葉桜琴乃は感想が聞きたい。

 

 第四話目です。

=================================


 葉桜琴乃はざくらことの。高校二年生。

 可愛い小動物系女子。我が学年のアイドル。超人気者。

 そして、俺、阿僧祇あそうぎ けいの彼女である。

 俺たちが付き合っているのは秘密。学校では接点すらないことになっている。

 少し前に、琴乃に彼氏がいることが判明し、学校中はパニックになった。そして、数日前に、パニックの第二波が生徒たちを襲った。

 琴乃が2ショット写真を友達に見せたのだ。女子は歓喜の嵐で、写真の話を聞いた男子は阿鼻叫喚の嵐だった。

 あれは学校が揺れたね。突然の大声に誰もが驚いた。

 家に帰った後、俺はニコニコ笑顔の琴乃を問い詰めたが、『加工してるからバレるわけないじゃん』とケラケラ笑いながらあっさり言われて、バレないならまあいいか、と思ってしまった。

 簡単に納得する辺り、俺は琴乃に洗の……調きょ……躾られているのだろう。

 学校に行きたくないなぁ、と思いつつ、半分寝ぼけた頭で『ごちそうさま』と手を合わせる。今ちょうど、朝ごはんを食べ終わったところだ。

 寝癖がついた頭を掻きながら欠伸をしていると、制服姿の琴乃とすれ違う。もう登校するようだ。不意打ちで彼女を見たことにより、欠伸が途中で止まる。


「あはっ! 間抜け顔の京だ」

「うっさい。琴乃のせいだっての!」

「もしかして、私に見惚れちゃった? そうだろうねぇ。京は私のことが大好きだから」


 クスクスと嬉しそうに琴乃が笑う。

 俺、琴乃に好きだって言ったことないんだが。ま、まあ、すすすすす好きだけどさ、たぶん。

 悪戯っぽく微笑んだ琴乃が、小柄な体で背伸びをして、寝癖だらけの俺の髪をぐちゃぐちゃに撫でまわす。


「ちゃんと学校に来るんだぞー」

「へいへい」

「お弁当を忘れるなよー」

「それは俺のセリフだ! 二度と忘れるな!」


 前回琴乃が忘れた時は物凄いストレスだった。もう二度と届けないと固く心に誓う。

 ひとしきり撫でまわして満足した琴乃は、最後にポンポンと頭を叩いて玄関のほうへ向かう。甘い残り香が周囲に漂っている。

 俺はテーブルの上を確認したが、琴乃はちゃんとお弁当を持っていっているようだ。安心安心。


「じゃあ、おさき~! 行ってきま~す!」


 琴乃は先に学校に行ってしまった。

 さてと、俺も準備しますか。急がないと遅刻するかも!

 俺は慌てて準備を整えるのだった。



 ▼▼▼



 昼休みの教室はとても賑わっている。あちこちでお弁当を広げており、匂いが充満する。

 俺は友達の山田や田中や鈴木と周囲の机を寄せ合う。

 お弁当の包みを開いて、蓋を取った途端、口から間抜けな声が漏れた。


「えっ……?」

「おーう。どうしたー阿僧祇?」

「んっ? なんじゃこりゃ? 白ご飯の上に鮭フレークでハートが描かれてるぞ!」

「彼女か? 彼女なのか裏切者ぉ~! 切腹じゃ~! 殺すっ!」

「待て待て待て! そんなわけあるか!?」


 彼女がいない男子高校生三人の殺気を向けられながら、俺は慌てて否定した。箸で突き刺そうとしないで欲しい。目が本気だ。


「作ったのは母親だぁ! 彼女じゃないから! あっ、今日は父さんが作る日だった」

「そ、そうか。そうだよな。びっくりしたぁ」

「お茶目な親父さんだな」

「阿僧祇なんかに彼女が出来るわけがないよな。疑ってすまんかった」


 おい鈴木。滅茶苦茶イラッとしたんだが? 思わず琴乃が彼女だと言いたくなってしまった。危ない危ない。

 釈然としなかったが、お腹が減ったので弁当を食べることにする。

 苛立ちをぶつけるように、雑に配置されたおかずに箸を突き刺した。

 俺の弁当に微塵も興味が無くなった男たちは、昼ご飯を食べながら、興味が別の話題に移る。


「彼女と言えば、アイドルの話聞いたか? 葉桜琴乃の彼氏の話」

「あぁー。2ショット写真か。滅茶苦茶ラブラブらしいな」

「まだ盛り上がってるよなぁ。リア充爆発四散しろー!」


 三人の話を聞きながら、俺は顔が引き攣らないように頑張る。

 背中は冷や汗がダラダラと流れている。シャツの下の下着が濡れて気持ち悪い。


「彼氏はイケメンらしいな。ちっ! 世の中理不尽だぜ」

「神様仏様! 何故俺をこの顔にしたのですか?」

「両親に言えよ」

「ばかっ! 言えるわけねぇーだろ! 殺されるだろうが!」


 そんな馬鹿話をしながら、俺たちの昼休みは過ぎていく。

 お弁当は、いつもと変わらず美味しかった。



 ▼▼▼



 帰宅して、ベッドの上でうつ伏せになり、肘をついて漫画を読んでいると、ノックもせずに部屋のドアが開いて、勝手に誰かが侵入してきた。のそのそとベッドに這い上がり、俺の腰の上に座る。

 振り返る必要もない。琴乃だ。


「重いって言ったら叩くよ」

「重い」


 事前に忠告されたけど、俺は正直に述べた。

 すると、可愛らしい声と共に、頭にチョップが落とされた。


「ていっ!」

いたっ!?」


 いや、痛くはなかったんだが、反射的に言ってしまった。そういうことってあるよね。

 むっす~、と不機嫌なオーラを感じる。絶対に振り向かないぞ、俺は。


「私ってそんなに重い? 男子って細いほうがいいんだよね? ダイエットしようかな……」

「それ以上痩せたら俺は怒るぞ」

「なんで?」


 ぺちっと頭を叩かれ、そのまま手を置かれる。

 仕方がない。こういう機会だから暴露してしまおう。


「俺はテレビの芸能人みたいに足が細い人とか無理です。ほぼ皮と骨って人がいるだろ? そんな人は好みじゃない。だいたい最近の女性って細すぎ。太ももとふくらはぎが同じ細さって感じじゃん。あばら骨が見えてそう。お願いだからそれ以上は痩せないでくれ」

「むっちりしてる人が好きってこと?」

「今の基準からはむっちりになるのか? 俺は健康的な女性が好きです。女性の体格ってもともと丸みを帯びてるし」

「ほうほう。なるほどねぇ~。京は私の健康も心配していると。ふふっ。どれだけ私のことが好きなの?」


 琴乃はご機嫌に俺の頭をナデナデする。別にそういう意味は……まあいいか。琴乃が嬉しそうだからそのままにしておこう。

 ご機嫌なのは十分伝わってくる。だから、身体を弾ませないでくれ。軽く弾んでいるだけだけど、体重がかかって重いから!

 うつ伏せでよかった。仰向けだったらどうなっていたことか……。


「そう言えば、まだあの話が消えないんだけど、どうしてくれるんだ?」

「何の話?」

「お前が友達に2ショット写真を見せた話」


 キョトンと首をかしげていたであろう琴乃は、ポンっと手を打って理解したようだ。手を打った衝撃が伝わってきた。


「あぁ~。だって自慢したかったんだも~ん」

「あのな。なんか知らんが、琴乃の彼氏はイケメンってことになってるんだが? 他に彼氏でもいるのか? 俺のこの顔面偏差値は『中の中』のド平凡なんだが」

「えっ? 京ってちゃんとすればハンサムじゃん」


 ハ、ハンサム? イケメンじゃなくて? どゆこと?


「イケメンは、ただ顔が良いだけ。ハンサムは顔も含め、雰囲気とか態度とか性格も女性に好かれるってこと。というか、京は意外と顔面整ってるよ。意外と」


 何故意外って言葉を二度繰り返したのか問い詰めたいところだが、ひとまず置いておこう。

 本当に意外と整っているのだろうか、俺の顔は。生まれてからずっとこの顔だから自分ではわからん。


「で、でも、琴乃も言っていただろ? 俺の顔は『中の中』だって」

「当ったり前じゃん! 私の基準は京なんだよ。『基準』=『中の中』でしょ」


 た、確かに。言われてみればその通りだ。基準というのは大抵真ん中だな。

 俺が低く思われていないといいなぁ。もし低かったら、大抵の男は俺以上ってことになるから。


「噂話とか気にしなくていい。京は今まで通り私だけ見ていればいいの」

「わかった」


 何も考えずに答えてしまい、すぐに俺は後悔した。

 べ、別に俺は今まで琴乃しか見てなかったわけではない。本当だ!


「ふふっ。私のことずっと昔から好きすぎじゃない?」

「うっさい!」


 抗議のために膝を曲げると、爪先が辛うじて琴乃に当たった。そのまま足をバタバタさせて琴乃を蹴る。服に掠っているだけだからダメージは皆無だろうけど。


「私のことが好きすぎるハンサムな彼氏(笑)さんや?」

「なんだ、俺のことを馬鹿にする横暴な彼女様よ」

「一つ聞きたいんだけどさ……」


 おぉ? ずっと何かを聞きたかった雰囲気があったけど、やっと本題か。

 俺の腰の上で琴乃はもじもじとしている。


「今日のお弁当はどうだった?」

「ふつーだったぞ」

「ていっ!」


 可愛らしい声と共に、即答した俺の頭に二度目のチョップが炸裂した。


「痛くはないけど、何すんだ!?」

「彼女からの可愛い制裁チョップ」

「あーはいはい」


 自分で可愛いとか言うなよ。確かに掛け声とかチョップとか可愛いけど。

 美少女って本当に反則だ。


「感想は?」

「だからふつーだったぞ」

「ていっ!」


 三度目のチョップ。反撃するのも面倒だ。さっき足をバタバタさせて俺は疲れている。


「むぅ~! 今日は私がお弁当作ったのに! 気づいてた?」

「一目で気づいたさ」

「ハートマークで?」

「いいや。父さんや母さんよりも中身が雑に詰め込まれていたからな。結構ぐちゃぐちゃだったぞ」

「ていっ!」


 四度目のチョップが落とされた。むっす~、と不機嫌そうに頬を膨らませている気配がする。ハムスターかっ!? それともリスかっ!?


「味は?」

「ふつー」

「ていっ!」

「チョップ五回目だぞ!」

「ふ~んだ! お世辞でも美味しいと言うべき。彼氏失格」

「美味しかったぞ。お世辞だけど」

「ていっ!」


 お世辞でも言うべきと言ったから、お世辞を言ったのに、六度目のチョップを喰らったんだが。


「冷食を詰めただけだろうが。ふつー以外にどう言えと?」

「それはそうなんだけどさ……不満です」


 不満を言いたいなら、一つでも自分の手で作ってから言いなさい。全部冷食だったぞ。琴乃がしたのは詰めることと、鮭フレークでハートを描いたことだけ。作るのはゆで卵でもいいのに。


「いつものお弁当と変わらなかった?」

「全然変わってない」

「ふむ。そうかそうか」


 琴乃さんや。俺の頭をナデナデするのは何故かな? どうしてそんなに突如ご機嫌になったのかな? 情緒不安定すぎて全然考えがわからん。


「京のお父さんとお母さんが作るお弁当と変わらないということは、私は家族認定されているわけだね! そうかそうか。京にとっては、私はお嫁さん認定されていたんだね。妻だったんだね。なるほどねぇ~! もう! 京ったら! うふふ」


 発想がぶっ飛びすぎじゃありませんかね? つい最近彼女になったと思ったら、もうお嫁さん? 妻? 頭は大丈夫だろうか? いや、大丈夫じゃないな。

 琴乃は家族認定されている? 何を言っているんだコイツは。


「琴乃はずっと前から家族だろうが。今さら何言ってんだ、アホ」

「っ!? け、京のくせにぃ~! アホは京のほうだぁ~! ばかぁ~!」


 ポコポコと頭を叩かれる。痛く……はないけど鬱陶しい。止めろ。

 俺の上に座って暴れる琴乃から、熱気を感じるのは何故だろう。体温が上がっているのか?

 うぅ~、と可愛い唸り声を上げる琴乃。


「なあ、琴乃?」

「……なに?」


 一切振り返らず話しかけたら、不機嫌そうな声が返ってきた。でも、俺にはわかる。明らかに声を作っている。隠された感情は嬉しさと恥ずかしさだ。


「またお弁当を作ってくれ」


 一瞬息を飲む気配がした。すぐに、俺の頭をナデナデしてくる。


「ふふっ。その感想を待ってた。仕方がないなぁ。また作ってあげよう!」


 上から目線の俺の彼女の琴乃さん。とてもご満悦だ。

 だって仕方がないだろう? 普通に美味しかったんだから。

 学年のアイドル葉桜琴乃。彼女は感想が聞けてとても嬉しかったらしい。



==================================

次話があるかどうかは未定。

全ては読者様次第……ではなく、作者次第。


頑張ります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る