第31話 再会
丘を越えてさらに進む。木々が増えてきた。林の間には先が霞むほどの一本道が続いている。土に残るいくつも重ねられた轍が、犠牲になる少女たちの数を物語る。
馬を走らせること数時間。休憩を挟みつつ進んでいると、横に座っていたシェーラが突然声を上げた。
「あそこに人が倒れているわ!」
シェーラが指さしたのは進行方向だった。道の端になにかが転がっている。近づいていくとそれが人だとわかる。さらに近づいて、アリスは顔を顰めた。
地面に染みついた赤黒い跡。むせるような血の臭いが漂う。
馬を下りて倒れている男を仰向けにさせる。胸を深く抉られていた。死んでからかなりの時間が経っているようだ。手の甲を確認すると、やはり運び屋だった。周囲には献上品と思われる少女はいない。
「そんな……」
シェーラはショックを受けて口を押さえる。それに対し、アリスはすぐに死体から離れて警戒を強めた。
「近くに悪魔がいるかもしれない」
「魔王城近辺は安全だって言ってたじゃない」
「比較的に、ね」
魔王城の周辺で過激派の悪魔が現れることは少ない。魔王が穏健派であるためだ。彼の権力が届きやすい場所では過激派の活動が制限される。下手をすれば穏健派に粛正される危険だってある。
その逆に、城から離れれば離れるほど穏健派の権力は弱くなる。だから運び屋の仕事は魔王城の近くまで来ればほとんど終わりと言っていい。
しかし、中には例外もある。リスクを冒す価値がある場合だ。それがなんなのかはアリスにもわからない。ただ一つハッキリしているのは、今が危険な状況下にあるということだ。
今すぐに引き返して別の経路を進めば間に合うかもしれない。だが、そこでも問題が起これば間違いなく間に合わない。
判断に迷っていると、林の奥から音がした。生い茂る草木のせいでその姿は判然としない。アリスはシェーラを背に庇い、刀を抜き払う。
果たして、姿を現したのは人間だった。見たことのあるカウボーイハット。まさか彼の名前をもう一度聞く機会があるとは思いもよらなかった。
「キッドさん?」
「おう、嬢ちゃん。こんなところで会うとは偶然だな」
キッドに続いて現れた人影を見て、アリスは半目でキッドを睨んだ。
「奇遇なものか。君も運び屋だったんだな」
彼の背後にいたのは翡翠色の美しい長髪をポニーテールにまとめた少女だった。小麦色の肌と頬に散ったそばかすが快活そうな印象を与える。
「おいおい、決めつけはよくねえぜ?」
「運び屋でもなければこのタイミングで出くわすものか」
「はっ、違いねえ。隠す意味もねえし、今はそれどころじゃあねえからな」
「うん、悪魔がいるかもしれない」
「それならこの先にいるぜ」
キッドの指す方向にはなにもない。ただどこまでも道が続いているだけだ。
アリスの怪訝な表情を笑ってから、キッドがつけ足す。
「なにもにないように見えるだけだぜ。進めば奴が現れる」
「遭遇したのか?」
「いや、俺らはすぐに隠れたから姿は見てねえ。ちらっと状況は見えたんだが、酷いもんだったぜ。運び屋の死体がいくつも転がってんだ」
悪魔の魔法だろう。遠くからは見えないようになっているのだ。なにもないと高をくくって通る運び屋を始末するという狡猾なやり口。上級悪魔かもしれない。
ただ、それなら引き返せばいいだけだ。ここを通るよりはリスクが低いはずだ。
「どうして君らは戻ってきたのかな?」
「いや? 俺たちは別ルートから行こうと林の中を進んでたんだぜ?」
「頭がおかしくなったか」
「酷いねえ。っていうか、坊主は俺に厳しすぎないか? サンデアードのことをまだ根に持ってるたあ、女々しいねえ」
今すぐに叩き切ってやろうか。柄を握る手に力がこもる。だが、なんとか堪えた。
キッドがイカれたのでなければ、答えは一つだ。
「堂々巡りというわけか」
「そういうこった。道を引き返しても、林を進んでも必ずここに戻っちまう」
それはつまり、この先に待ち受ける悪魔を倒さない限り魔王城へはたどり着けないということだ。
厄介な魔法だと、アリスは舌打ちする。あいにくとこの魔法を打ち破る術を持ち合わせていない。キッドも同じだろう。打ち破れた者は迂回して先へ進んでいるだろうから、ここにいるのはこの四人だけだ。
助けは期待できない。アリスたちは割とギリギリのスケジュールで進んでいる。普通の運び屋は期日に余裕を持って行動するため、後続がいる可能性は低い。現にウォーレンハックの運び屋はアリスたちが到着するよりも前に出発していた。
そこでふと考えてしまう。もしかしたら、ウォーレンハックの運び屋もこの先で殺されているのではないか。そうだったならあの街は消されてしまう。シェーラが世界のあるべき姿だと言った光景が、理想が、砕かれてしまう。
「少女たちの死体は?」
「あ?」
「運び屋の死体はあると言ってたけど、運ばれてた少女たちは?」
たとえ運び屋が殺されていたとしても、献上品である少女さえ生きていれば希望はある。アリスたちが回収して届ければいいのだ。
「そういやなかったな。馬車があったから、その中に捕らわれてるかもしれねえ。連れ帰って消した街の数だと自慢するんじゃねえか」
過激派の悪魔が考えそうなことだ。それならまだ望みはある。
「お前の爆弾で悪魔を吹っ飛ばせないのか?」
「んなことすりゃあ馬車ごといっちまうぜ? つっても、そもそも持ってないんだがな」
聞こえるように舌打ちしてやると、キッドは両の手の平を上げて肩をすくめて見せた。
「坊主はどうだ?」
「すでに魔法を展開されてる状態だから、向こうはこっちの存在に気づいてるはず。不意打ちなら間違いなく殺せるけど、待ち構えてる相手に正面からは厳しいかもしれない」
気づかれていない状態なら魔法を使われる前に瞬劫で仕留めることができる。だが、今回はそうでない可能性が高い。敵がどのような魔法を使ってくるかによって勝率は大幅に変動する。
「敵さん次第ってわけか。まあ、このまま突っ立ってても埒があかねえ。行くしかねえか」
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