1517 全国デビュー

 試合前の練習が終わり、両チームの選手が整列する。

 そして今更実感するのだが、体格の差が大きい。


 白富東の野球部員で、身長が180cm以上であるのは、今日はライトにスタメンで入っている岩崎だけである。

 二番目が微妙だが、おそらく直史だろう。しかし相手の天凛の選手は岩崎並の体格の選手が多く、体の厚みでは明らかに岩崎よりも筋肉が多い。

 事前に分かっていたことだし、別にセイバーはそれはどうでも良かった。

 そもそも体格ならば、千葉でもトーチバや東雲などは、体の大きな選手が多かった。

 去年の夏に負けた勇名館は、主砲の黒田は贅肉のない肉体であったし、吉村はそれほどでかくもなかった。

 体が大きいということはそれだけ筋肉の量は増やせるということであるが、筋肉の使い方を知らないならば、ただのうどの大木である。


 奈良県ではほぼ二強と言われている天凛高校であるが、21世紀以降は甲子園で最後まで勝ちきることはない。

 だがそれでも甲子園出場回数は春夏併せて50回を超えていて、確かに名門ではあるのだ。

 そして体の大きな投手筒井が、投球練習をする。

 先頭打者の手塚はそれを見るが、速いことは速いが別に打てないこともなさそうだ。


 バッターボックスに入った手塚に対して、初球から甘いストレート。

 球速表示は140kmと出てはいるが、吉村や玉縄といった、全国レベルでも屈指の投手とは見劣りする。

(岩崎の方がいいピッチャーだな)

 そして二球目もストレートだったので、素直に弾き返した。

 良い当たりではあったがセカンドライナーで、まずはワンナウト。

「なんか甘く見られてるな。初球から狙えるぞ」

 ジンはそれを聞いてから、ゆっくりと打席に入る。


 甲子園の初打席だが、思ったほどの緊張感はない。

 集中できていないというわけでもなく、しっかりと選手の動きは見える。

(なんか甘く見られてるのかな?)

 ジンへの配球も、初球は甘いストレートで、確かにこれは140kmは出ている。

 そして二球目はカーブを使ってきて、ボールになったが緩急差を使ってきた。


 ただこれはジンを注意しているというより、バッターに対するボールの調子を確かめているだけだろう。

(まあ俺らみたいな小さい公立相手だとなあ)

 無理はないか、とジンも思わないでもない。

 だがこれで、この試合の勝敗は決まったな、と思う。

 三球目のストレートを、綺麗にセンター前に運んだ。




 三番ショート白石。

 この小さなスラッガーの打球を、当然ながらバッテリーは映像で確認している。

 それほど多くはないが、関東大会まで進んだチームだ。当然情報は収集してある。

 165cmもない身長。それでいて筋量も多いとは言えない。体のバネで飛ばすタイプ。

 甲子園に出てくるピッチャーの球を打てるのか。


 安易にストライクを取りに行ったストレートを、大介はレベルスイングで弾き飛ばした。

 ライナー性の打球が、ライトスタンドに突き刺さった。

 一回の表、2-0と白富東の先制である。




 五番の自分の打席まで回ってきたので、直史はおおよそこの対戦相手のピッチャーのレベルは分かった。

 おそらくセイバーの事前予想通り、あと一度か二度の勝負が大介はされるだろう。

 そしてそれをホームランにする。そこまでの未来が見える。

(一点は取られていいわけだ)

 セイバーの事前予想は3-1であったが、既に二点が取れた状況なら、確かに一点は取られてもいい。


 直史は投球練習を終え、相手の先頭打者を見る。

 鍛えられた肉体に、素振りには確かに迫力がある。

 それに対してジンが出したサインは、確かに意表を突くものだった。

 インローへ沈むスローカーブ。

 これがぎりぎりに決まって、ワンストライク。

 ここまでぎりぎりに沈むカーブは、ボールに宣告されることもあるのだが、スピードが遅すぎた。

 これは打て、という審判の判断である。


 今のはボールじゃないのか、という判断は選手にも当然ある。

 そして二球目、アウトローへのストレート。

 これもボール気味であるが、捕球位置が初球より高い。ストライクと宣告される。

(よっしゃ、じゃあスルーを早めに見せておくか)

 ジンのサインに頷いた直史は、変に間を置かずにスルーを投げる。

 直前のストレートとの軌道の差で、バッターは三振した。




 技巧派のピッチャーには、天凛の打線は相性が良くない。

 そして相手は単なる変化球投手ではなく、魔球を操る投手である。


 ジャイロボール。

 原理はある程度知られているが、いまだにそんなものはないとも言われている球種。

 だが初回の三人をそれで三振に打ち取ったことで、対戦相手の天凛も、まともに考えざるをえない。


 そもそも相手は、関東大会の決勝までいったピッチャーなのだ。

 玉縄と投げ合って七回まで無失点というピッチャーだ。そのスコアも事前にミーティングで話されている。

 攻略法としては、別にジャイロボールだけでなく、普通に球数を増やすこと。

 しかし追い込んでからジャイロボールを使われることで、三振が多く取られている。


 追い込んでからのスルーはやはり有効だな、とジンは判断する。

 緩い球でワンストライクを取って、ストレートでツーストライクを取る。

 あるいはボール球を振らして追い込んだら、スルーで片付けてしまう。

 三回の裏までを三者凡退で片付けて、ジンはだいたい自分の期待通りの展開にほくそ笑む。


 そして四回の表は、大介からの打席である。

 既に二点のリード。もっとも天凛の打力からいけば、まだ逆転出来ると思われていてもおかしくはない。

 この状況をまずいと思うなら歩かせるか? しかし先頭打者である。

 大介に打たれた後は、しっかりと抑えているピッチャーだ。勝負にいかせるか?


 いかせた。そして打たれた。

 アウトコースの出し入れをした後のインハイを、ライトのポール際へ。本日二本目。

 小さな体躯から繰り出されたそのホームランに、観客は歓声を送る。

 スコアも3-0となった。

「これで勝てますかね?」

「どうでしょう? 相手もランナーが出ていませんから、しゃにむにかかられるとまずいですね」

「そういやパーフェクトか」

 ジンも気付いたが、さすがにまだ三回でパーフェクトは、気が早いだろう。


 ボール球を振らせる。その組み立ても考えてきた。

 だが中には振り切れず、偶然にフォアボールを選べる選手もいるだろう。




 そんなことを考えていたのが悪かったのか、四回の先頭の四番に、ボール球を振らそうとしてフォアボールのランナーに出してしまった。

 これまで割と低めのストライクゾーンを広く使えていたのだが、これは狙いすぎたようだ。

 五番打者がしっかりと送って、ワンナウト二塁。

 ここで五番が送りバントかとも思うが、天凛は六番までは打率の高い打者が並ぶ。

 しかしこの六番へ、ここまでは使わなかった高めのストレート。

 キャッチャーフライとなって、ツーアウト二塁。

 続くバッターを内野ゴロで打ち取り、バッテリーは冷静に試合を運ぶ。


 試合は淡々と進み始めたが、直史が追い込んでから、ストレートを使うかスルーを使うかで、天凛は完全に打ちあねぐようになった。

 冷静に考えたらストレートを狙うべきなのだが、直史は低めと高めで、ストレートを使い分けている。

 外野にまで球が飛んでいかない。

 内野ゴロは打球が殺されている。

 そして追い込んだら三振も取ってくる。


 その間に白富東の打線は、ヒットは三本しか打たないが、粘って四球を二つ引き出していた。

 相手の先発ピッチャーも球数が増えて疲労が激しくなってきた。

 六回には左に交代し、さてまた大介の打席である。


 ランナーはいない。スコアは3-0である。

 本来ならまだ四イニングも攻撃は残っている。だがここまで天凛は、ノーヒットに抑えられていた。

 甲子園初出場の、一年のピッチャーに。

 球速は最高でも134kmしか出ていないのに。

(左投手への対策がどうか見せてもらおか。あかんかったら歩かせえ)

 監督の指示に従い、バッテリーは左打者の大介に対して、左投手のストレートを、内角に厳しく投げ込む。


 体を開きつつも、バットが残っている。

 そのままバットに乗せるようにして、打球はフライ性の当たり。

 これは打ち取ったかと思った打球は、そのまま伸びてライトのポールに当たった。

 甲子園記録タイとなる三打席連続の三本塁打であった。




 この試合のオチは、もう一つあった。

 九回の裏、ツーアウトで天凛は一番打者が回ってきた。

 つまり四回の裏に四番を歩かせて以来、直史は全ての打者を打ち取ってきたわけである。


 最後に投げたボールは内野フライとなり、サードに入っていた諸角は手を上げたのだが。

「モロ! ベース!」

 三塁ベースを変に踏んで、落球してしまったのである。

 普段ならしないようなミスで、そして大介がすぐカバーしたため、ランナーは一塁ストップだったのだが。


 エラーでありノーヒットノーランには変わりはない。そして次のバッターに対して、直史はごく普通に対応した。

 三塁線のゴロを、今度は諸角はちゃんと捕球し、一塁でアウト。

 佐藤直史の甲子園でビューは、ノーヒットノーランであったのだ。


 本当なら八回あたりで岩崎にもマウンドを経験させたかったのだが、さすがのセイバーも止められてしまった。

「3-1という予想が4-0だったということは、もうちょっと勝てるかもしれませんね」

 甲子園初勝利を鮮烈に飾った白富東は、スタンドの応援団に向かって駆け寄ってきた。




 予想外のことが起これば、それは連鎖して起こるようである。

 二回戦は岩崎を先発に、七回あたりを目安に直史へ継投する予定であった。

 さすがに岩崎までノーヒットノーランという奇跡は起こらず、ちゃんとヒットは打たれた。

 しかし九回まで無失点できて、本人もその気であったために投げさせたら、完封してしまったのである。

(う~ん、上手くいきすぎてます)

 確率の問題であるので、こういうこともあるのだとセイバーには分かっている。

 二回戦で大介がまた二本のホームランを打って、色々と話題になっているのだ。


 一回戦の三連続ホームランで、甲子園のセンバツの記録には並んだ。

 そして二回戦で二本のホームランを打ったため、センバツ一大会での記録は更新した。

 甲子園での高校野球通算ホームラン記録は、40年ほども前の記録がずっと残っている。

 圧倒的な戦力を誇るチームはそれ以後も現れたが、高校三年間を通して圧倒的に強く、決勝まで行けるチームは多くない。

 いかな強打者と言えど、自分の得点を守ってくれるピッチャーがいなければ、上に行けずに記録は伸びない。

 大介はちょっと調子に乗っているが、まだ子供であるので仕方がないのだろう。


 またセイバーは勝利後の監督インタビューで、自分の容姿と言動が話題になっているのも知っている。

 金髪ロリ監督などと言われているが、セイバーは確かに平たいだけで、立派な大人である。

 なんで采配する監督が、その容姿で色々と言われなければいけないのか。

 直史や大介ならともかく、縁の下の力持ちである自分がアイドル的に祭り上げられるのは理解出来ない。


 そしてそんなことよりも、問題は次の対戦である。

 予想はしていたが、大阪光陰が上がってきた。


 私立大阪光陰高校。高校球児ならば誰もが知る、現時点では最強のチームである。

 去年のセンバツ、そして夏、秋の国体に神宮と、途中に春の近畿大会では負けていたが、勝負どころの全国大会では全て優勝している、高校野球界の覇者にして王者。

 もっとも去年の夏は、試合に勝って勝負に負けたなどとも揶揄されたが、その後の秋に神宮で勝ったことで、新チームも最強の遺伝子を受け継いでいることを証明した。

 おそらく高校野球史上を見ても、このチームに匹敵するのはそうはない。

 スーパースター級の選手がスーパースターとして突出しない。それだけの選手層の厚さがある。

 白富東で一番安定感のある守備力さえ、この絶対強者に比べれば下であろう。


 そして何よりも差があるのは、監督だ。

 セイバーはあくまでもデータ屋である。統計的に選択肢を出すしかない。

 だが同じく統計を利用する者なら、その裏を書くことが出来る。

 年間160試合を行うMLBならばおおよそ予測は出来ても、高校野球は難しい。

 トーナメントのたった一試合に、全てを賭ける。

 セイバーには出来ないことだ。


 分析の段階は自分の仕事。

 そして選択は選手たちにしてもらうしかない。

 最強の敵と戦うには、まだセイバーの力では不足であるのだ。

 そしてそれは成長の余地でもある。

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