義妹に乱入される話 ①
自室のベッドに仰向けで倒れこんでから、かなり時間が経った。いつのまにか、部屋の中にオレンジ色をした日差しが、横にある窓から差し込んでいた。
別に眠たいわけでもないし、疲れているわけでもない。
ただ――
『ねぇ葵、私のこと――好きなの?』
『もし、私が彼氏を作ってなかったら、どうするの?』
どういうわけか、この言葉が頭の中でずっとグルグルと回り続けて、離れてくれないんだ。
だってさ、普通彼氏がいるのに、私のこと好き?だなんて聞くのだろうか。
そこがなんだか、腑に落ちなくてないんだろうか。
「あぁモヤモヤするぅー……!」
なにかこう胸の辺りがきゅーってして、頭の中も日向でいっぱいいっぱいになって。
本当に、日向には彼氏がいるのだろうか。分からない。確信が持てない。
俺の早とちりの可能性だって全然ある。日向が最初から嘘なんてついていないかもしれない。
じゃあもし嘘をついていたら。なぜそんなことをするのだろうか。意味が分からない。考えれば考えるほど、頭の中全てが混沌と化していく。
「にいさんにいさん」
そんなことを考えてると、コンコンというドアをノックする音と同時に、月乃が部屋へと入って来た。
「ど、どうしたんだ?」
「お風呂沸いたけど、先入る?」
ん?と疑問に思う。
ベッドのたもとに置かれたとデジタル時計を目にとめる。時刻は、午後六時。いつもより二時間半ほど早くある。
その事実が、ちょっと不思議に思ってしまった。こう、いつもとは違うことに違和感を感じるのは、誰だってそうなんじゃないのかな。
まぁでも、別に対した理由はないのだろう。お風呂担当は妹である月乃は気分屋だ。コロコロと予定を変えたりもザラにある。だから今も、たまたま早く沸かしたかった気分だったのだろうと安易に想像が出来る。
「んぁー、どーするかなぁ」
バタン、と柔らかい音を立てて、ベッドに頭から沈み込む。
蛍光灯のボーッとした淡い光が、円を纏って輝いている。この品は
シチュエーションによって色を変幻自在に変えることが出来る、とてもすぐれものだったりする。
正直、ちょっと動くがめんどくさい。心の中でなにかモヤモヤと蠢いていて、それでも気分は少しばかりハイになっている。そんなギャップがどうしようもないけだるさをずぅーっと醸しているのだ。あぁ、まるで化学反応の様。
でも、お風呂に入って、体の汚れと共に、ザーッとすべて洗い流すのもいいのかなとか思ったりもする。だってこんな状態じゃ、なんにも行動が出来ない。現に時計を見ると、二時間ほどこうやって寝ころんでいるわけだし。
……明日の二限目には古典の小テストがあるから、それの対策もしなければいけない。だからこうやって延々とゴロゴロとして時間を突き放すのはダメだ。
「先、入ってもいいかなっ?」
「うん。全然大丈夫。一番風呂好きだしね、にいさん」
いつも通り表情を変えずに小さく、淡々と吐き出される言葉を拾い上げ、俺はベッドから身を起こした。んーっとだらけた頭と体に根気を入れるため、伸びをする。
そこで、ちょっと不思議そうに月乃が首をかしげる。
「そうしたのにいさん。なんか様子、変だよ?」
「んっ、あ、あぁー別に大したことはないよ。……多分」
「……そう?ならいいけど」
あー、やらかしたかも。かなり怪しそうにジーッとこちらを見つめて来る。
確かに、さっきの言葉はなんとなく歯切れが悪かった。
義理とは言え、月乃は妹である。長年一番近くにいて、一番解ってくれていたりする。こうした兄のちょっとした変化にも、迅速に、過敏に反応出来るってことだ。
まったく、頼りになると言うのか弱みを握られていると言うのか。……やっぱりどうしても俺は、月乃に頭が上がらないな。
「大丈夫だよ月乃。気にしなくてんもいいからさ」
「そ、そっか。ならそうしておくことにする」
頭に軽く手を置いてやると、少しだけ。少しだけ口が綻んでいるようで、頬を赤く染めるようで。それが可愛くて可愛くて、思わず俺も笑みを溢してしまう。
「月乃はにいさん想いの可愛い自慢の妹だなっ」
「…………うっさい」
前言撤回一知半解。脳内万歳大合唱。
――え?撤回するの早すぎるって?
いや、そんなもの、この際どうだっていいんだ。
だってだってっ!
「つ、月乃さんや……?どうして何処にいらっしゃるのですかいなっ……?」
「ふぅーむ。それはねそれはねっ!――元気がないお兄ちゃんに、励まし施しを与えようかなって思いましてっ!」
「いや気にしないでって言ったし、なんで入って来ちゃうんだよバカ野郎!」
俺の怒号が、四方を真っ白な壁で包まれた個室に反響する。
乱入イベント、発生。
――嗚呼、この度のご無礼をどうかどうかご許し頂きたい。
☆☆☆
時は10分ほど前に遡る。
月乃に先にお風呂を頂くと声をかけてから少し経った後。俺は入浴のための身支度をしていた。
キッチンにある冷蔵庫をゴソゴソと尋ねて、適当に腰掛けていたオレンジジュースのパックを手に取って透明なコップに注ぐ。それをゴクゴクと飲んでいく。
俺はお風呂の時間が結構好きだ。ので、1回の入浴の時間が長い。
そこで脱水にならないために、こうしてお風呂に入る前には水分を摂るのが日課になっていた。
空になったコップがどこか寂しそうに、手の中で佇むから、代わりにキッチンの水道にあるレバーハンドルを上にあげて、水道水を入れて、流しに置いておく。
「ふぅー」と息を1つ漏らしてから、足を滑らせるように動かし、キッチンを出て洗面所へと向かう。
ドアを開けると、目の前に大きな鏡が出迎えてくれる。反射する俺の姿はいつも通りだ。……いや当たり前なんだけどね。ちょっと某アニメ映画みたいに、可愛い女の子との入れ替わりがあったりするのかなぁとか夢見るお年頃なんですよっと。
「バカだなぁ俺……」
可笑しくなって、ふと頬が緩んでしまう。その姿がなんかすごく中二病臭くて、1人でに頬が赤く色づく。
そんな妄想を振り払うため、俺は勢い良く服を脱ぎ捨てた。家では上下共に、ラフな服を着用しているので、簡単に脱ぎ着できるため長年愛用させて頂いている。
裸と言う戦闘態勢になった俺は浴室にお邪魔する。見たことないからあんまりはっきりとは言えないけど、ごくごく普通の一般的な設備である。
「はぁー、やっぱ今日は散々だったなぁ」
幼馴染のあれやこれやと日向に振り回され、すっかり疲弊しきっていた。気持ちの変動ってやつは、そこらの運動とかよりも体力を消耗されるらしい。・・・・・・恋の病はもっともっとだ。
勝手に失望したり、勝手に希望を見出したり。
人って不完全な生き物だって言うけれど、それは正しい。感情をコントロールできないなんて、それどんなバグだよ。早く修正を願う神よ。
シャワーからのお湯を頭から被る。髪の毛がホロホロと水を受け、染み込んで。
その温かさが、荒んだ心を癒してくれて――。
「お兄ちゃーんお兄ちゃーん!」
一瞬、俺は耳を疑った。目は瞑ってるから、すぐには見れなかったけど、水を払ってそちらに顔を向ける。
そこには我が義妹、月乃さんがバスタオル1枚を身体に巻き付けて、浴室のドア付近に仁王立ちしていた。
んーと、これはどういうことなのでしょうか?
――えっ、本当にどういうこと?えっ?は?
「どーしたのお兄ちゃんそんなにかたまっちゃってぇ~~。あ、もしかして、私の身体に欲情しちゃったんだぁ~~?……浴場で?」
「変な韻踏まんでええわっ!」
ってかいやいやそんなことよりさ、
「つ、月乃さんや……?どうして何処にいらっしゃるのですかいなっ……?」
「ふぅーむ。それはねそれはねっ!――元気がないお兄ちゃんに、励まし施しを与えようかなって思いましてっ!」
「いや気にしないでって言ったし、なんで入って来ちゃうんだよバカ野郎!」
俺の怒号が、四方を真っ白な壁で包まれた個室に反響した。
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