葉桜琴乃には盗撮魔がいる。

 

あっさり書き上がりました。

第三話目です!

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 葉桜琴乃はざくらことの。高校二年生。

 可愛い小動物系女子。我が学年のアイドル。超人気者。

 そして、俺、阿僧祇あそうぎ けいと付き合っている。

 付き合い始めてからというもの、琴乃は我が阿僧祇家に入り浸っている。というか、完全に住み始めた。自分の家に帰る気がない。いつの間にか、琴乃の荷物が全部俺の家に運び込まれている。

 部屋は流石に別々だ。でも、しょっちゅう俺の部屋に無断で入ってベッドに寝転んでいる。本も漫画もゲームも好き放題だ。昔からだから慣れていますけど!

 ぼんやりと寝ぼけて欠伸をしながら学校に行く準備を整える。朝食を食べたら、歯を磨いて制服を着て、忘れ物がないかを確認して登校する。いつもの朝だ。


「けーい! お弁当を忘れないでよー!」

「……へーい」


 危ない危ない。お弁当を忘れるところだった。ナイス母さん! よく息子のことをわかっている。

 ぼけーっとしながらお弁当を取りに行くと、テーブルの上にお弁当が二つ用意してあった。この黄色のバンダナで包まれているのが俺のお弁当だ。では、このピンクのバンダナで包まれているのは誰のお弁当だ?


「おーい母さーん! 琴乃はもう学校に行ったっけ?」

「行ったわよ! あんたもさっさと行きなさい。遅れるわよ」

「へーい。でも、もしかして、これって琴乃の弁当か?」


 俺のではないお弁当を母さんに見せると、あら、と目を丸くした。忘れちゃったのね、と小さく呟く声が聞こえた。


「京。琴乃ちゃんに持っていってあげて。頼んだわ」

「なんで俺が!?」

「一緒の学校でしょ。持っていきなさい」


 母さんからの威圧感漂う命令に、俺は冷や汗を流しながら頷くしかない。

 マジかぁ……。俺が琴乃に弁当を? あの学年のアイドルに? 接点がないアイツに? マジですかぁ……。

 俺はピンク色のお弁当を手に抱えて、軽く絶望するのであった。



 ▼▼▼



 キーンコーンカーンコーン


 四時間目の授業が終わった。俺は今から覚悟を決めて、あの馬鹿のところに行かなければならない。登校中に『弁当を忘れてたぞー。俺が着いたら取りに来い』とメールを送ったのだが、『昼休みに持ってきて。よろしくー』と即座に返信が来たのだ。

 俺が持っていく? お前が取りにこいやー! と、思わず叫び声をあげてスマホを地面に叩きつけたくなったが、強靭な鋼の精神で耐えきった。俺は頑張ったのだ。


「阿僧祇。お前どうした? 今日は特に顔がキモいぞ」

「鈴木! 今日は特にって何だよ! いつもキモいみたいに言うな!」

「キモいだろ、京は」

「お前も似たようなもんだろ、山田!」

「なんだ? まだ腹壊してんのか? トイレ行けよ。我慢するのは良くないぞ」

「田中……俺は別に腹が痛いわけじゃないんだが。胃は痛いけど。まあいいや。ちょっと行くところがあってな。先食べといてくれ」


 俺はピンク色の包みの弁当をバッグから取り出して、覚悟を決めて琴乃のクラスへと向かうことにする。気分は魔王に立ち向かう勇者だ。


「 Feel better ! お大事に~!」

「治らないなら一回病院行けよ」

「ちゃんと窓開けて換気してからご飯食べろよ」

「だからトイレじゃねぇよ! 便所飯でもねぇよ!」


 そんなふざけたやり取りをして、俺は教室を出た。

 ワイワイガヤガヤと賑わう教室の前の廊下を歩き、とうとう琴乃の教室に来てしまった。前方の出入り口から中を覗くと、教室の中央に女子たちが固まってお弁当を広げようとしていた。真ん中にいるのはもちろん人気者の琴乃。笑顔でお喋りしながら、片手でスマホを握っている。

 胃が痛い。この中に行くのか。あぁ~気まずい。

 チラッと琴乃が俺のほうを見た。確実に俺の気付いた。でも、近づいて来ない。何故だ?

 あっ、そうか。学校では接点がないことにしているから、俺を知らない設定か。うわぁー、俺が声をかけなきゃダメ?


「あ、あの! 葉桜さんはいますか!」


 教室の中に向かって、緊張して裏返った声を張り上げた。一斉に注目が集まる。琴乃め! 帰ったら覚えてろ!

 また告白か、という興味と憐みの視線が向けられる中、琴乃が笑顔で近づいてきた。


 カシャ!


 んっ? 今の音は……。


「私に何か用かな?」


 あざとい。胸の前でスマホを両手で握り、上目遣いをしてくる。可愛い。そして、とてもムカッとする。

 クラスメイトから見えない一瞬の隙をついて、ニヤッと笑うのがとてもムカつく。


「こ、これを!」

「これって……お弁当?」

「は、葉桜さんのお母さんが靴箱のところに来てて、渡してくれって」

「そうなの? ありがとね!」


 笑顔でお礼を言ってくれたんだが、その顔には、面白くない、と書かれている。

 俺を困らせて楽しむ気だったな、こいつは!

 取り敢えず、俺は忘れたお弁当を届けた。教室内も、そういうことね、という空気が漂っている。俺の嘘に誰も気づかなかったようだ。よかった。

 ミッションコンプリート! 俺は教室に戻る!


 カシャ!


 簡単にかき消される小さな音に足が止まりかけたが、俺はそのまま歩き続ける。

 今のはカメラのシャッター音だ。前にも聞いた。この間は琴乃にカメラの音のことを言い忘れていた。すっかり忘れていた。

 琴乃が盗撮魔に狙われている? 

 あり得る。超あり得る。あの学年のアイドルだぞ。盗撮魔が居てもおかしくない。

 彼氏の俺が何とかしなくては! 俺は琴乃を守るぞ!

 教室に戻ってから、友達たちに『出すもの出してスッキリしたのは良いことだが、余計に顔がキモくなった』と言われた。

 酷くないか?



 ▼▼▼



 その日の夜。琴乃は、俺のベッドの上にうつ伏せに寝転んで、両足をバタバタさせながら、枕に顔を押し付けていた。うぅ~うぅ~、と唸り声を上げている。スカート丈が短いワンピース姿なので、綺麗な素足がとても眩しい。

 盗撮魔のことは言った方が良いのか? 怖がらせないか? でも、危険は知らせておいたほうがいいよな。

 いろいろ悩んだ俺は、盗撮魔のことを琴乃に伝えることにする。


「なぁ?」

「………」 バタバタ!

「おい聞いてるか?」

「………」 バタバタ!

「足をバタバタさせるのを止めて話を聞け!」


 むぅ~、と不機嫌そうな琴乃が、枕から顔を上げた。ムスッと睨んで無言の抗議をしてくる。


「な、なんだよ」

「……至福の時間を邪魔するな」

「俺は邪魔する。琴乃、お前に盗撮魔がいるぞ」

「ほぇ?」


 おっ? これは本当に知らなかったやつだな。顔が青くなった。

 起き上がって小さく震える両手を伸ばしてきたので、優しく抱きしめてあげる。

 恐怖でかすれた声で問いかけてきた。


「だ、誰? 私を盗撮してる奴は誰?」

「わからん。琴乃の傍を通りかかると、カシャってシャッター音が聞こえるんだ」

「あっ、それは私が盗撮されてる奴じゃないや」

「はい?」


 えーっと、どういうこと? 何故そんなにあっさりと断言できるんだ? 恐怖心も一瞬で消え去ってるぞ? 琴乃が盗撮されていないなら、誰が盗撮されているんだ?


「盗撮されているのは京だよ」

「お、俺!?」


 あ、あり得ない! ザ・平凡を地で行く俺だぞ! 盗撮するだけ無駄じゃないか!

 いや待てよ。別の可能性がある。


「……もしかして、琴乃と付き合っているのがバレた? 証拠写真を撮られている? 脅される? それともばら撒かれる? 俺って殺される!?」

「京に恋する乙女がコッソリ撮ってる可能性もあるでしょ」

「その可能性は……あるな」

「自分で言ってなんだけど、あっさり認めるんだ。引くわぁ~」


 うっさい! 少しは期待してもいいだろうが!


「その子は俺のことが大好きで、コッソリ見つめたり、話しかけるチャンスを伺っているんだ。そして、想いが抑えきれずに盗撮に手を染めて………………琴乃さんや? 何故笑顔で自分の顔を指差しているんだい?」


 ニコニコという擬音が幻視しそうなほど笑顔で、自分の顔を指差していた琴乃が、本当にニッコニコしながら口を開いた。


「私」

「……はい?」

「だから私」

「何が?」

「その恋する乙女は私」

「はっ?」


 このお馬鹿は何を言っているのだろう? 意味が分からない。まあ、付き合ってと言い出したのは琴乃だし、俺に恋しているのは何となくわかる。でも、それを今言うことなのか? もっと大切なことがあるだろ? 盗撮魔の正体とか。

 コイツのことは無視しよう。


「これから盗撮魔に怯えて過ごさないといけないのか。怖いな」

「なんで私を怖がるの?」

「怖いに決まってるだろ。だって、正体不明の……盗撮…魔……だぞ……って、お前かっ!? お前が盗撮魔の正体かっ!? お前なのかぁ~!?」


 俺はニコニコ笑顔の琴乃に掴みかかり、グワングワンと揺さぶる。


「おわぅおわぅ! そうだよぉ~って、揺さぶるの止めてぇ~! おわぅおわぅ!」


 おわぅおわぅだって。可愛いな。また今度揺さぶってやろう。

 目が回るぅ~、とベッドに倒れ込んだ琴乃を上から見下ろす。


「お前は馬鹿か! 馬鹿なのか!? 琴乃だから許すけどさ、バレたらどうするんだ!」

「ふっ。私の長年の盗撮技術テクを嘗めないで」

「ドヤ顔でお前は何言ってんだぁ~!」


 ムカッとした俺は、琴乃のこめかみを両方の拳でグリグリとする。

 長年の盗撮技術テクってことは、俺はずっと昔から盗撮されていたのか? 知らなかったぁ。

 その分のお仕置きもしないとな。俺の怒りの拳を喰らいやがれ!


「痛い痛い! 頭をグリグリするの止めてぇ~!」

「何のためだ? 何のために盗撮してたんだ?」

「京を脅すため、痛い! 揶揄うため、痛い! 成長記録を、痛い! アルバム作成を、痛い! 一人でにやけるため、痛い! 欲求不満で、痛い! 性欲が、痛い!」


 碌な理由じゃなかったから、頭を何回もチョップしてやった。力は抜いたぞ。それほど痛くないはずだ。

 これが学年のアイドルで人気者なんだぞ。あり得ない。どれだけ猫被っているんだろう?


「んで? 本当の理由は?」

「……だって、京は写真を撮られるのが嫌いだから、こそっと撮るしかないじゃん」


 寂しくて悲しそう。そんな表情はしないでくれ。俺は琴乃のそんな顔に弱いんだから。俺が悪かったって思っちゃうから。


「はぁ……わかったよ。好きにしろ」

「さっすがチョロ京! 2ショット撮ろっ! 2ショット!」


 あ、あれっ? あれだけしおらしくしていた琴乃さんは何処に? って、チョロ京って何だよ!

 ウッキウキでテンションMaxの琴乃が写真撮影のためにいろいろ動き回る。

 どこからともなくメイク道具を取り出して、スチャッと構える。


「大人しくしててね。大丈夫。メイクや撮影技術や加工アプリで、顔面ランクが『中の中』の京でも『中の中の下』くらいにはなるから!」

「それだけ使っても俺は『中の上』にならないのかよ!」

「じゃあ、いっくよ~!」


 琴乃によって瞬く間にメイクされた。確認したいのに絶対に鏡を見せてくれない。どうなったのか気になるのに。

 上出来、と自画自賛している琴乃が、スッと密着してきた。おもむろにスマホを構えてカシャっと写真を撮る。余程顔を確認させたくないらしい。自撮りモードにもしない。


「よし! 良い感じ」

「俺にも見せろ」

「だ~め~」

「じゃあ、あとで俺のスマホに送れ」

「まあ、それくらいなら。あとでね」


 そう言って悪戯っぽく微笑むと、琴乃は顔を超至近距離に近づけた。頬と頬をくっつけながら何枚も写真を撮る。


「ご褒美。ちゅっ♡」 カシャ!


 頬に柔らかな感触がしたと同時に、カシャっというシャッター音がした。

 えーっと、今のは何の感触だったんですかね?

 呆然としていると、顔を真っ赤にした琴乃が両手でスマホを握りながら、恥ずかしそうに、そして悪戯っぽく微笑んでいた。


「ふふっ。撮っちゃった♡」


 今の柔らかな感触が琴乃の唇だと悟った瞬間、俺の『中の中の下』の顔から猛烈な火が出た。



 ▼▼▼



 お風呂から上がり、メイクも落とした俺は、身体をポカポカさせながら自分の部屋に戻ってきた。

 脱衣所の鏡でメイクされた顔を確認したが、悲しいことにザ・平凡だった。琴乃の言う通りだった。

 ドアを開けると、俺のベッドの上で横向きになってスゥースゥーと可愛らしい寝息を立てて寝ている馬鹿がいた。


「なんで無防備に寝てるんだよ」


 スカート丈の短いワンピース姿だから、下着が見えそう。ギリギリだ。

 太ももの裏側ってエロくないか? 滅茶苦茶エロいな。うん。

 ここに危険な思春期男子高校生がいるのに、一切気にせず、むにゃむにゃして幸せそうな寝顔だ。ちょっと間抜け。だらしなく緩んだ口からは涎が垂れている。

 襲われたいのか? 襲ってもいいのか?


「あぁ……枕に涎が」


 仕方がないな。本当にずっと昔から変わらないな、琴乃は。

 人のベッドを勝手に使った罰と、枕を涎で汚した罰の刑を執行してもいいよな?

 俺は自分のスマホを手に取って、カメラアプリを起動する。


 カシャ!


 よし! 間抜けな寝顔の写真をゲットしたぞ。折角だし、まだまだ撮るか。

 盗撮したってことは、盗撮される覚悟もあるよな?

 学年のアイドル葉桜琴乃。彼女には無防備な寝姿を撮る盗撮魔がいた。



<続く?>


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お読みいただきありがとうございました。

盗撮魔=琴乃と予想されていた読者様もいらっしゃいましたね。

正解でした。

最後には新たな盗撮魔が誕生しましたが。

琴乃の露出した素足を盗撮したかどうかは京のみぞ知る。

あっ。琴乃は寝たふりなどではなく、本当に寝ていますので!


次回を書くかどうかは読者様次第…………嘘です。すいません。作者次第です。

頑張ります!


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