第13話 監視による統治
女性はアリスの疑問に答えない。腕を掴まれたので振り払おうとするも、女性の手が震えているのを感じて思い直した。訳ありな様子。素直について行くことにした。罠の可能性は低いと思った。仮にそうだとしても人間相手であればアリスの敵ではない。
表通りから外れ、建物の裏に馬車ごと隠された。女性は陰から表通りを窺う。アリスも彼女に倣って見ていると、武装した悪魔が通り過ぎていった。姿が見えなくなってようやく女性の緊張が解けた。
「はあ……。もう平気」
「見つかるとどうなるんですか?」
「外から来た人は間違いなく面倒なことになる。最悪、冤罪をかけられて処刑されるかもしれない」
「どうして?」
「さあね。街長の方針だから」
街に漂うヒリついた空気はそれが原因のようだ。
曰く、怪しい言動があれば罪を着せられ、処刑されるとのこと。疑われた時点で言い逃れしても意味がないため、街の人たちはかなり神経質になっているそうだ。しかも怪しいかどうかはあの見回りの気分で決まるというから恐ろしい。彼女についてきて正解だった。
運び屋と献上品が特別扱いされると言っても、罪を犯せばその限りではない。運良く殺されずに済んだとしても、長期間の監禁となればおしまいだ。期日までに魔王城へたどり着けなければ生き残ったところで意味がない。
今すぐに街を出るべきだと判断した。シェーラには苦労を強いることになるが仕方がない。休息も食糧も諦める。
「情報ありがとうございます。僕たちはすぐに街を出ようと思います」
「それは無理だと思うけど……」
理由を尋ねると、女性は青黒く染まる空を指さした。
「夜になると街の内外の出入りができなくなる。もう門は閉じているはずだから」
そうなるとサンデアードに朝まで滞在しなければならなくなる。
女性が嘘を言っているとは思えないが、自分の目で確かめないことには信じられない。それにまだ間に合うかもしれない。
「行くだけ行ってみます」
「そう。出られるといいね」
「色々とありがとうございます」
見回りの悪魔を警戒しつつ大急ぎで門へ向かった。空にはまだ茜色がわずかに残っている。無事にたどり着いたはいいものの門は閉じられていた。
「すみません。街を出たいのですが」
『駄目だ。すでに時間を過ぎている』
「そこをなんとかできませんか。急いでいるんです」
『無理なものは無理だ。しつこいようなら憲兵を呼ぶぞ』
憲兵とは見回りの悪魔のことだろうか。呼ばれてしまってはたまらないので、大人しく引き下がることにした。
こうなっては宿を探すしかない。しかし、探そうにも道に人の気配はない。夜になると外出しない習慣でもあるのだろうか。
引き返すと、先ほどの女性がいた。
「やっぱり駄目だったみたいだね。私の家に来るといい」
「いえ、ご迷惑をかけるわけにはいかないので、宿の場所を教えていただけませんか」
「この街に宿はない。運び屋はみんな、誰かの家に泊まる」
宿がないなど俄には信じられない。ただ、先ほど彼女が言っていたことは真実だった。執拗に勘ぐる必要はないだろう。
素直にお言葉に甘えるべきか迷っていると、荷台からシェーラが顔を出した。
「あの、私たちは運び屋と、その……献上品なのでご迷惑をおかけしてしまうと思います。前の街でも私のせいで……」
「こんなご時世だからこそ助け合いが肝心でしょ。寝泊まりするだけなんだから問題ない」
シェーラの不安はもっともだが、彼女の言うことも一理ある。悪魔の占領下にあっては、人間は助け合わないと生きていくことは難しい。
「あの、お名前は……」
「マリア」
「私はシェーラ。こっちがアリスです。マリアさんは運び屋に対して嫌悪感はないのですか?」
「まったくない。それに彼が好きでやっているようには見えないから。むしろ同情してるくらい」
アリスは内心ほっとした。マリアは若く見える。おそらく子供がいないのだろう。娘がいたなら反応はもっと違ったものになっていたはずだ。人は立場や環境が変われば簡単に意見が変わる。
シェーラがこちらの様子を窺ってくるので、会話を引き継いだ。
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
「私の家はこっち。ついてきて」
マリアの家はしばらく歩いたところにあった。二階建ての一軒家。表通りから離れているため、見回りが少ないのだという。それは好都合だ。馬車は家の脇に置かせてもらった。
「一人でここに?」
「そう。両親は三年前に死んだから」
三年前。魔王が世界を統べ、悪魔が人間社会の頂点に君臨した頃だ。すべての街で人間は隅へ追いやられた。そのときには多くの問題や事件が起こり、多くの人が犠牲になった。
おそらくは彼女の両親もそのときに殺されたのだろう。悪魔の手によって。あえて伏せたのは万が一悪魔に聞かれていたら身に危険が及ぶからだ。
胸にチクリと刺す罪悪感をやり過ごして、案内された部屋に入る。アリスの住んでいる家より、よほどまともな内装だった。二階には二部屋あり、両方使わせてもらえることになった。
同室の面倒さは全階で懲りたのでありがたい。
「この街はいつもこのような感じなのでしょうか? なんというか、その……」
「息が詰まる?」
「……はい」
夕食をご馳走になっているときにシェーラが言った。
それも気になるが、それよりもシェーラの皿に盛られた食べ物がどんどん消えていくのを見て、彼女がおかわりと言い出しやしないかとそわそわしてしまう。
「前は違った。一年前に長が変わってからはずっとこう。悪魔の機嫌に障らないように顔色を窺う毎日が続いてる。もう慣れたけど」
「憲兵の見回りは四六時中行われているんですか?」
「夕方から夜明けにかけてだけ。みんなその時間帯は外出しない」
なら朝のうちに調達を済ませて出発するのがいいだろう。できる限り早くこの街を出たい。
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