第3章

第23話 虫料理は殺人を促す

 結果的に次の街――ウォーレンハックまでは七日もかかった。本来ならその中間にもう一つ街があったのだ。だが、そこには瓦礫の山が築かれていただけだった。見た感じ一年以上も前にこうなっていたと思われる。おそらくは献上品を届けることができずに滅びたのだろう。


 シェーラが心を痛めているのは表情を見なくてもわかった。彼女は顔の前で手を合わせて握り、目を瞑った。祈っているのだろう。無念に死んでいった人々のために。


「私がたどり着けなかったら、こうなるのね」


 儚げな表情で唇を噛み締める彼女に、なんて答えればいいかわからない。しばらく悩んだ末、ごくありふれた陳腐な言葉しかでてこなかった。


「大丈夫、そうはならない。必ず僕が届けるよ」


 彼女は微笑する。それは今にも泣きそうな顔にも見えて、胸が苦しくなった。


 予定より四日も余分にかかるから、食糧問題には苦労させられた。結局、シェーラは一度たりとも虫を口にすることはなかった。


 一度だけ、もう少しで口に入る場面があったのだが、アリスが笑み堪えきれずに声を漏らしてしまったせいでバレた。


 以来、アリスは二度と悪戯しまいと誓ったのだ。


「ねえ、アリス。こっちに馬車があるわ」


「ひっ――」


「ん? どうしかしたの」


「な、なんでもないよ。どれどれ」


 突然顔を覗き込まれたせいで、あのときの光景がフラッシュバックした。



 虫を地面に落としてゆっくりと立ち上がったシェーラは、アリスが傍らに置いていた刀を手に取った。意外に重いから抜けないだろうという楽観的予測を裏切り、彼女は一息に刃を抜き払う。


「シェ、シェー……ラ?」


 ぐるんと首を傾けてこちらを向いた彼女の瞳にはハイライトがなく、まるで夜闇のような底知れない陰が垣間見えた。だらりとぶら下げた刀を引きずって、一歩、また一歩と近寄ってくる。


 目の前で立ち止まると柄を両手で握って高々と振り上げた。


「ま、待って? それ振り下ろしたら死ぬよ?」


「うん」


 普段の明るい声とはほど遠い、ドスの利いた低い声。あ、本気だ、とアリスは喉を鳴らした。


「も、もうしないから」


「うそ」


「いやいや、ほんとほんと」


「だってアリスは嘘つきだもの」


 シェーラは薄く笑った。


 アリスは恐怖で身体が動かなかった。久方ぶりの感覚。そう。それは初めて悪魔に襲われた幼い日のように。


 彼女は足を一歩踏み出し、腕をわずかに後ろへ引く。それは握った獲物を振り下ろそうとする人の動作だ。


 ――死んだ。


 次の瞬間、シェーラの後ろの地面にぼすりと刀が刺さり、二人して間抜けな声を上げる。


 重さに耐えきれず手から抜け落ちたようだ。


 そこからのアリスの行動は素早かった。シェーラを抱きしめるようにして両腕を封じ、ひたすらに謝る。謝る。謝る。


「本当にごめん」


「もうわかったわよ」


「ごめん」


「だからいいって」


「許して」


「ねえ」


「はい」

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