第5話 まゆみのお兄さん

 僕は部屋で身支度を済ませ、早々と玄関まで急ぐ。

途中、階段を踏み外してしまう。結構痛い。

これが、逃れようのない現実だってようやく理解した。


 「雄一!?何だよお前久しぶりだな!こっちに帰ってきてたのか!」


 うわぁ、そうか忘れてた...!こいつとの再会も繰り返す。


 「俺だよ!高校の同級生の相田だよ!いやぁ懐かしいなぁ!」


 ...知ってる。さっき見たから!


 「突然なんだけど、実は今仲の良い同級生数人で集まっててさ!

 ちょうどよかった!お前も来いよ!」


 「え、ちょ、ちょっと!」


 僕はまた広場の裏に連れて行かれる。そこにはやはり千景と藤田がいる。


 「おーい、みんな!遅くなってごめん!それより、驚くなよ?

  こいつ!誰だか分かるか?」


 ...録画したテレビを、何度も見ているような気分だった。

そのあと僕の目の前で...ついさっき見たみんなの自己紹介と

まったく同じ自己紹介がもう一度繰り広げられた。


 そういえば...みんなは気づいていないのか?

8月14日が繰り返している事を。


 ...僕だけ?

繰り返しているのは、僕だけなのか?

分からないことだらけだ...。


 ひとまずまゆみの家に向かった。まゆみの家は確か広場からさほど

離れてない場所にあるので、歩いて2、3分でまゆみの家に到着した。

あれから4年経ったが家の場所は忘れていなかったようだ。

僕は少しためらったが、ドア横のインターホンを押した。

奥の方で足音が聞こえて、ゆっくりとドアが開いた。


 「君は...まゆみの同級生か。俺は良平(りょうへい)。まゆみの兄だ。」

 「こんばんは。あの...突然来てこんな事を聞くのは失礼だと思うんですが」

 「まぁ入りなさい。今茶を入れるよ」

 「すみません、お邪魔します」


 僕は部屋にあがり、リビングにある椅子に座った。

まゆみに兄がいるのは知っていたが、ちゃんと話すのは

これが初めてかも知れない。良平さんはすぐに紅茶をいれてくれた。


 「両親は今出かけている...俺に何か用か?」

 「ではいきなりなですけど...まゆみに最後に会ったのはいつです?」


 僕のしている事が、どこかのドラマで見たような刑事のようで

少しだけ罪悪感があった。家族からしたら辛い思い出を

蘇らせる事を聞いているのだから。お兄さんには本当に申し訳ない。


 「...4年前の8月13日だ。父さんと母さんと一緒に家族4人で朝飯を食べた。

  まゆみはそのあとすぐ出かけたし、俺もその日は用事があった。

  ...それっきりだよ。」

 「差し支えなければ、どんな用事だったんです?」

 「湖のほとりにある『よってけ屋』っていうラーメン屋...知ってるだろ?

  そこの店長がせせらぎ祭りの日はすごく忙しくなってるって言うから

  仕込みを手伝いに行ってたよ。」


 あと詳しく話が聞けるところはどこだろう?

まゆみの足取りを、もっと深く調べて行かないといけない。

そう考えると、他のところにも聞き込みをした方がいいかもしれない。

と、僕の顔がよほど気難しい顔をしてたのか

良平さんは僕を見てふと微笑みながら話した。


 「まゆみとは部屋も同じだからな。同級生の話もよく聞いてた。

  まゆみは同級生と一緒にいるのがすごく楽しかったみたいだからね。

  だから君のことも知ってるよ。...雄一くん、だろ?

  それから相田くん、藤田くん、千景さん...

  みんな、まゆみから話を聞いて知ってるよ。」


 そう言うと窓の外を見つめて黙ってしまった。

同級生と一緒に居るのが楽しかったみたい、という事を聞いて

ほんの少しだけ心が救われたような気がした。

気がつけば、いれたての紅茶はもうぬるくなっていた。


 「もし詳しい話を聞きたいなら、村の駐在所ゲンさんに話を聞くと良い。

  ただ、4年前の事件だから覚えているかどうか...」

 「いえ、わざわざありがとうございます。

  僕、駐在所に行って話を聞いてみます」

 「そうか...わかった」


 僕は残った紅茶を一気に飲むと、紅茶のお礼をした。

駐在所に行って4年前の事件のことを聞いてみよう。

もしかしたら、見落としている何かがあるかもしれない。

 

 「ありがとうございます、お邪魔しました」

 「あぁ、気をつけてな」

 

 僕はお辞儀をし、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。

その後ろで良平さんが僕の背中を悲しそうな目で見ていたことに

気づくことが出来なかった.....。

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