第22話 命からがら
「ここでサヨナラだぜ。馬はお前さんたちにやるよ」
しばらく走ったところで男は馬を下りた。街からは離れているものの追っ手がいれば捕まる可能性が十分にある。
「一緒に逃げないのですか?」
「連れを近くで待たせてるんでな。そんじゃ、達者でな」
男は名残惜しむ様子もなく茂みの向こうへ消えようとする。それをシェーラが呼び止めた。
「お名前を伺っても?」
「おいおい、今さらかよ」
「名乗るほどのものではないと仰っていたので、聞いてはいけないのかと……」
「ハハハ、さすがに素直過ぎるだろ」
あれは敵に向けた言葉だと誰が聞いてもわかるだろう。大笑いする男を尻目に、アリスは呆れ顔でため息を漏らす。
名前なんて聞かなくてもよかったのに、とは声に出さない。もう二度と会うことはないのだから覚えるだけ無駄だろうに。律儀な彼女を見ていると微笑ましい気持ちになる。
男はカウボーイハットを押し上げ、ニカッと笑った。決めポーズらしい。
「俺の名はキッド。イカすだろ?」
「私はシェーラといいます。こっちがアリスです」
キッドの決め顔に無反応で名乗り出すシェーラ。
さすがのキッドも首を折って苦笑していた。それから片手をひらひらと振って鼻を鳴らす。
「縁があったらまた会おうぜ」
「待て、キッド」
「おいおい、今度は坊主かよ。そんなに俺と別れるのが辛いのか?」
「そんなわけないだろ! 僕を降ろせよ!」
ああそういえばと独りごちつつ、キッドはシェーラに尋ねる。
「嬢ちゃん、乗馬は?」
「……ごめんなさい。できません」
「ねえシェーラ、なんで謝るの?」
「じゃあ仕方ねえな」
キッドは不承不承といった感じでナイフを使いロープを切断した。なんの前触れもなかったのでアリスは地面に激突した。
「いてて……どうして僕には荒いんだよ!」
「男には優しくしない主義なんでな」
心底楽しそうに笑いながら、今度こそキッドは茂みの奥へ姿を消した。
「不思議な人だったわね」
「いいや、ただの嫌なやつだったよ」
アリスは愚痴をこぼしながら馬の背に飛び乗り、シェーラを引き上げる。後ろに乗せると落馬して死ぬ可能性があるので前に乗せた。
「さて、悪魔が来る前に行こうか」
「ええ。……全部なくなっちゃったわね」
アリスに体重を預けて、シェーラは声を落とした。
馬車に残っていたのは旅に必要なものばかりだったが、お金など最低限のものは持ってきている。失ったものはまた買えばいい。それよりも食糧の調達ができなかったことの方がマズい。
「そうだね。しばらくはまともな食事ができなそうだ」
「…………うそ、よね?」
地図によれば、ここから一番近い街まで三日はかかる。
絶望に顔を歪めるシェーラ。
そんな彼女にアリスは意地悪な笑みを浮かべて言う。
「サンデアードに戻って食糧を調達するのと虫を食べるの、どっちがいい?」
「どっちも嫌に決まってるじゃない!」
シェーラの悲鳴が森に響き渡った。
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