ニ 遡る原型
…………ところがだ。
この都市伝説起源の常識を疑うような話を、私は今は亡き祖父より聞いたことがある。
どんな脈絡の中で語られたものなのか憶えてはいないが、確実に「口裂け女」とは無関係の話の中で、
「子供の頃、地元(長野県松本市)に〝キリサキオンナ〟がやって来ると言って騒ぎになった」
と聞かされたのだ。
〝キリサキオンナ〟とは、おそらく「切り裂き女」と書くのであろう。
微妙に名称はことなるが「口裂け女」と無関係な話とはとても思えない。
大正6(1917)年生まれの祖父が子供の頃というと、小学生か中学生ぐらいまでとして1920年代になる。
明らかに1979年のブームよりも前の話だ。
となると、もっと昔にその原型となる都市伝説があったのだろうか?
今となってはもうそれ以上、詳しいことはわからない。
その時はそれだけで話は終ったが、「またいつか聞けばいいや……」と思っている内に祖父は亡くなってしまい、ちゃんと聞き取り調査をしておかなかったことが大変悔やまれる。
しかし、それに疑問を感じてちょっと調べてみると、やはり1978年以前にも「口裂け女」の原型を思わす話がいくつか存在する。
例えば明治の中頃、滋賀県信楽に住む「おつや」いう女性が、深夜、山を越えて恋人に会いに行く際、女の山道は物騒なので、白装束に白粉を塗り、髪を乱して蝋燭を立て、三日月型に切った人参を口に咥え、手には鎌を持って峠を越えたという話があるし、同様に岐阜県でも、明治もしくは大正時代の同様の話が伝わっている。
また、韓国においても2004年に「口裂け女」ブームが起こっているが、これも日本統治時代、すでにその噂話が聞かれていたとする話もある。
さらに遡って江戸時代にも、『怪談老の杖』という怪談集には
「大窪百人町(現在の東京都新宿)で、雨の中、権助という男がずぶ濡れの女に出会い、傘に入るよう勧めると振り向いた女の顔は口が耳まで裂けていた……」
という話が載っているし、
読本『絵本小夜時雨』には
「吉原の遊郭で客が廊下を歩いていた太夫を引き留めると、振り向いた太夫の顔は口が耳まで裂けており、二度とその客は遊郭に行かなくなった……」
とある。
「深夜、タクシーに若い女性を乗せ、目的地について後部座席を振り返ると、そこに女性の姿はなく、シートがぐっしょり水に濡れていた……」
というあの有名な「幽霊を車に乗せた」話も、実は同様のモチーフの話がアメリカでは駅馬車時代から語られていたりするし、この「口裂け女」の原型となる話も、もっと古くから語られていたのかもしれない……。
鳥山石燕先生風にいえば、
朧げな祖父との思い出の中で、我、そんなことを思いぬ……
である。
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