながら、私の思考は深いところへと沈んでいった。

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