帰宅後の小話

 帰宅してすぐ、私は親に見つからないように手を洗い、逃げるように自分の部屋へと戻った。



 そして私は、買ってきた服が入った紙袋を勉強机の隣に置き、ベッドに倒れこむ。

 そして枕を抱きしめて――






「んあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」






 声にならない叫び声を上げた。



 やばいやばいっ!

 手繋いじゃったぁ……

 しかも恋人繋ぎ!?



 手は繋ぐつもりだったけど、恋人繋ぎまでは考えてなかった。

 でも本当にその場の勢いだけでやってしまった。



「本当にバカ……私、調子乗りすぎ……」



 そう呟きながら、右の手をぼーっと見つめる。




 衛生状、手を洗わないといけないから洗ったけど。

 でも――本当は洗いたくなかった。



 にいさんの手、大きかったな……

 それにとっても温かくて……



 そうだ、それに。



「私、にいさんにあーんをしたり間接キスまでしたんだ……」



 ポツリと呟く。

 それと同時に、お昼のフードコートでの出来事がフラッシュバックする。



『――お兄ちゃん、あーん♪――』

『――ちなみにだけどお兄ちゃんそれ、間接キスだよ――』







「んあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」







 また叫んでしまった。

 今日のことを考えれば考えるほど、叫びたくなる。

 そんな大胆なこと、今まででしたことがなかったから。

 本当に、今日の私はおかしいと思う。



 さらに言うと、今日のにいさんは明らかに私の事を意識していた。

 ずっとチラチラ見てきてたし、喋り方もたどたどしかった。

 それを思うだけで、胸がこうきゅうってなって――



「どうしたんだ月乃!なにかあったのか?」

「ひゃうっ!」



 扉の外から急ににいさんが呼び掛けてきて、思わず変な声が出てしまう。



「急にどうしたのにいさん……?」

「いや、部屋を通りかかったら月乃叫び声が聞こえたから。なにかあったのかなって……」



 しまった。聞こえてしまっていた。

 どうしようどうしようどうしようどうしよう……!



「な、なんにもないよ……?」

「そっそうか。なら良いや」



 そう言って少し足音がした後に、ガチャという音が聞こえる。

 自室に戻ったようだ。






「んあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」





 二度あることは三度あるとは、まさにこのことなんだろう。

 またまた叫び声を上げる。




「はぁ……これからにいさんの前で普通でいられるかなぁ……」



 枕を胸元で抱きしめながら、弱弱しく吐き出す。



 にいさんといるだけで、ドキドキしっぱなしだ。

 果たしてそれを隠しながら、ちゃんと――






 私はカツラをとって服を脱ぎ捨てて、いつものダボダボな服に着替える。

 そして両頬を両手でパンっと叩き、気合を入れなおす。

 机の上にある例のノート。私はそれを見つめる。







 恋の練習は、まだまだ始まったばかりだ。

 もっともっと上手くなって、もっともっとにいさんをドキドキさせて、それで―― 


「私のことが大好きで大好きでたまらなくしてやるっ……!」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る