第5話 闘技式開戦

『始め!』

 審判の腕が振り下ろされたのとほぼ同時。

「はぁっ!」

 呼気と共にモーティマーが剣を振り下ろした。

 先程までただ日光を照り返していただけの刀身自身が光を纏い、振り下ろしの動作と共に、雷撃が空中を裂いて襲いかかってくる。

(速い!なかなかやるじゃねぇか!)

 イグジスタの「速い」、という感想は、彼の動作の速さを誉めたのではない。

 『魔力水晶』に自身の魔力込めてから現象が発現するまでの時間『威力発現時間』の短さを誉めたのだ。

 通常、初めて『魔力水晶』を扱う時などは、上手く魔力を込めるまでに時間がかかる。それが素早いということは、きちんと訓練して、違和感なく魔力をコントロールできる状態だということだ。

 この『訓練』、来る日も来る日も、水晶片手に精神統一を繰り返す地味極まりない苦行であり、誰でも簡単にできることではない。

(高慢貴族のどら息子と思ったが、侮れねぇな!)

 イグジスタは走った。前へ、そして同時に左腕をモーティマーに向かって突き出す。

「レンドラ!」

 鋭い咆哮と共に、左腕に装着されたブレスレットが袖口から抜け出し、光が放たれた。

 水晶錬金術の威力発現には、大まかに「1.水晶に紋様を施して魔力込めるだけのもの」「2.呪文を唱えて魔力を込めるもの」の二種があり、モーティマーが使用したのが前者、イグジスタが使用したのが後者である。

(『レンドラ』は「真竜サンクシオンに祈ります!」の超短縮系呪文だよ!これ豆知識な!)

 ブレスレットに埋め込まれた12個の魔力水晶から発現した片手に収まる程度の光球は、剣から放たれた雷撃に直撃し、舞台全体を目映い光と雷鳴の轟音で包み込む。

「うぉっまぶしっ」

 モーティマーが思わず腕で顔を覆った。そして、乱反射する光が消えた後、慌てて腕を下ろし瞳を開く。

「何っ?!ど…」

 目の前から忽然と消えた少女の居場所を問う、少年の「どこだ?」という言葉は、全て発せられる前に消えた。

 真後ろ。そこから撃ち込まれた弾丸が、モーティマーの体に突き刺さり、電流が彼の神経網を支配したのだ。悲鳴上げることも出来ず、呆気なく倒れ伏した少年を見下ろす少女の瞳は警戒を解いていない。手の中に握る小さな道具をまっすぐ地面の目標に向けたままで、そこにいた。

(『ルールに乗っ取り勝利が確定するまで、決して勝ちではない』)

 胸の中で反芻する師匠の言葉通り、まだ気を緩める時間ではない。

(悪いね少年)

 イグジスタは胸のなかで呟き、利き手の武器を握り直す。

(さて、ここで俺の相棒をご紹介します!)

 今、手にしかと握りしめられているのは、『拳銃』を模した武器だ。

(『24K クリスタリザシオン』

 …見掛けは自動拳銃みたいだけど、バレルの一部とトリガー以外は『魔力水晶』製!

 まず、こういう形に合うでかいサイズの水晶を探すことから始めて、その後加工!そうそう作れないんだぜ!

 まず、銃にできるくらいのでかい水晶自体がけっこう稀少だからね!

 小さい水晶を集めて組み合わせるタイプも作ってみたんだけど、出力とか魔力投入効率がイマイチだったんでこの形に落ち着きました!

 弾は込める魔力によって変幻自在!イカス!やろうと思えばビームも出ます!イエス、ロマン魔法武器!

 こんな奇抜な発想のアイテムを実現してくれた、実家の財力と開発に関わってくれた師匠と『時霆塔』の皆!ありがとう!マジ感謝!

 『24K』は『純金100%』を意味してますが、ここでは『純金の輝きを持つ』という意味でつけてみました!)

「モーティマーの気絶を確認しました。勝者、イグジスタ・パンデュール」

 地面と仲良くなっているモーティマーに走りよった審判が彼の状態を確認し、高らかに勝者の名前を宣言する。その言葉を聞いて初めて、腕を下ろし、腰に下げているホルダーに武器をしまった。

(え?後ろからは卑怯だって?何をおっしゃいますか、これは戦術ですよ。

 他に隠し玉を持っているかもしれない相手に手加減は無用無用。大事だから二回言うぜ。

 正直俺の体格体力からしても、持久戦は不利。となると、相手の隙をついて速攻かけるのが一番効率がいいんだよな。

 確実に勝ちを狙うなら、死角からの一撃、これ安定)

「ありがとうヴォロンテ様。雷撃、お返ししました」

 気分良くアドレナリンが放出されている脳内で捲し立て、薄く微笑みを孕んで紡がれたその言葉は、少年の耳に入ることはなかった。勝敗は決し、立っているのは勝者だ。

(決まった…)

 イグジスタは決め台詞を吐いて悦に入り、束の間、勝利の余韻を楽しむ。

 途端、爆発的な歓声がイグジスタに注がれた。

(ぽえ?)

 それはイグジスタにとって不思議な感覚であった。見も知らずの人が、少女の勝利を喜んで喝采を浴びせてくる瞬間、自分が自分でないような…奇妙な。自分でもよくわからないうちに、小さく手を振ってみる。幼子のするような仕草に、会場からは温かい拍手が送られた。

「…イグジスタ・パンデュール、戻っていいですよ」

 医療班に担架で運ばれるモーティマーをぽけっと見送っていたら、少し呆れた審判が追い払うように水を向けてくる。はっとして慌てたが、すぐに、

(慌ててもしょうがないしなぁ…)

 と、いつも通りの能面フェイスで慌てず騒がず、ゆっくりと舞台を降りた。そのままの表情でのんびりと出口に戻っていく間にも、勝者にはご褒美とばかりに万雷の拍手が贈られる。ひとまずこれで、おしまいだ。

(それにしても、あ~、やっべ。まじ緊張した…。よかったぁ…)

 闘技場の建物に入ると、外の喧騒とは対照的に静まり返っていた。何人かの人が行き来しているが、上から降ってくる轟音の中心に比べたらなんのことはない。

 早朝の通勤通学電車の中のようなものだ。

(これを後二回?!大丈夫かよ俺…)

 冷やりとした物陰に入り込んだ途端、勝利の美酒の味は素っ気ない唾液に変わってしまった。高揚感が薄れた先にあるのは、ぶり返してくる緊張と、感じたことのない疲労感だ。いや、正確にはこの疲労感には覚えがある。

(会社の入社面接とか、客の前でのプレゼンくらいしんどいデース…)

 肉体的な疲れより、人前に出たことによる精神的な疲れ…と言った方が近いだろう。思いの外ぐったりとしている。

(次の試合…明日で良かったぁ…)

 すぐに戦えと言われたら、正直戦える自信がない。明日までに疲労回復を…などと考えながら、ふと、顔を上げれば、出入口付近で次の対戦者が出番を待っていた。

 イグジスタより少し背の高い、優しげな顔立ちの美しい少女である。白く長い髪に、長いローブ、上着は勿論見慣れた制服…そして、貴族用の紋章ブローチ…銀の台座、杯、左翼の羽根、鷹と剣の紋様。台座には五つの小さな水晶が五芒星の頂点になるように嵌め込まれている。

(あれ…?この紋章、何処かで…)

 少女の深緑に似た、神秘的なエメラルドグリーンの美しい瞳が、不思議に思うイグジスタを静かに捕らえている。

 澄んだ水を湛える森の湖面を覗き込んだ時のような、煌めきと揺らめきがイグジスタのアクアマリンカラーの瞳を照らし返していた。

(あれ…?)

 答えが出そうで出ない…おかしな焦燥感にイグジスタが駆られた時、眼前の少女が口を開く。


禍福の種は悪の指

憤怒を持って立ち向かえ

しかし

未だ屍の爪は砥がれたまま


 瞬間、全身が冷たく沸騰した。声は、儚げな少女の口から発せられたとは思えないほど冷たく、嗄れた老女の呪詛のようでもあり、幼い少女の金切り声にも、恨めしく呟く男のようにも聞こえる。複数の口が同時に開いたのかと思うほど、不吉なその音の羅列に、イグジスタの総毛立った体が、糸が切れかかったマリオネットのようにがくがくと震えた。

(な、なんだ!今の…?!何した!!??)

 背中に氷水を思い切り流し込まれたような、この世の不気味の煮凝りを喉に流し込まれたような…絶望的なほど異様な感覚が痺れになって全身の神経を跳ね回り、きちんと結ばれていなかった左側のリボンが解れて床に、足下に落ちた。髪の毛がドロリと頬を滑り、汗ばんだ肌に不快を訴えてくる。

(なんなんだ!)

 思わず、自身の体を両腕で抱き締めたイグジスタが、持ち前の反骨心で歯を食い縛り顔を上げれば、目に映した少女の顔色は、想像を絶するほど蒼褪めていた。

 彼女は愕然とした表情で胸を押さえ、イグジスタと同じように体の震えを堪えている。虚を突かれたイグジスタが一瞬呼吸を忘れると、目の前にいる少女の恐怖に揺らめく瞳が悲しげにイグジスタを見詰め返し…

(えっ…?)

 少女は、それを振り切るように走りだし、闘技場の外に走り出して行ってしまった。

「待って…」

(ちょっとおぉうおぉう!!置いてかんでっ!なんなんだよぉお!説明してくれぇぇぇ!!!)

 掠れた声で呼んでみたものの、場外から木霊する大歓声にあっという間に飲み込まれてしまう。

(駄目だ…行っちゃった…)

 もうすぐ次の試合が始まるのだろう…イグジスタは諦めて、足元に落ちたリボンを拾い上げ、中途半端だった右側のリボンを軽く引っ張ってほどくと、寮に戻る廊下を力なく歩く。

(トイレ…行きたい…)

「イグジィ!」

「…フ、フロールぅぅぅ…」

 甘やかな声が響いた。

 悄然とした面持ちで歩みを進めていた少女がはっと顔をあげると、豊かに輝く紅を揺らし、喜色満面の笑顔で手を振りながら光の中に妹の姿が浮かび上がる。さながら、雲間から差す光のように。

「初戦勝利おめでとう!!今日は見に行けなかったけど、明日くじ運がよかったらイグジィの試合を見に…どうしたの?」

「…ありがとう…その、なんて説明したらいいか…」

 イグジスタの顔を覗き込むフロールが、笑顔から気遣わしげな顔に変わった。

「話、聞くわ」

 彼女はそのままイグジスタの優しく手を取り、もと来た道を行く。

(ま、また…か、完全に立場が逆転しておる…己が情けなや)

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