義妹に乱入される話 ②
と言うことで今に至るのだが。
――乱入イベント、発生。
まだ俺は凍りつく脳を回転させようと、辺りを捜索する。
特に変わったものはない。危険なものもなければ、いつも通りの浴場である。
なら、なにがある――?
「あはぁー、お兄ちゃんってば焦っちゃってぇ~~。必死だねぇ~~?」
ニヤニヤと頬を歪ませる月乃。その姿に顔が引きつって、身体が震えて。――それになにか嫌な感じがする。兄としての第六感が、そう告げている。
少し、少し考えてみよう。
思い起こすはさっきの月乃との会話。
『にいさんにいさん』
『お風呂沸いたけど、先入る?』
――ハッ!?まさかっ!?
「あれれ~~?今頃気付いちゃったんだぁ?きゃは。お兄ちゃん、遅いよ遅すぎるよぉぅ?」
俺は義妹の不敵な笑みを見て確信した。
仕組まれたのだ。完全にハメられた。
要は、すべて義妹――月乃の策略だったって訳だ。
早くお風呂を沸かしたのはこれをするため。この時間帯なら親はまだ仕事で帰っていないから。
つまり、意図も容易くこの密室空間を作り出せる。
……クッソ、完全犯罪かよこの野郎っ!
こんなの、可愛いどころかただの小悪魔じゃねぇーかよっ!
「どうですかぁ?可愛い可愛い自慢の義妹にハメられる気分はぁ?」
「おまっ!?――可愛いが1個多いぞっ」
「――それはどうでもいいんだけど?」
そう言って、タオルの重なりを右手で握りしめ、ズンズンとこちらに近づいてくる月乃。
そのたびに程よい大きさと形のお胸が揺れて……あぁんもういやんっ。
――じゃなくて、
「ちょ、出ていけよなにしてるんだよ月乃さんよぉ!」
「えー、なにしてるんでしょうねぇ?」
「いや知らねぇよ!本当になんだよこれ!ノートに乱入イベントなんて書いてた覚えはないぞっ!」
「うん、知ってるよ。だって私が勝手にしてるだけだもんっ」
「……じゃあなんで乱入してるんだよ!余計分からなくなったわ!」
目を必死で隠して月乃さんの身体を見ないようにしながら、俺は無我夢中で叫ぶ。
すると、少しの静寂を挟んでから、先程の明るい弾けた声とは違う、淡々と、でもどこか寂しそうな感情を孕んだ声が耳を撫でる。
「……だって、にいさんが盗られちゃうかもしれないから」
「えっ、えっ?」
「……今日、日向さんと学校に行ったでしょ?」
「う、うん。日向と学校に行ったけども、それがどうかしたのかっ?」
「にいさんそれからすごく様子が変。浮ついてて、ぽわぽわしてる。――だから、日向さんとなにかあったんじゃないのかなって思った」
消え入りそうなほどに萎んでいくその音色は、けれども確かに俺に届いていた。
雑に吐き捨てれるように紡がれる言葉達は、けれども確かに俺の意識を落ち着かせる。
「もしかしたらにいさん、日向さんに誑かされたんじゃないかなって」
「そ、そんなことない!誑かされてなんか――」
「日向さん彼氏持ちなのに、それは許せない。にいさんの恋心を弄んで、そんなの絶対ダメっ」
静かな抗議。そんな日向に向けられた気持ちは、俺の心を抉っていく。
――そっか。月乃は心配してくれてたんだ。
良く考えればそうだった。いつだって。
この物語の最初だってそうだ。
実行ノートに記載されてあるものを実行するって言うのは、少なからず、兄としての俺を気遣ってくれてるってことで。
「だからだからっ。私がにいさんを誘惑して、にいさんの中を私でいっぱいにしようってっ……そしたらあの女がもう二度と侵食してこなくなって、あの女のことで苦しむことはなくなるでしょっ……?」
思わず瞼を開けていた。そうしたらいつのまにか俺と月乃の距離は、鼻先と鼻先がかすりそうな、そんなレベルにまで近づいていたようだ。
心配そうに上目遣いで尋ねてくる、薄く水を帯びた瞳。
透き通るように滑らかで、それでいて白い肌。
知らず知らずのうちに月乃に負担をかけていた事実が俺の胸を締め付けてしめつけて。でもなぜか、自分でも分かるほどに段々と呼吸が荒くなっていく。
「ってかなにが誘惑だよ、いっちょ前に言ってくれちゃってさぁ……。大体俺は義妹に惹かれたりなんてしないし、身体を遣っても俺の心を動かすなんてことは――」
「私が……私がにいさんのこと一番大切に想ってるんだよ……?」
「…………つ、月乃……さん……?」
月乃の吐息が、俺の唇をそおっとかすめる。
月乃の柔らかな右の掌が、俺の頬に添えられる。
俺はこの光景に見覚えがある。アニメとか映画とかでしか見たことなかったけど、この態勢この雰囲気、それらのどこを取ってもその、いわゆるキスの前兆に似ている。
そして大抵、この先の相場は本番と決まっている。熱い熱い口づけを交わして、満たされゆくままに、お互いを求め合うって。……と言うことは。
――俺はこのまま、月乃のとその……キ、キ、キ、キスをしてしまうのぁぁぁ!?
心臓がドクドクとハイペースで脈を打つ。
血が体中を駆け巡る。でも、しっかりと仕事をこなしていないのか、息は上がりっぱなし、手足は震えっぱなしだ。まったくまったく酸素が足りてやしない。
そんな俺を月乃の瞳が捉えて離さない。トロンとした丸い輪郭は、怪しく輝いて、まるでなにかを求めるように、貪らんとするように佇んでいる。
逃げられない。直観でそう解った。
完全にロックオンされている状態だ。それにこんな至近距離。
脳内の思考回路は完全にオーバーヒート。
「にいさん……にいさんっ…………」
嗚呼もうダメだ。この甘い囁きは理性もなにもかもを溶かしていく。
月乃っ……月乃ッ…………!
「――ハッ、やっぱちょっろいでちゅねぇお兄ちゃんっ?」
「……へっ?――あうっ!?」
パンッとおでこを中指で弾かれて、鋭い痛みが走る。突然のことすぎて、思わず素っ頓狂な声を漏らして――フリーズしてしまう。
でもそれは、痛みに対するものではなかった。たかがデコピン程度の威力、びっくりはしたけれども、別にそこまでのことではない。
もっとこう、威力のハンパないもので――。
「ゆーわくされないなんて言っちゃってさぁ、あっさりガッチリされちゃってるんじゃんっ。あはは、やっぱお兄ちゃんってダメダメだねぇ~~?」
「お、おいつきの……つきのさんや……」
「どうしたのお兄ちゃん、そんな裏声で弱弱しい声なんて出しちゃって。あ、もしかしてキス期待してたりしたぁ?あはっ、無理だよぉ。だって私のファーストキスは、好きな人にあげるんだからっ!」
「お、おうそうかそれよりだなつきのさん……」
「はぁ、まったくぅ。お兄ちゃんはぁ、イケナイ人だねぇ?」
「はだかのひとにそんなこといわれましても…………」
そこでようやく気が付いたのか、自分の身体を見下ろして「あっ」と声をあげると同時、顔がぐぁぁぁぁっと赤に染めていく月乃。
そう、良く良く考えればすぐに解ることだった。
月乃は右手でバルタオルを握っていた。けれども、俺の頬に添えられていたのも右手って訳で。
ここまでしっかりと状況判断をすれば、いくら勘の悪い人でも解っちゃったことだろう。
「タオル、落ちてますけど……?」
自慢の可愛い義妹の、あられもない姿が俺の瞳に、脳裏に。まさに全世界公開されていた。
しかもどうやらこの会場にいる観客は俺だけのようで、しかもしかも一番近い特等席に着いているようで。
――これはなんと言う、ラッキースケベっ!
「月乃っ?あのな、そのな……えっとえっと……。……俺が思ってたより成長してたんだなっ?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!?!?!?」
夜がまだ深く深くに満ちる前。月が静かに昇り始めた頃。
ある一軒の家中に、大きな悲鳴が響き渡ったのであった。
〈あとがき〉
お読みいただき、ありがとうございます。どうもしろきです。
まずは、更新が極端に遅くなってしまい、申し訳ございません。
書くタイミングがなかなか取れず、ちょっと放置せざるを得ない状態におりました。
本当に、申し訳ございません。
今後の更新につきましても、ボチボチになっていくと思います。
ですが、必ずどんな形であれ進めていきますので、今後ともよろしくしていただけると、こちらとしては幸いです。
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