Nameless Hero~無名の少年、権の英雄譚~

牛☆大権現

第1話_雷人発端_

「こちら第1部隊、第2から第5部隊応答せよ 」


 夜の山奥で武装した集団が、古びた集落を取り囲んでいる。

 通信役が、無線機に向かってしきりに応答を呼び掛けているが、全く返事がない。


「ダメだ。

 この集落の近くに来てから、無線機の調子がおかしい。

 方位磁石まで狂ってやがる 」


「隊長、そろそろ教えてください。

 世界中の戦場を渡った我々傭兵部隊が、たかが一集落などを強襲する理由わけを! 」


 隊長は、顔をしかめている。


「声が大きいぞ。

 いいか、確かに諸君らは精鋭せいえいだ。

 だが、世の中には想像を絶する種族が一つ、存在しているのだ 」


「種族?

 この集落には、サムライかニンジャでもいるってんですか? 」


 隊長は、首を横に振って否定する。


「そのほうが、まだ救いがあったかもな。

 詳しくは知らないが、遺伝学的にはホモ・サピエンスでもないらしい。

 気を抜くなよ、この集落は今まで経験してきた、どの戦場よりも恐ろしいと思え 」


 傭兵たちの耳に、草を踏み分けて進んでくる音が聞こえる。

 傭兵たちは、素早く銃を音のする方向に向ける。


「来たぞ、“サンダーマン”だ。

 姿が見えたなら、即座に撃て 」


 隊長の命令に従い、傭兵たちは姿を現した人影に斉射する。

 人影は、銃弾の雨の中を、平然と歩いてくる。


「ヒイッ、なんだコイツ?

 弾が効いていない?  」


「ヒッ、ひるむな!

 弾が尽きるまで撃て!! 」


 今まで想像もしなかった異様な光景に、及び腰になる傭兵たち。

 激励げきれいしている隊長自身ですら、声が恐怖で震えている。


「いまだに、俺達おれたち雷人らいじんに銃が効かないって知らないやつ、多いんだな 」


 人影が、月の光で姿を現す。

 傭兵たちの目からすれば、彼は明らかに子供だった。


「チャイルド? 

 ジュニアハイスクールどころか、エレメンタリースクールでもおかしくないように見えるぜ? 」


「油断するな、ソレは人間ではない。

 殺らねば、こちらが殺られると思え! 」


 少年の歩みは、止まらない。

 幾つも銃弾を浴びせられながら、傭兵の一人の頭に手を伸ばす。


 パチッという音とともに、哀れな最初の被害者は痙攣けいれんする。

 そして、泡を吹いて倒れた。


「スタンガンか? 」


「いや、何も持ってるように見えないぞ? 」


 周囲の兵士たちはどよめく。

 そして、少年は次の被害者に手を伸ばす。


「く、来るんじゃねえ! 」


 半狂乱となった傭兵の一人が、銃を捨てて殴り掛かる。

 だが、その場で倒れたのは、殴り掛かった傭兵の方だった。


「正解だ。

 あんたたち人間が俺たちに抵抗するなら、武器より素手のほうが可能性はある。

 もっとも、俺たちの速さを見切れるならだがな 」


 この時点で、傭兵たちは戦意を喪失そうしつしていた。

 武器を捨て、悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「おいおい、逃げないでくれよ。

 一人でも取り逃したら、俺が怒られるんだから 」


 傭兵たちの悲鳴が聞こえなくなるまでに、数分もかからなかった。


怨寺おんじ博士!

 傭兵部隊に襲撃しゅうげきを命令したのは、本当ですか? 」


 秘匿ひとくされた研究所の内部で、助手が研究所の持ち主、怨寺おんじ博士に食って掛かっている。

 博士は、胸倉を掴み上げられながらも、平然としているように見える。


「いかにも、襲撃を命令したのはワシじゃ 」


「たかが傭兵ごときで、勝てると思ったんですか? 」


「思わぬよ。

 歩兵300人、戦車10りょう、戦闘機5機、大砲20門。

 これが何の数字かわかるかのう? 」


「なんですか、それは?

 話を逸らすつもりなら……  」


「太平洋戦争中、日本側に属するの“雷人らいじん”が挙げた戦果じゃ。

 最終的にその雷人は、米国側の保有する雷人に捕獲されたようじゃがな。

 なら、歩兵のみで勝てぬのは自明じゃ 」


 その言葉に、助手は息を呑み込む。


「その事例は初耳です。

 ですが、そういったデータがあるなら、尚更なぜ無謀な試みを? 」


既存きそんのデータが正しいかどうか検証けんしょうするのも、大事なことじゃ。

 奴らの性能を正しく分析せんことには、対抗手段も見つからんでな 」


 助手は、掴んでいた胸倉を離し、頭を下げる。


「失礼しました。

 博士なりに、お考えがあっての事だったのですね 」


「君はもっと落ち着きをもたんか、小林君。

 少なくとも、銃器や人数を揃えたところで対抗できない、という結果が出たことは、パトロンへの説得材料に成り得るわい 」


 博士は自分のパソコンを開けて、スクリーンにスライドを映す。


「さて、今までの研究の成果を君に伝えようか。

 互いに雷人に、身内を殺された者同士。

 ワシの復讐ふくしゅうと研究を引き継ぐ資質があるのは、君だけだと信頼しておるぞ」


深明しんめい先生、侵入者は全員捕縛しました 」


 先ほど、傭兵たちを返り討ちにした少年が、紐で縛った傭兵たちを引きずりながら、民家の戸を開ける。


「お帰り、ごんちゃん 」


「お、しょうちゃんの方が早かったのか。

 ちょっと遊び過ぎたかな 」


 同じように、複数の傭兵を引きずって持ち帰った先客。

山中やまなか ごん”の親友にして同門弟子、“守屋もりや 正一しょういち”が権に手を振っている。


「二人ともご苦労だったな。

 牢屋に放りこんできたら、帰って眠りなさい。

 明日の稽古は、遅れても構わないから 」


 家の主“山中やまなか 深明しんめい”は、二人をねぎらう。

 今時現代社会でお目にかかるのは難しい、囲炉裏いろりでお茶を沸かして、湯呑ゆのみに注ぎ込む。


「それだけ?

 なあ先生、そろそろ俺達を一人前って認めてくれてもいいんじゃないの? 」


「そうですよ。

 もう僕たち、大人と変わらない成果を上げてるじゃないですか 」


 深明しんめいは、二人に湯呑を配ってから、自身も一杯飲む。


「……お前たちは、今年で14歳。

 身心しんしんともに発展途上だ、一人前というにはまだ早過ぎる」


 深明は、立ち上がり戸棚を漁る。


「しかし成果は認めよう、ならば大した報酬も無いままでは二人も不満だろう。

 正一には後で考えるとしてだ。

 権お前には、今まで預かっていたこれを返そう 」


 深明が手に取ったのは、丁寧にラミネート保存されていた、一枚の紙。

 それを、権に手渡す。


「先生、この紙はなんですか? 」


「お前の両親の、置手紙だ。

 ……済まないが正一、ここからは外してくれるか? 」


 深明にうながされて出ようとする彼を、他ならぬ権自身が止める。


「正ちゃんなら構わない。

 いや寧ろ、聞いておいて欲しいんだ」


 その言葉を聞いて、正一は腰を下ろしなおした。


「お前が拾い子だという話は、以前したな? 」


 権がこくりと頷いたのを見て、深明は話を続ける。


「この手紙は、私の家の前に赤子だったお前と共に置かれていたものだ。

 その日は雨でね、傘を被せてお前は守られていたが、手紙の方は端から染み込んだ水で濡れていた 」


 深明の視線が、権の持っている紙に落とされる。

 釣られて二人も紙を見るが、文字は酷く掠れていて、全てを読むのは難しい。


「それでも当日は、今よりは読める部分も多かった。

 だから、口頭で内容を説明させてもらうがいいね? 」


 権は、しっかりと頷いた。


「“故あって、私たちは身分を明かすことはできません。

 けれども深明先生、どうかその子を育ててください“ 」


 二人が話を聞いているのを確認して、深明は読み上げを続ける。


「“産まざるを得ない事情がありました、けれどもその子を私たちの事情に、巻き込みたくないのです。

 私たちのように縛られた人生ではなく、どうか自由に生きて欲しいのです。

 そのため、私たちからその子に送れるのはただ一つ“ 」


 ここで、不自然に間がおかれた。


「“――という名前だけです。”

 ……済まない、雨でにじんでいて、名前を解読することは叶わなかった 」


 深々と、深明は権に頭を下げる。

 権は面食らって、言葉が出ない。


「本当の両親の付けた名前があるのに、私が別の名前を付ける訳にもいかない、と考えて保留していた。

 そのかんに、お前に“ごん”などという不名誉なあだ名を定着させてしまった。

 そのことについて、申し訳ないと思っている 」


「いいんだ、先生。

 アンタなりに、最善を考えた結果なんだろ? 」


 権は慌てて、深明にジェスチャーで頭を上げるように促す。


「確かに最善を考えていたつもりだった、だが対応が遅すぎたのもまた事実だ。

 この手紙の件も、お前が自分の意思を、しっかりと持ってから話すつもりでいたから、今まで伏せていた。

 自分の出自を聞いた上で、お前はどうしたい? 」


 権は少し逡巡しゅんじゅんした上で、はっきりと宣言した。


「まずは旅に出て、両親を見つけます。

 それから、俺に付けてくれたという、本当の名前を知りたいです 」


「手紙には、事情に巻き込みたくないとある。

 両親の素性が分かれば、望まぬ事を強いられることになるかもしれないぞ 」


 権は少し考えてから、口を開いた。


「その時は、拒絶するだけです。

 それに、『私たちの人生は縛られてる』なんて言ってるあたり、望まぬことを両親が強いられてるのは間違いねえ。

 なら、助けてやらねえと 」


 深明は、顔をほころばせた。


「そうか、強く優しく育ってくれて、私は嬉しいよ。

 けれども、私はお前の師として、今はまだ出立を認めるわけにはいかない 」


「何故ですか? 」


「お前は、心の中では誰にも負けないだろう、という強い自負がある。

 自信を持つのは悪いことではない、実力に裏打ちされたものなら尚更だ。

 だがお前はまだ狭い世界しか知らない、その段階での自負は、油断と慢心に繋がる 」


 権は、納得がいかないというように、手を震わせている。


「口で言ってもわからないだろうね。

 だから、今度卒業テストを課そう。

自身の慢心を自覚さえしてくれれば、出立を認めよう 」


「僕からも一つ、いいですか先生? 」


 今まで割り込まずに、話を聞いていた正一が、手を挙げて口を開いた。


「なんだい? 」


「権ちゃんの出立が認められた時は、俺も一緒に行きたいです。

 その時は親父の説得を、一緒に手伝ってください 」


「どうして、権について行くつもりになったのかな? 

 正一君には関わりのない話だと思うのだが 」


 正一は、姿勢を正して答える。


「俺は、目標を持たずに生きてきました。

 でも、これからはそれじゃ行けないと思う。

 権ちゃんの隣でなら、それが見つけられると思うんです 」


 正一はそれに、と前置きして権の肩に腕を回す。


「権ちゃん危なっかしくて、ほっとけないですよ。

 今までの成果の報酬として、この事を要求します 」


「私は君のことも危なっかしいと思うのだが、確かに私としてもありがたい申し出だ。

 了解だ、君のお父さんの説得も手伝おう


 そして、夜が明ける。

 権は新たな目標を胸に、朱色の空を睨む。



(1話目 終)

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