乱入後の小話

「あーもうヤダ死にたいよぉぅ……」


 枕に顔を埋めて悶えるは私。水の中で泳ぐように両の足をバタつかせて、ぼふんぼふんと柔らかな音を立てる。


 顔は沸騰しそうなほどまでに熱を帯びているのが自分でも解っちゃうし、髪の毛もかきむしり過ぎて、いつもよりもくちゃくちゃになっている。


 まるで、いつかのデート帰りの日のように。さっきのことを考えて、声にならない叫び声を布団に押し付ける。


 ――でも、あの時とは違う。うん、全然まったく完璧に違う。


 デート帰りのは少し距離が縮まったのが嬉しかったからの行動だった。こう、恋人っぽい形を得ることが出来て、幸せに包まれる感じに耐えきれなくて。


 でも今日は、ただただ私がヘマをしただけだ。

 ただただ調子に乗って、ただただ自爆しただけで――。


「んあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ……!?」


 ……もうもうもうもうもうもうっ!


 足を振り下ろすと布団の反発で、自然と足が跳ね上がる。それがどうしてか鬱陶しくて、もっともっと振り下ろしてやる。

 このこのこのっ、クソクソクソッ!


「ど、どうしたんだぁ月乃さんよぉ……?なにドンドンしてるんだぁ……?」


 ノックとともに、にいさんの優しな声が訊こえて来て、ゾクッと身体に電流が走る。感電通電大惨事っ。


「だ、だいじょうぶだよ……?別になんにも、なーんにもないよ……?」


 いつもの平静が保てていない。音色も震えて、まるで小学生が初めてリコーダーを吹き始めた頃のような。


「そ、そうか。ならいいんだけど……」


「……うん……」


「あ、そうだ。もうちょっとでご飯出来るって義母さんが言ってたから、そのつもりでな」


「解った……」


 トントンと床に足をつく音がドアの外から聞こえて来て、「はぁ」と身体の芯の芯からの歪みを吐き出す。……ちょっと会話しただけなのに、すっごく疲れたぁ……。



 ――あぁ、途中までは上手くいっていたのに。



 帰って来てからのにいさんは本当に様子が変だった。絶対の絶対に、あの女と色々もろもろえろえろあったはず。


 にいさんは最近、私のことを意識してくれている。義妹ととしても、一人の女の子としても。それは喜ばしいことで、着実に目的達成には近づいている。


 だけどもだけども。その心の奥底には欠片のかけらでも、あの女のことを想っている気持ちがあるに違いない。

 それを揺さぶられては、篭絡してしまうのも時間の問題となってくる。人の気持ちというものは単純。少し突かれただけでも簡単に狂わされる。


 それなら誘惑して、私がにいさんの心の中をぐちゃぐちゃに、ドロドロに溶かしてしまおうと思った。そうすれば、あの女が介入する余地を完膚なきまでに消すことが出来る。

 ……身体を遣ったのは反則な気もしたけれど、そんな甘っちょろいことを言ってる場合ではない。……もう私だって余裕がないのだ。


 そう、単純に焦り過ぎてしまったから。


「キス……しようとしようとしたんだよね……私…………」


 焦燥感に駆られるあまり、行動を急かしてしまった。

 だから失敗した。――裸を見られてしまった。


「うぅぅぅぅぅぅ………………」


 あーあ、やっちゃったなぁ……。調子に乗るとすぐにこうなっちゃうって解ってたはずだったのに……。


「ま、まぁでも私の身体に目を奪われていたのは、ちょっと嬉しかったりするけど……」


 いつでも義妹として見られてきたから、あんな風にいやらしく見られるのは恥ずかしかったけれど、内心そこまで嫌ではないことは秘密の秘密だったり――。


「……ってなに考えるの私っ……!」


 ダメだダメだ。にいさんのことしか考えられない。

 にいさんのことでいっぱいいっぱい。ずっとずっと。

 もう私は――とっくににいさんに染まりきってしまっているのだ。


「はぁまったく……人って単純だなぁ~~…………」


 誘惑しようとしている人が誘惑、翻弄されっぱなしで。だからそんなの、最初から上手くいくはずがなかったのだ。


 策士、策に溺れるとはまさにこのこと。どんなにあがいたって、積もりに積もった自分の気持ちを隠しきれやしない。


 


 嗚呼、恋する乙女は盲目だ。遠回りして壁にぶつかって。

 時に胸をはずませて、時に苦しんで。


 それでもそれでも――。

 

「にいさん……にいさん……。スキだよっ……」


 そんな独り言は、静かに部屋の中に沈んでいくのだった。


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