第2話_試練決定_

「ワシらホモ・サピエンスのルーツは、南アフリカで産まれたというのが定説じゃ。

 では、“雷人らいじん”共のルーツはどこで産まれたのか?

 ワシは、遺伝子解析いでんしかいせきの結果から、南アメリカで産まれたと見ておる 」


 怨寺おんじ博士が、小林助手と二人のみの教室で、スライドを映しながら講義をしている。

 小林助手は、熱心にノートを取っている。


「その南アメリカの地では、奴らの他にも発電を行い、攻撃手段とする生物がおる。

 それがなんだか分かるかね? 」


「学名 Electrophorus electricus。

 和名を、電気ウナギです。

 雷人の発電方法も、電気ウナギと同じであると推測されているのですよね? 」


 怨寺博士は、拍手で小林助手を称える。


「正解じゃ、流石はワシの後継者じゃ! 

 そして、雷人と人間との関係は、奇しくも電気ウナギと通常のウナギの関係に似ておる 」


 スライドが移り変わる。

 左側には、ウナギと帯電したウナギの画像。

 右側には、人間と帯電した人間の画像だ。


「人間とチンパンジーの遺伝子配列いでんしはいれつの違いは、僅か1%に過ぎん

 ……がなんと、人間と雷人らいじんとでは5%も違う! 

 やつらとわしらの姿が似ておるのは収斂進化しゅうれんしんか、要するに環境適応かんきょうてきおうの方法が似ていただけに過ぎん 」


 博士は、5本の指を伸ばして、この事実を強調する。


「電気ウナギが生物的に別種なのに、見た目からウナギと呼ばれているように。

 雷人らいじんもまた見た目が似ているだけで、人間とは違う生物ということですね 」


 今度のスライドは、人間の男と帯電した人間の女の画像。

 そして、そこには大きく赤い罰マークがついている。


「互いに哺乳類であり、性器の形も近いため、物理的に交尾は可能じゃ。

 だが、遺伝的差異いでんてきさいにより自然交配しぜんこうはいは不可能、要するに子供は出来ん。

 そのため人間と雷人らいじんは、歴史や文化を共有することはあれ、遺伝的に交わることはなかったのじゃ 」


 次のスライドは、歴史関係のようだ。


「ワシの専門は遺伝学いでんがくじゃから、ここから先は専門外の分野になる、間違えておったらすまんな。

 さて、人間と雷人との歴史的な関係は、神話などに見て取ることができる 」


 写されたスライドには、ギリシャ神話と思わしき神々の画像。


「分かりやすいのは、ギリシャのゼウスじゃな。

 こいつのモデルは、よほど強力な雷人らいじんだったと見える 」


「質問、よろしいでしょうか? 」


 小林助手が、挙手する。


「言ってみなさい 」


「神話に雷人らいじんの影響がみられるなら、雷の神が主神の宗教が、もっと多くてもいいと思われます。

 そのことについて、どう推測していますか? 」


「鋭い観点じゃな。

 ワシは発光などの関係から、太陽神などと同一視されたと考えておる。

 我が国の天照大神も、太陽神じゃしな 」


 小林助手のノートに、太陽神と同一視された可能性?

と言う文字が、追記された。


「なるほど、ではもう一つ質問です。

 ゼウスは好色で知られて、その子孫とされる英雄も多い。

 人間と雷人らいじん交配不可能こうはいふかのうなら、彼らゼウスの子孫もまた、雷人だったのでしょうか? 」


 博士はこの質問には、腕を組み悩む。


「ワシにも分からん。

 だが雷人の繁殖能力の低さを考慮すると、ゼウスに子孫が多くいたとは考え難い。

 好色であったことを事実としてもな 」


 スライドが、次のページに移される。


「さて、質問に答えられずすまんが、時間もないので最後のスライドに戻ろう。

 そろそろ今日の実験の時間じゃしな 」


 スライドに移された画像は、上下に分けられたピラミッド。

その内部に、帯電した人間が上、普通の人間が下に入れられている、というものだ。


「神話でほのめかされているように、古来より雷人らいじんは人間より上の立場を独占し、我々を支配してきたのじゃ。

 実は、軍事的な意味ではあまりこの状況に変化はない。

 国家間のパワーバランスは、核ではなく雷人の保有数で決定しておるのが真実! 」


 博士は握り拳を作り、机を叩く。


「雷人共を絶滅させねば、我々人類の真の繁栄はない! 

 さあ、我々の復讐の兵器を完成させるぞ、小林君!! 」


「無論尽力いたします、博士! 」


 二人が向かう研究所の奥、地を揺らすような唸り声が聞こえる__


「また侵入者か、近頃多いな 」


 権は、前日のように、集落に接近してきた部隊を片っ端から捕まえていた。

 今もまた、頭から直接電流を流し込んで、銃を持った兵士を無力化していたところだ。


 あまりにも頻度ひんどが多く、イラついていたため、対象の確認を怠っていた。

 その為だ、不幸な事故が起きたのは。


「やあ、権くn__ 」 


 声が聞こえた方向に、反射的に手を振るい電流を流し込む。

 倒れた人間を確認すると、見知っている顔だった。


「しまった、屯田とんださん! 」


 権は、慌てて彼を蘇生そせいして、集落に運び込む。


「ごめんなさい、屯田とんださん 」


 権は、その人物を客間に運び込んだ後、土下座をする。

 深明に叩かれた為、その頬はあかれている。


「私の指導が行き届かず、屯田とんださんには大変ご迷惑をおかけいたしました 」


 深明も、権の頭を抑えつけながら、自身も土下座をしている。


「いえいえ、私も合図をするのを忘れていたので、こちらこそ不注意でした 」


 屯田とんだも、頭を下げて謝っている。


「侵入者たちはいつものように、後日私ども 自衛隊で引き取らせていただきます。

 また本日は、別件でのお願いがあって来ました 」


「それは、日本政府からの命令ですか? 」


 深明の問いに、屯田とんだはこくりと頷いて肯定する。


「内閣総理大臣の命令書です。

 怨寺おんじ 秀作しゅうさく博士、及び小林こばやし 優次ゆうじの両名を、捕縛していただきたい 」


 差し出されたのは、書類と顔写真。

 初老に差し掛かろうかという、白いひげを蓄えた男性

 そして、若く精悍せいかんな顔つきをした男性の二名だ。


「彼らは、政府がやとったとても優秀ゆうしゅうな雷人研究者でした。

 しかし、禁じられた対雷人兵器たいらいじんへいきの発明に手を出し、雷人との戦争せんそうを画策していると判明しました 」


 次に出されたのは、地図と、洞窟に擬態ぎたいされた研究所入口の写真。


「調査をしたところ、銃器で武装した傭兵100名が、内部にいることが明らかになりました。

 政治的な事情から、自衛隊の出動はなるべく避けたい。

 そこで、あなたたちに動いてもらうことが 」


「拒否は許さないという事ですね。

 山中やまなか ごん守屋もりや 正一しょういちの二名を派遣し、迅速じんそくに制圧すると総理にお伝えください 」


 この発言に驚いたのは、他ならぬ屯田とんだだった。


「正気ですか?

 彼らは将来ある子供だ、本来なら義務教育を施されるべき少年たちだ!

 本当は上から止められている情報ですが、対雷人兵器も完成している可能性があるのです 」


「怒ってくれてありがとう、屯田とんださん。

 アナタは情に厚い人だ、その批難ひなんは正しい 」


 屯田とんだは、怒った相手から感謝されると思っていなかったために、目をぱちくりさせている。


「それが分かっていながら、何故彼らに任せるというのですか? 」


「まず一つに、政府にとっての雷人の存在意義は戦闘能力にある。

 私を含めた周りの大人だって、いつまでも生きているわけではない。

 ならば、長く生き抜いてもらうためにも、戦闘経験を早く積ませる必要がある 」


「一つ目、と言いましたね

 他には?  」


「二つ目は、あの件についての交渉の布石だ

 ……こういえば、アナタはわかってくれると思います  」


「まさか、本気ですか?

 ……ですが、確かにこれなら、材料としては十分だ  」


 屯田は何かを理解したらしく、驚いた様子を見せる。


「先生、交渉の布石ってなんの話ですか?  」


「お前たちには関係ない、知らなくても良い事だ 」


 権が深明に問いただそうとするが、深明は説明を拒絶した。

 聞いても答えてくれないと判断して、権は疑問を保留することにした。

 屯田は、権と正一を見て、確認を取る。


「深明さんはこう言っているが、君達はどうなんだい? 

 行くのが嫌なら、他の雷人らいじんの誰かにお願いしてもいいんだ。 

 この集落からの派遣に拒否権はないが、派遣する人物まで指名されてはいないからね  」


「心配ありがとう、でも行きます。

 これが旅を許可する為の試練しれんなんでしょう、深明しんめい先生? 」


深明は、コクリとうなずく。


「俺も同じく、行きます。

 もう決めたんです、権ちゃんと一緒に戦うって 」


 二人の言葉を聞いて、複雑そうな表情をする屯田とんだ


「二人の意志なら、私に止める権利は無いな 」


 屯田は、持ってきた命令書を権に渡す。


「これは定型文みたいなものだが。

 政府は、の生死に関知しない。

 そして、雷人の戸籍登録は 」


「雷人に人権は存在しない、だから死んでも知らないぞ、ってことですね 」


「ああ、そうだ。

 ……これから言う事は、自衛隊員でも、政府の密使みっしでもなく、雷人人権保障連合らいじんじんけんほしょうれんごうの一員としての私の意見だ。

 我々は、人類に雷人の存在が認められるよう努力している、その日が来るまでどうか命を無駄にしないでくれ 」


 それだけ言うと、屯田とんだは部屋から出て行った。

 屯田とんだを見送った権たちは、早速研究所を強襲する準備を進めるのだった。(2話目 終)



 次回予告

 次なる権と正一の敵、怨寺博士。

 彼の繰り出そうとする兵器は、一体いかなるものか。

 二人は、それを相手にどう戦っていくのか。

 乞う、ご期待!

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