義妹が変身する話
「……起きてってば。もう朝だよっ」
耳元で何か言われたような気がして、俺は目を覚ます。
まだ瞼が重い。俺は目を擦りながら、のそっとベッドから体を起こす。
そしてボーっとしながら目を開け、そして――驚愕した。
誰か分からないけどさ。
目の前に超絶美少女がいるんですけどぉぉぉ!
その事実だけで俺の眠気はすぐに吹っ飛んで行った。
何このラノベみたいな展開。美少女が朝、起こしに来てくれるとかまじで想像の世界の中でしか無いことだと思っていた。
それにエプロンをつけている。多分、朝食を作ってくれてたのだろう。
あれ?俺ってもしかしてラブコメの主人公だったりするの?
……ってか、ちょっと待って!本当に誰なのこの子!
少なくとも、俺には日向以外にこんなにかわいい子をしらない。
親の知り合いの子供?……それはありえるかも知れない。
月乃の友達?……いや、月乃は友達なんていらないってタイプのはずだ。ありえない。
じゃあ俺の隠し子?……え、俺って隠し子いんの?
そんな感じで頭をフルスピードで回転させ、この美少女の正体を考え――
「何してるのお兄ちゃん?早くしないとご飯冷めちゃうよ~」
え、今何て言った?
おにい……おにい……?
「……え。ってことはっておまっ、月乃!?」
俺はその子を指さしながら、言葉を絞り出す。
「お兄ちゃん、もしかして私って分からなかったの?」
そう言いながら詰め寄って来る、月乃……?
いやいやいや、そんなのありえるはずがない!
月乃はかわいい方だと思う。だけどそれは決して、万人うけするということではない。
顔は整っているものの、胸のあたりまである髪の毛はいつもボサボサだし、服もだらっとした部屋着をずっと着ている。
さらに丸眼鏡をかけていて、いかにもおとなしい子って感じである。
家事もあんまり得意ではない。料理も作れないはずだ。
そして――基本無表情だ。こんな感じにニコッと笑ったりムスっと怒ったりはほとんどしない。
対して今目に映っている姿は、しっかりと顔のお手入れもされていて、髪の毛も肩の位置で切りそろえられていて、サラサラだ。
エプロンの下もいつものダボダボな服ではない、かわいらしい服を着ている。
さらに言えば、声色やトーンも段違いだ。普段のボソボソと話す月乃とは思えない。
本当に普段の月乃とは対極で――
「お兄ちゃん見て」
「・・・・・・?って月乃!?」
月乃は俺の目の前で服の首際の捲る。
え、なにしてるの・・・・・・!
ってか月乃ってこんな肌綺麗だったっけ――
「ほら見てお兄ちゃん!」
「うわぁっ!って・・・・・・え!」
頭を掴まれ、首元を見せられる。
その辺りに1つ、小さなホクロがある。
「これで分かった?月乃だって」
「う、うん。分かってないけど、分かった。だからあんまり見せつけないで・・・・・・!」
「・・・・・・ばか」
やばいやばい!なんか言葉に出来ない色気があって頭がクラっとしてしまった・・・・・・
と同時に、本当に月乃なんだなってことを認識させられる。
月乃には鎖骨あたりにホクロがある。出会ったのは俺が5歳の時だったが、その時からある。
だからこの見せつけは、かなり説得力が伴うものだった。
「お兄ちゃん、目がえろいよ?」
「いや!そ、そんなことは全っ然!」
「ふーん?」
ニヤニヤしながらもう一度首際を見せつけてくる月乃。
俺はいつもの調子を取り戻すために、目を逸らし、あからさまに大きな声で喋る。
「つ、月乃はさ!なんでこんな格好してるんだ?」
「覚えてないの?」
「え・・・・・・うーん・・・・・・?」
「・・・・・・ノート」
月乃は急に、まるで魂が抜けたかのようにいつもの無表情に戻り、そうポツリと呟く。
「ノートに書いてあること一緒にしようって」
「それとその格好とどう関係があるんだ?」
「・・・・・・恋の勉強をしてる時ににいさんが私のことを義妹として接するかもしれないって思ったから。それだと、する意味がない。だから、イメチェン?」
あー、なんとなく分かった。
月乃は、恋の勉強をするという名目でやっている。そんな月乃に対して、俺が少しでも義妹と接しているという気持ちが起これば、それは果たして恋の勉強にはならない。
そこで月乃は
「っていうかそのために髪の毛切ったのか?」
「ううん、これカツラ」
「じゃあその服は?」
「持ってたけど、にいさんに見せてなかっただけ」
「……料理出来たのか?」
「ポトフを作った」
「眼鏡は?」
「コンタクトにした」
なにか問題あるの?と言わんばかりに首を傾げる月乃。
うーん、特に問題はないんだけど……
「やっぱり、あんまり乗り気じゃない?」
「……正直」
そう、義妹に誘われたあの日。
俺はあの後、やんわりとだけど断っていたのだ。
『私と、やろっか?』
『へ……?』
一瞬、良いかもって思った。
日向としたかったことが出来る。それだけで胸が高鳴った。
だけど冷静に考えれば、この想いは未練だ。そんなもの、大切な義妹にぶつけるわけにはいかない。
それに月乃にとっては恋愛の予行練習になるかもしれない。けれど月乃は血は繋がっていなくても、俺の義妹であり、家族だ。偽の恋愛関係でもアウトだ。
『……ちょっと、気が乗らないな……』
『……そっか。じゃあやめとく?』
『……そうだな』
ということがあった。
それから三日たった今日、土曜日の朝。
何故か義妹は変身をした。
「やっぱりそういうことはダメだと思――」
「にいさん」
「へ……?」
急にグッと距離を詰められる。
あれ、月乃ってこんなに積極的な子だったっけ……?
ってかいつもより綺麗で――
「にいさんは悔しくないの?」
「悔しい……?」
「あのノートを見たら少なくとも、日向ちゃんはにいさんのこと意識していると思う。だから、本当はにいさんのカノジョさんになってたかもしれない」
「ま、まぁ想像の話だけどなっ!」
日向。カノジョ。
その単語だけで胸が躍ってしまう。
「でも、にいさんじゃない人のカノジョになった。それって奪われたってことじゃない?」
「……」
「……にいさんは悔しくない?」
小首をかしげる月乃。
……本っ当に勝手な話だ。
日向が俺のことを好きだったのか、カノジョになってくれたのか。
そんなのは、想像のことだけでしかない。
だけどもし、それが事実だったのならば――
「……悔しい。もの凄く」
心の奥深くそう思う。
俺のカノジョになってたかもしれないってことも、他の男に奪われたってことも。
「ならさ、にいさん?」
「?」
「今度はお兄ちゃんが奪い取ればいいんじゃない?」
耳元でそう囁き、目の前でニコッと笑う月乃。
心臓の鼓動の音がうるさく、体中に響き渡る。
何故か?それははっきりとは分からない。
日向を奪い取るという考え方が、心に刺さったのかもしれない。
もしくは、日向が俺のカノジョになる可能性があるということへの期待かもしれない。
でも、どれもなにか違う気がする。
この胸の高鳴りは、一体――
「お兄ちゃんは恋に不慣れだったから、攻めることが出来ずに先手を越されてしまった。でも、奪い取るには、お兄ちゃんも恋を知ることが必要っ!だからさ――」
「お兄ちゃんも一緒に勉強すれば良いんだよっ。恋を!」
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