第3話 4年前

 小野まゆみ。まゆみは中学3年の夏、卒業を待たずして命を落とした。

死因は溺死。遺体は村の湖から発見された。争った形跡などはなく

事故、殺人、自殺、全ての線で捜査が進められた。


 しかし...結局捜査は難航し、事件は迷宮入りとなってしまった。

まゆみの遺体が発見されたのが村祭りの当日だった事から

村人たちは口々に噂した。


 「天狗に連れていかれたのではないのか」


 ...そんなことあるわけない。あってたまるか。

信じたくなかった。思い出したくもなかった。

もうまゆみがいないなんて、考えたくもなかった。


 高校の頃みんなを避けていたのも

高校を出てすぐ東京に行ったのも、全部これが原因だ。

みんなと会ったり村を歩いたりするだけで、嫌でも思い出してしまう。

だから僕は辛い記憶に鍵をかけて

心の隅に追いやってきた。


 もう誰にも変えられない。

悲しい記憶から自分を守るために僕は逃げている。

僕を苦しめる、辛い思い出から...。


 「ねぇねぇ!今急に思い出したんだけど

  今日雄一の誕生日じゃない?確か8月14日だったよね?」

 「え?そうなのか?おいどうなんだよ雄一!」

 「あ、あぁ...そうだよ、今日誕生日だよ」

 「やっぱり!おめでとうー!」


 僕の憂鬱な気持ちを尻目に、千景は得意げに話している。


 「おいマジかよ、すごいな!しばらく会ってない奴の

  誕生日なんてよく覚えてたなぁ!俺、雄一のことは小学校に入る前から

  知ってるけど、誕生日なんて覚えてないよ」


 物覚えが悪いのも相変わらずの様だ。

というか小学校からの付き合いなんだから誕生日くらい覚えててくれよ。

そう思いながらも僕は相田の誕生日を知らないから黙っておく事にする。


 「えっへっへー!記憶力には自身あるんだ!まぁ雄一の誕生日は

  村祭りと同じ日だから覚えやすいっていうのもあるけど!」

 「ああそうか!俺もそうやって覚えよう。おい雄一!

  来年の誕生日は覚悟しとけよ!」

 「いやいや、まず今年でしょ!せっかくみんな集まったんだから

  今みんなでお祝いしようよー!」

 「おお!それもそうだな!雄一、一緒に飲もうぜ!」

 

 そこですかさず藤田が制止にかかる。


 「駄目だ。まだみんな未成年だぞ」

 「な、なんだよー!さ、酒なんて一言も言ってないじゃんかー!」

 「明らかにお酒っぽい感じで『飲もうぜ』って言ったじゃないか。

  駄目なものは駄目だ」

 「なんだよ、ケチ!」

 「ケチってそういう問題じゃないだろ。

  お前寺の息子なのに欲望に忠実すぎるぞ」

 「ぐ、ぐぅ...何で俺は寺なんかに生まれたんだ...」

 「あはは!みんな全然変わってないね!

  じゃあ雄一、みんなで軽くお祝いしようー!」 


 楽しそうな空気に溶け込みそうになった時

僕は、ふと先ほどの手紙の事を思い出した。


 ”お祭りの夜、展望台で待ってます”


 「あれ?雄一どうかしたの?こわーい顔しちゃって」

 「...いや、みんながお祝いしてくれるっていう

  気持ちはすごく嬉しいんだけど...ごめん、遠慮しておくよ」

 「え?うそー!何で!?」

 「雄一、お前...この期に及んでまだ俺らを避けるのか?」

 「違う。用事があるんだ」

 「用事だと...?」

 「ああ。ちょっと...待ち合わせをしてるんだ」


 現にさっき手紙で呼び出されたから、嘘は言ってないと思う。


 「待ち合わせ?なんだーそう言う事なら仕方ないね。

  それなら用事が終わったら戻っておいでよ。

  みんなでお祝いしてあげるから!」

 「...分かった、ありがとう」


 僕はそう言うと、みんなと別れて広場の前まで戻った。

ここから展望台がある丘まではそれなりに距離があるため

急ぎ足で歩き始める。しかし...しばらくして僕の足は

不安からなのか恐怖からなのか、何度も歩みを止めてしまう。

手紙の内容はまだ信じていないけど、もしかしてと思う気持ちが

僕の心を弱く、足の速度を遅くしてしまう。


 展望台の看板が見えてきて、心臓がきゅっと痛くなる。

時刻はもうすぐ、0時になろうとしていた。

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