第4話_襲撃決着_

深明しんめい先生! 」


 権の見上げる先には、“鎧”の前腕を掴み、動きを封じている深明しんめいの姿。


「よく戦った、お前は正一しょういちを連れて離れていなさい。

 私が、手本を見せよう 」


“鎧”が、新たな敵の存在に、警戒して距離を取る。


「別のネズミが入ってきておったのか。

 まあ、サンプルが増えたと思っておこう 」


「二匹いても対雷人戦用鎧アンチサンダーマンアーマーには、勝てなかったのです。

 たかが一匹増えたところで、何が変わるというのでしょう? 」


 怨寺おんじ博士は、余裕の表情を崩さず観察を続けている。

 当然だ、小林助手が指摘したように、権と正一が二人がかりで届かなかった兵器。

 それが健在である以上、たかが一人を恐れる理由はない。


「あなた方は勘違いしている。

 一つには権と正一には、十分に勝ち目があった。

 経験不足と本人たちのおごりからくる、立ち回りの未熟みじゅくさが、このような結果となったのだ 」


“鎧”が突貫してくる。

 勢いをつけた体当たりを、深明しんめいは僅か一歩でかわす。


「敵の速度、秒速10mだと?

 馬鹿な、対雷人戦用鎧アンチサンダーマンアーマーの10分の1のスピードで、何故かわせる!? 」


 小林助手は、観測装置が叩き出した数値を見て、酷く戸惑とまどう。

 速く動いて避けるならわかる、だが遅い側が余裕を持って避けられるのは、どういう理屈なのか、と。


「そしてもう一つ、戦いは数字の大きさだけでは決まらないという事実だ。

 高価な機器で分析をしたところで、数字の大小にのみ目を向けるあなた達では、人間の強さには届かない 」


 体当たりを透かされた鎧は、深明の手首を掴んで動きを止めようとする。

 だが、さほど力を入れていないように見えるのに、深明が掴まれた側の腕を振っただけで、“鎧”は地に膝を付く。


「馬鹿な! 

 あれのパワーは、ゾウとでも力比べができるはず! 

 こんな簡単に力負けすることなど…… 」


「私はただ、彼の力の流れを操り、彼自身の力で膝を付いてもらっただけさ 」


「ただの格闘技術のみで、対雷人戦用鎧アンチサンダーマンアーマーをあしらっているとでもいうのか! 」


「そうだ、私は雷人らいじんとしての性能を、少しも使用していない。

 そしてこれらの技術は、かつて私を倒した人間の武道家から学んだものだ 」


“鎧”は掴んだ手を離せなくなり、もう片方の腕をブンブンと振り回しているが、完璧な間合を取る深明には当たらない。

 そして深明は、権が行おうとした“球電砲きゅうでんほう”の構えを取る。


「かわいそうだが、少し痛い目にあってもらおう」


 深明が“球電砲きゅうでんほう”を放つと、“鎧”の視界を確保するガラス部分を突き破る。

“鎧”は苦悶くもんの呻き声を上げた後、地に倒れ伏して気絶する。


「私を倒したあの人間ならば、肉弾戦のみで決着をつけ、君にこのような苦しみを与えることもなかったのに。

 それができない未熟者みじゅくもので済まない 」


 深明は、“鎧”に両手を合わせて礼をする。


対雷人戦用鎧アンチサンダーマンアーマーが倒されただと。

 ええい、まだ性能が足らんかったのか? 」


「私の話を聞いていなかったのかな?

 我々われわれ雷人らいじんを倒すには、このような大仰おおぎょうな防具は必要ない。

 数字の大小に心囚こころとらわれていてはならない、と言っただろうに 」


「黙れ、人と5%も遺伝子配列いでんしはいれつの違う生き物が、人間面して喋るなぁ! 」


「あなたにとっては、遺伝子配列いでんしはいれつとやらが人間である証明なのかい?

 我々われわれ雷人らいじん人間にんげんは、確かに違うルーツを持つ、似ているだけの生物なのかもしれないが。

 少なくともこの子たちの方が、あなたよりよほど、“人間にんげん”の価値を知っているように見えるよ 」


 深明が、背後に目をやる。

 そこでは正一の腕の上に、権が腰を落として立っていた。


「行くよ、権ちゃん! 」


「おう、全力で飛ばしてくれ!! 」


 射出しゃしゅつ、その言葉が相応しい勢いで、権が跳躍する。

 そして、怨寺おんじ博士達を守っていたガラスを突き破り、侵入する。


「互いの磁場の反発と、雷人の跳躍力を合わせて、この高さまで跳んだのか! 」


「この期に及んで理屈りくつねてるとは、随分余裕があるなあ 」


 幽鬼ゆうきのような鬼気ききせまる表情で、博士に歩み寄る権


「博士に近づくな、この化け物が! 」


 小林助手が、カバンを持って権に殴り掛かる。

 権は、それを避けずに諸に食らった。


「なんだあんたら、お互いを守る為に行動できるんじゃねえか。

 その気持ちをなんで、あんたたちが踏みつけてきた命に、向けてやらなかったんだ? 」


 権は、小林助手の胸倉むなぐらを掴み、持ち上げる。


俺達おれたち雷人らいじんの話だけじゃねえ、あの“鎧”だって元は人間なんだろ?

 確かに強かったが、知性を感じねえ。

 どうして、あんなむごい真似ができるんだよ! 」


 そのまま、電流を流して小林助手の動きを止める。


「俺は、先生や屯田とんださんから、人は支えあって、大きな力を発揮出来る素晴らしい種族だって聞いた。

 けどこれは、ただ命を冒涜ぼうとくしてるだけだ。

 こんなのあんたの奥さんがされたって行為と、どこに違いがあるんだ! 」


「そんな、ワシはただ妻の無念を…… 」


 権の最後の言葉に、衝撃を受けた怨寺おんじ博士は、膝を付いて気力を失う。

 こうして、研究所の攻防は決着がついた。


「無事でよかった、そしてごめんな。

 君達に、あんなみにくい光景を見せてしまって 」


 出立の日、屯田は泣きながら、二人の肩を掴む。


「けど、どうか信じてくれ。

 全ての人間が、あのような非道ひどうを平気で行うわけではないんだ。

 悪人もいれば、善人もいる、それは君達きみたち雷人らいじんも同じだと思う 」


「もちろん、俺たちは屯田とんださんみたいに、俺たちのことをよく考えてくれる人間もいるって、知ってますから 」


 正一しょういちが、屯田とんだの腕に触れる。


「けれど、先生良かったのか?

 俺達、負けちゃったんだけど 」


「言っただろう、自覚のないおごりが判断を誤らせる。

 それを経験した今なら、たとえ格上の敵が相手でも、お前たちが負けることは無い 」


 深明しんめいは、そう力強く断言する。


「迷ったなら、己の初志しょしを思い出しなさい。

 それが、困難こんなん指標しひょうになる 」


 ごん正一しょういちは、しっかりとうなずいた。


「今まで、ありがとうございました。

 それじゃあ、行ってきます! 」


「君を本当の名前で呼べる日が、いつか来るよう祈っているよ。

 ではまた会おう“ごん”君 」


 里を出る二人の背中を見送った後、深明は両手を屯田に差し出す。


「さて、約束を果たすときだ 」


「本当に、後悔は無いんですね? 」


 屯田とんだは、深明しんめいの両手を縄で縛る。


「雷人が日本を自由に動き回ることを、政府はいい顔しない。

 それは、防ぎのようのない電磁テロの誘発に、繋がる可能性を潰すことが一つ。

 そして、雷人らいじんが人類に対し叛意はんいを見せた場合、一か所にまとめていたほうが、都合がいいからだ 」


「ただし、ごん君にとって身内であるあなたが人質になれば、許可を得やすくなる。

 ……二人とも、そのことを知れば、とても悲しむと思いますよ? 」


 屯田とんだ先導せんどうされながら、深明しんめいは歩く。


「私は、あの子の名前を奪ったも同然だ。

 せめてマトモな仮名くらいは、与えてやれたかもしれないのに、それすらできなかった。

 ならば、名前を取り戻そうとするあの子の邪魔だけは、したくない 」


「必要のある時のみ、“権”と呼び。

 それ以外では“あの子”や“お前”などと呼ぶのも、その負い目が理由なんですね。

 全く、貴方はひどく不器用な人だ 」


 屯田とんだは、あきれたような、悲しんだような表情で、深明しんめいを見やる。

 深明しんめいは、屯田とんだの言葉を肯定も否定もしない。


「あの子たちを、よろしく頼む。

 これから先、私はあの子たちに何もしてやれない。

 頼れるのは、貴方だけだ 」


「分かりました、私にできることがあるなら、二人の為に何でもします 」


 少年たちは歩く、師の覚悟、師がどのような状況にあるかも知らず。

 ただ、己の未来を信じて。


 次回予告

 ついに、権の両親と本当の名前を探す旅に出た二人。

 その前に、新たな敵が立ちふさがろうとしていた。

 彼らの目的や如何に?

そして彼らは両親に繋がりうる存在なのか?


 5話目も、益々盛り上がります。

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