第6話 予言者の娘

(さて…どう説明したものか)

 と、イグジスタは思案していた。

 貴族寮の一角、日当たりの良いサンルームで、品の良いメイドが用意してくれたリラックス効果のあるハーブティーに口をつけながら、結局リラックスせずに鬱々と考え込んでしまう。

「イグジィ、イチゴがあるわ。昔好きだったわよね?」

「ありがとう。今も好きよ」

 良家の子女のために開放されているティーサロンは、『水晶盤闘技式』の最中であるためだろうか?普段なら、授業の時間以外は複数の学徒でごった返している室内も、今は閑散としている。

 差し出された赤い果実を口に含めば、甘味と酸味がゆっくりと広がり喉を潤した。

(あ~この世界マジで食料事情恵まれてるわ~ありがてぇ~)

 口をゆっくり動かせば心地よい甘露に、荒んだ心がようやく落ちつきを取り戻す。二つ目を摘まんだところでふと、思い付いた。

(あ、そういや、あの後闘技場で観戦したらよかったじゃん。そしたら彼女の名前とかわかったのに…ばっかでー俺。

 ぜーんぜん、そんなこと思い浮かばなかったわ…。俺のワーキングメモリーはくそだわ。しゃーない、髪の毛白い子ってことは、きっと俺とおんなじ『水晶御子』だろ?

 そう数が多くないはずだから、ちょっと聞いて探してみよー。

 んで、あの『不気味な言葉』が何だったか確認せにゃ)

 自分でも、思いもよらないくらい緊張で消耗していたのだろう、ゆっくりとお茶を飲んで美味しいものでも食べながら気持ちを落ち着ければ、良いアイディアも浮かぶ。

(ちょっと思い付くの遅かったけどな…パニックだったんだよ。許して)

「イグジィ、少し気分が良くなったかしら?」

「ええ、すっかり。ありがとうフロール」

「ふふ、どういたしまして」

 顔に赤みが戻るまで待ってくれていたのだろう。必要以上に聞きたがらず、イグジスタが話をしても良いような、ほどよく然り気無いタイミングで声をかけてくれた優しい妹に感謝しながら微笑みを返せば、柔らかい破顔微笑が零れる。

 口をつけていたカップをソーサーにのせて、

「ところで、さっきはどうしたの?本当に顔色が悪かったけれど…」

「ああ…それがね」

 かくかく然々と事情を掻い摘んで話せば、妹はその話を聞いて厳しい表情だ。

「それは…もしかしたら…」

「?知ってるの?」

(俺、地方出身だし、別に興味無かったから、他の『水晶御子』の子がどれくらいいるとか知らんのよ。

 …いかんな~情弱っすわ~)

 フロールは神妙な表情で頷き、何かを言おうと唇を持ち上げたその時である。

「はぁ~い!ここにいらっしゃったのですか、イグジスタさん!フロールさんも!」

 やたらと軽いノリの男が割って入ってぶち壊した。驚いて1cmは跳ねたイグジスタと異なり、側にいたフロールの表情が一気に急速冷却笑顔に変化する。

 見遣ればノリに違わない軽そうな仕草で、手をひらひらとさせながらユーゴ・パラディが歩み寄ってきた。

「ユーゴ様ごきげんよう。何かご用ですか?」

「やぁ、今日はご紹介したい人がいましてね…私の妹なのですが。

 さ、ユーディット。イグジスタさんにご挨拶を」

 はっとしたフロールが、イグジスタを見つめてくるのが、

(ん?どったのフロールちゃん、どうかした?)

 と、訳のわからないイグジスタは不思議顔して首をかしげた。

 少年の後ろから物音なく現れたのは、騒がしい兄と対照的なほど粛然とした淑女の姿。美しい礼の姿勢をとり、慎ましげな笑みを口元に湛えた彼女は、

「…ユーディット・パラディと申します。どうぞお見知りおきを…」

 そう挨拶を述べて、ゆっくりと面を上げ…イグジスタの顔を見るなり、顔色を驚愕に染めて後退った。

 絶句したのはイグジスタも同じである。

 何しろ、その場に立つ白く長い髪を持つ美しい少女こそ、先の闘技場でイグジスタに『呪いに似た言葉』を送りつけた張本人なのだから。

(んんあああっあっあァァァァ!?!)

 しかし、イグジスタが脳内絶叫を上げたのは別に理由がある。

(コンコンこの子!

 あれだよあれっ!)

 内心でワタワタと人差し指を振り回しながら、現実では愕然と冷えた表情をして、完全に全身を蝋人形状態で停止させているイグジスタが、ようやくゴクリと唾を飲み込んだ。

「どうしたんですか?二人とも」

「やはり、ユーディか…」

 ピンと来ていないユーゴが首を傾げ、全て合点のいったらしいフロールが納得と言わんばかりに首肯く。

 しかし、硬直した白い少女達はまだ動かない。なぜなら…

(ユーディットちゃんて!ゲームの中に出てくる『予言者の娘』じゃん!)

 そう、イグジスタの脳裏にはゲームでも一シーンしか出番のなかった少女の姿がリフレインしていた。

(でもこのユーディットちゃん、ゲームだと金髪じゃなかった?!何故に白髪?!)

 酸欠の金魚状態ではくはくと口を動かすものの、まるで発声されない疑問で堂々巡りするイグジスタの脳内を知ってか知らず知らずか、ため息を溢したユーディットは、その兄に劣らぬ優雅で繊細そうな美貌を悲痛に歪め、深々と腰を折る。

「あなた様は…やはり、イグジスタ様だったのですね…

 …どうか、お許し下さい。あれは私の意識を越えたものなのです」

「え…」

 え、とか、う、とか単音の感動詞の発声することしか出来ないイグジスタに、平身低頭するユーディットを見て、イグジスタはやっと気がついた。

(ヴァァァァ!

 あれ、『予言』なのかよ!占いとかそんななまっちょろいもんじゃない!!ガチモンの!!

 御子様から神の不吉な予言爆弾頂きましたぁぁぁっ!しかもいつ爆発するかわからん時限式のやつですぅぅぅ!

 ゲーム内でマイエンジェルと、攻略キャラの『死の山』へと送り出す重要イベント、『予言者の娘』による『選別』!

 それは、『予言』という『神の信託』で行われ、ここから物語が終盤に入るという重要イベント!

 何てこった!

 既読イベントスキップマンの俺でも真面目にちゃんと見るイベントだよ?!

 予言者の娘ちゃんが可愛いから、マイエンジェル・フロールと並ぶとビジュアル最高で眼福眼福ぅ!ってなってたからね!

 予言者の娘ちゃんめっちゃ美少女やな!この娘攻略できない?(ああっ!浮気だけど許して!)とか、アルティメット下らんこと考えておったことはばっちり覚えてます!!

 …まさか、まさか…)

「こんなかたちで…、私以外の『水晶御子』にお会いするなんて…思っておりませんでしたわ…」

「…私もですわ」

 イグジスタの諦めに似た嘆息を、塗り重ねるような声色でユーディットが囁く。

「一体何が起こったのです?」

「貴公は少し黙っていてくださいませ、ユーゴ様」

「フロールさん?!私に厳しすぎませんか?!」

「口から生まれてきた貴公に首を突っ込まれると話がややこしくなるのでしょう」

「酷いです!私のガラスのハートが傷ついちゃうじゃないですか!」

「心配するな。貴公の心臓はフサフサのファーで覆われ魔力水晶強化金属並みに硬い」 

 などと、からかうように笑う口の端と対称的な険呑とした瞳の奥で、沈黙を促して睨みつけるフロールと、それに気づいているのかいないのか、暢気な不服顔で騒ぐユーゴのガヤが静かなサロンに響くが、白い少女達はただ呆然と佇んで無音に曝されたまま、午後の斜光に照らされていた。

 憂鬱げな光の中で、一際早く動き始めたのは、やはりというか、恐らくイグジスタの話を聞いた段階でこの展開を予想していた妹である。

「…あぁ、貴公と話しても埒があかない。ユーディ、席にかけて下さいな、何をお飲みになりますか?

 今の季節なら、新鮮なライチを使ったライチティーはいかがかしら?」

「あ、じゃあ私はそれで」

「ユーゴ様…貴公はオレンジの端でも齧っててくださいまし」

「それはいいアイディアですね、ではオレンジピールチョコレートをお願いしよう。

 ユーディット、何がいい?」

「え、あぁ、カモミールとペパーミントのブレンドティーをお願いいたします」

「私とイグジスタ姉様にもライチティーを、…良かったかしら姉様」

「え、ええ、お願い…」

「かしこまりました」

 ユーディットに席を勧めたのにも関わらず、会話に割り込んだ挙げ句、いつの間にかメイドが運んできた椅子に遠慮なく座りこんだユーゴが、いつの間にか傍に来ていたテーブル付きのメイドに手際よく注文を済ませると、ようやくその妹が少し遠慮がちに席に座る。

(俺、何を話そう…)

 大体のことをゲーム情報から悟ったイグジスタは心のなかで頭を抱え、坂の上から落ちる勢いで転げ回るイグジスタを他所に、サーブされたお茶で一息ついたところで口火を切ったのは、恐らく全く事情を知らないユーゴだ。

「…ところでユーディット、イグジスタさんと何かあったのかな?」

「…水晶盤闘技式で偶然イグジスタ様とお会いしたとき、突然『予言』の声が聞こえたのです」

 ユーゴに事情と予言の内容を説明すると、さすがの彼も軽く驚いた様子で、眉を上げている。そして、彼は神妙な顔でイグジスタに向き直ると、

「…そうですか。わかりました。

 イグジスタさん、これは私の経験上のお話なのですが…」

 フロールと揚げ足を取り合う時とはうって変わった、労りに満ちた声でイグジスタを撫でた。

 サンルームで反射する光が次第に赤みを帯びていき、夜が、訪れようとしている。明日は、水晶盤闘技式の二回戦目。

 生徒達がそれぞれの寮に戻り、陽が落ち、一日の幕が下りようとしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る