第16話 封鎖された街
「最悪な事態だ……」
シェーラの部屋で二人は沈み込んだ空気の中にいた。あの後、門へ行ってみたが、マリアの言うとおり封鎖されていて外に出ることができなかった。
『反逆者の仲間が街の中にいるかもいしれない。だから街から誰も出してはならないと、街長から命が下った。ケケケ、お前だったりしてな』
疑われてはマズいのですぐに門をあとにした。外では昼間なのに憲兵が見回りをしている。
なにもかも想定外だった。
門番の言い方では反逆者がいるとは断言していなかった。マリアにはしつこく尋ねたが、彼女自身は処刑された夫婦との関わりはないし、反逆者と呼ばれるような組織にも属していないとのことだった。
嘘は言っていないように思う。ただ、あの夫婦が本当に反逆者なのかわからない以上、対策のしようもない。もし適当に決められているのだとしたら祈ることしかできない。
マリアと相談して、街の封鎖が解けるまでは外出しないことにした。幸い、彼女の家には数日を凌げるだけの食糧があった。あとはシェーラが食欲を我慢してくれることを願うばかり。
「考えても仕方がないか。今は身体を休めよう」
「ええ、そうね……」
声に張りがなく、表情には暗い影が落ちていた。シェーラはベッドに横たわって背を向ける。丸まった背中からは負のオーラが滲み出ていた。
「なにかあったら呼んで」
部屋を出るときにそう声をかけたが、待っても返事はなかった。眠ったのか、しゃべりたくないのか。どちらでもよかった。今はなにを言っても彼女には届かないだろう。
それからなにごともなく夜を迎えた。シェーラは食事の席に顔を出さなかった。部屋に持っていくと、いらないと言われた。お腹が減っていないからと。
無理矢理にでも食べさせようか迷った。空腹は感情を不安定にする。ただでさえ共感力の高い彼女だから、処刑された少女に気持ちを引きずられてしまわないか心配だった。
寝る直前にもシェーラの部屋を訪れるも結果は同じ。昼間に見た格好のまま、彼女は丸まっていた。
まさか死んではいないだろうなと、シェーラの肩を揺さぶる。
「……なによ」
かすれた声で不機嫌そうに彼女は言った。
とりあえず生存確認ができて一安心だ。彼女のことだから自殺はしないと思ってはいたものの、やはり心配ではあった。追い込まれればなにをするかわからないのが人間だ。
「いや、返事がないから不安になって」
「そう。悪いけれど、今は一人にして」
明確な拒絶だった。返す間もなく、彼女は布団を頭から被った。もう会話する気はないということだろう。
「わかった。おやすみ、シェーラ」
彼女からの返事を待たず、アリスは部屋を出た。
「どうしたらいいんだよ……」
自室の扉に背を預けて天井を見上げる。長らくの間、人の心に触れてこなかったから。こういうときにどうしたらいいかわからない。
いや、違う。触れてこなかったのではない。触れることを拒んできたのだ。自分の心の平常を保つために関係性から逃げ続けてきた。
そのツケが今にして回ってきたのだ。
アレックスたちといた頃はむしろ敏感だったように思う。パーティーの中で最弱だったアリスは立場も弱く、他のメンバーに対して気を遣ってばかりいた。そのことで怒られたこともあるくらいだ。あの頃ならシェーラに相応しい言葉をかけられただろう。
だが、昔の自分に戻ることなんてできやしない。心がそれを拒絶している。
瞼を閉じて全身の力を抜いた。頭を空っぽにする。すぐに睡魔が忍び寄ってきた。これをすれば、いつでもどこでもどんなときでも眠ることができる。最初は数字を数えることで余計な思考を止めていたが、慣れた今では数えずともそれができる。
ただ寝ようとすると、どうしても三年前のあの日を思い出してしまう。頭の中で何度も何度もシミュレーションをして、意味のない妄想にふけってしまうのだ。
普段なら数秒もかからず眠ることができるのに、今日は時間がかかった。気づけばシェーラのことを考えている。元気になってほしくて、自分がすべきことに思いを巡らせてしまう。だから数字を数え始めた。どれだけ考えても自分の中に答えはないと知っているから。
そうして数分後、アリスは意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます