真夜中の邂逅

グース

第1話 真夜中の邂逅・微睡み

私はたまに、同じような夢を見る。

 自分が夢見がちな乙女のような頻度で夢を見てるなんて、自分的にはかなり恥ずかしいことでもあるのだが、この夢は、もしくはこの夢の主は、そんな夢の本人の私の意志に関係なく、その奇妙な時間につれてきてしまうのだ。


 「今日もこの夢かぁ……。」

 ため息をつきながら座り込んでいた床から立ち上がる。

 このおとぎ話に出てきそうな森の中にぽっかりと空いたように存在する草原から始まるのが、この夢のお決まりだ。紫の空に浮かぶ赤い月。黒々とした枝葉を茂らせる深い森。始まる草原から延びる細いあぜ道。自分の目覚める姿勢と向き。何もかも寸分たがわず同じである。偶然ではないだろうこの組み合わせには。毎回諦念を込めたため息をついてやる。これが私にできる精いっぱいの抵抗だ。

 ゆがんだ光景は、私に「ここに進め」と言うようにだた1本のみ伸びる道へと口を開いているだけである。

 この先に進まなければ現実には戻れない。どうやらこの夢はこの先にある場所へと行かなければ終わらない仕組みらしいのだ。つくづく性格が悪い。本当にこの夢は何なのだろう。


 ひたすら土を踏みしめながら黒々とした森を歩いていくと、やがてレンガ造りの家にたどり着く。これまた気味の悪い原色をちりばめたおもちゃの家のようだ。屋根はあり得ないほど反り立ってその中ほどについている煙突もハロウィンに出てくるようなゆがんだ形をしているが、残念なことに今日はまず春だし31日でもない。

 夢の内容は、ここから大きく変わるのだ。そこだけは不思議である。扉を開けて、中に入る。

 今日は洋館の大広間のようだ。英国貴族の夜会のダンスホールのような豪華さで、一番奥にはそれの踊りを彩る音楽を奏でるためか、グランドピアノが鎮座していた。

 そのピアノのふたは閉じられており、誰かが演奏した雰囲気はない。ピアノの近くにある椅子(音楽室にあるようなあの形をした椅子だ)には、今日の「夢の主」が鎮座していた。

 白のカッターに黒のジャケットを羽織り、蝶ネクタイを首につけ、下半身は特に何もつけずにその灰色の毛皮をさらしている。頭には見事なバランスで両耳で挟む形で控えめなシルクハットをかぶり、腰にはステッキを携えている。

 得意そうなその弧を描く口からは3対のひげが伸び、その口の先端にある鼻にいかにもな丸眼鏡を付けたネズミだ。

 夢の主はこの夢を見るたびに変わっていく、ちょうど干支の動物たちに姿かたちを変えながら。今日はネズミ、つまり子なので、ちょうど1周したという感じだ。

 それにこの家の風景も変わっていくのだ、夢の主と風景はセットのようだが、それにしたって個人的にはあまりピンとこない組み合わせだ。

 普段の夢は、夢の主に近づいていくと目が覚める。しかし、今日はその常識が通用しないようだ、いつものように歩いていっても、まったく覚める気配がない。ついにネズミの座っている椅子までたどり着いてしまった。

 どうしたらよいのかわからず、仕方がないので椅子の前で立ち止まる。そうすると、普段は何も言わず笑ったままだったその口が、ついに音を発した。

 「あぁ、やっと挨拶ができる。初めまして、ではないね。なんたってもう会うのは5回目かな?ともかく、ごきげんよう、お嬢様。今日の天気はいかがかな?」

 流ちょうに紡いだ人の言葉に呆然としてしまう。(ここは夢の中だというのにその非常識さに私は普段の夢と違うのも相まってそうなってしまったのだった。)

 「確かに突然のことで驚くだろうね、なんたって人でないものが人語を操る。うん、物語では驚くのが王道だ。君は王道を行っている、素晴らしき精神だ。でもねここは夢の中。驚くのはそこまでにして、挨拶を返してくれないか?これは私たちの記念すべき初の奇跡だ。私の庭で出会い、言葉を交わした記念日を、華やかに飾ってはくれないか?」

 そう妙に気取ったセリフを連ねるネズミにいまだに驚くが、確かにここは夢の中だ。ここは夢の主に従ったほうが良いのかもしれない。

 「こ、こんばんは。ネズミさん、でいいんですか?」

 「私の呼び名は何だってかまわないさ。紳士たるもの、確かにご婦人に名前を憶えていただくのはうれしいことだが、いやしかし名乗ることはわけあって省略させていただく。すまないね。」

 「なら、ネズミさんで。――それで、いくつか聞いてもいいでしょうか。」

 「もちろんだとも!君は色々なことを疑問に思っているだろう。あぁ、君は立ったままだね、これは失礼をした。すぐに整えよう。それに今宵は長い。ゆっくりお茶でも飲みながら楽しもうじゃないか。」

 そういってネズミさんはひょいと椅子から飛び降り腰のステッキでコン、と床を打つ。するとドサッと、虚空からこれまたきらびやかな装飾の施されたテーブルとイスが用意され、机にはお菓子をまるで宝石のように飾って干渉するかのような三段の丸型のかご、だろうか(夢から覚めた後に気になって調べてみたが、これはアフタヌーンティースタンド、スイーツタワー、というような名称らしかった。)に、白磁のように透き通った白に金と瑠璃の飾りを付けた芸術品めいたティーカップにいい匂いのするこれまた高級な茶葉を使っていそうな鮮やかな色をした紅茶がほわりと湯気を上げていた。

 「さぁ、かけて。夢の中で味はしないかもだが、それでも食べた気分というものはそれなりに幸福を感じるだろう。そうして楽しくお話をしようじゃないか。」

 そうネズミさんは言うが、やっぱり親もその両親も一般人な私がこんなに高級そうなお菓子に手を出せるわけもなく、でも少しの欲求はあったので椅子に座り、少しだけ紅茶をいただいた。味はしない。

 「さぁ、何でも聞いてくれ。」

 そういうので、この状況も少しは慣れてきたのか、私は夢で気になっていたことを聞いていくことにした。


 夢から覚めると、まだ外は暗かった。

 この夢をみると決まって4時ごろ目が覚める。そのあと眠ろうとしてもなかなか寝付けず、することもないので勉強がちょっとはかどっているのが、唯一のいい点だ。学校に行ける身支度を整え、机に向かう。今日は苦手な化学の計算の復習だ。中間はまだ先だが、去年の分を忘れないようにある程度はやっておかねばならない。

 ノートに式を書きながら、やはり苦手科目だからなのか、頭の半分では今日の夢のことを考えていた。


――どうしてこんな夢が見えるようになったの?

 「ふむ、君にとってはこの夢が突然のように思えるんだね。でもね、夢は君の者だ。この世界も君の頭の片隅からつくられている。だから、君が見たいと思った。だから見えるようになった。普通の夢と同じようなものさ。心の底からの記憶、妄想、様々な因子が混ざり合ったツボの中身を掬い上げて飲んでいるようなもの。それが夢。それゆえに非現実は起こりうるし、自分の記憶の埒外の情景だって夢の赴くままさ。」

――あなたは何者?ほかの主とはどんな関係?

 「主とはまた、そう思ってくれているとは光栄だね。だが夢の主は君さ。『僕ら』はそう、君の記憶から言わせてもらえば妖精のようなものさ。僕らは夢の中だけにいる、不思議な存在だと思っておけばいいさ。僕はほかの、君に言わせてみれば主、かな?彼らとは仕事仲間だけど、親密でもないね。お互い君との夢の記憶はしっているが、直接話したことはない。そんなちょっと変わった関係、が一番的を射ているかな。」

――どうしてあなたたちは十二支の姿をしているの?

 「ここは夢で、そして主は君さ。君の無意識が、そうさせている。君がもし望んでいたものが猫だったならば、僕は猫だったかもしれないし、子供のころに見た動物たちや物語の中の魔法使いを望んでいたら、僕は象やキリンだったかもしれないし、魔法学校の副校長、悪の魔法使いになっていたかもしれない。」

――どうして今日は話ができるの?

 「それは君が一番よく知っているはずだよ。僕らのすることは、君の望んでいることをしているに過ぎない。僕らが話すことは、君がかけてほしい言葉を言っているに過ぎない。今日は君が僕と話してみたいと思ったから、僕はこうして話をしているのさ。」

――この夢はいつまで続くの?

 「それも君次第。今までの質問にもかかわってくるけど、この夢は君の願いそのものが形になった結果さ。君が真にいやだと思えば、この夢は子供のころの笑い話、おばあさんになった時の不思議な冒険譚、そんなちょっと面白い思い出になるだろうね。」


 そんな感じでネズミさんと話を交わしたが、どうにも雲をつかむような答えばかりでもやもやした。本当に望んでいることを話しているのだろうか?どうにも反対のことを言っているような気がしてならない。

 そんなことを考えながら章を二つほどさらえたところで時計を見ると5時半だ。苦手科目の割には結構集中できた方だ。

 またほんの少しだけよれたノートを閉じながら、カーテンを開け窓を開ける。少しだけ空が藍色から明るくなっている青になりかけの色と、肌を引き締めるような冷たさを感じる風。この夢がもたらしてくれるのは、少しの勉強、朝の目覚め、そしてほんのちょっぴりの気持ちよさ。早起きは三文の得というのは、もしかしたら私と同じような夢を見ていた人の言葉かもしれない。

 軽く伸びをしつつ、カバンを持ってリビングに出る。いつも通りの1000円札に1本の缶コーヒー、それが母親との数少ないやり取りだった。昨日のおつりの254円を代わりに置き、「今日もありがとう。」と言ってからそれらを財布と制服のポケットに入れる。そうして玄関に降り靴を履いて外へ出る。マンションの8階から見えるこの街並みは、不思議な夢をみても変わらずひっそりとそこにある。

 今日はもう始まっている。葉桜の終わりを迎える気配を感じながら、私は学校へと歩き出した。

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