1515 冬の成果
大介が直史の双子の妹の存在を知り、まとわりつかれてげんなりとしたその週明け。
月曜の野球部は基本お休みであるのだが、自宅の自作ブルペンで試した直史は、一つの結論を得た。
ストレートを強化すべきだ。
直史の現在のストレートはMAXが135kmであり、だいたい常時130kmぐらいで投げている。
決して全国レベルでは速いとは言えない球速であり、ストレート一本では絶対に通用しない。
しかしながら夏の県大会決勝では、18個の三振を奪っているし、関東大会の決勝も七回で降板するまで11個の三振を奪った。
ただ両者の間では、ストレートによる三振の数が違った。
決め球とも言えるスルーを使って、ようやく三振。ストレートはカットされることが多かった。
今更言うなら、早めに追い込んだら一気にスルーで三振を奪っていけばよかった。
それなら球数もそこまでは増えず、直史は完投して1-0で勝てたかもしれない。
スルー以外の球で打ち取ろうとしたのが、敗因の一つである。
だがスルーだけで抑えきれたかというと、それも疑問が残る。
果たしてスルーは、どこまで信用していい球なのか。
少なくとも、その軌道を完全に記憶した大介は、来ると分かっていたら打てる。
練習試合では通用したが、公式戦になれば研究される具合は、今までとは桁違いだろう。
他の変化球もさらに強化すると共に、一番落ちない球であるストレートを強化するのも、他の変化球を活かすためには必要なことだ。
そう言ったところ、セイバーは頷いた。
「まあスピンレートを上げて、回転軸を真っ直ぐにすることですよね」
技術的なことを教えられないが、理論はちゃんと分かっているセイバーである。
ストレートを評価する基準は、大体四つと言われる。
球速、スピン量、スピン軸、そしてどれだけ本当のストレートに近いか、である。
右投手のストレートというのは、実際にはシュート回転だ。
左投手のストレートも、実際にはシュート回転だ。
ストレートを意識しなければ人間の投げるボールは身体構造的に、ごくわずかなスライド方向の変化がかかる。
シュート回転をかけなければ、ピッチャーの投げるボールはストレートにならないのである。
これをシュート回転がかかりやすいように縫い目に指をかければ、ツーシームになる。
直史の場合は球速をすぐには上げられない以上、他の三つの要素を確認する必要がある。
そもそもセイバーは就任してすぐに、それらのデータは取ってあった。
そして直史のストレートは、スピン軸とシュート回転によるストレート化は、既に充分であると分かっていた。
あとはスピン量である。
元々直史のストレートは、球速に比してそれなりにスピン量は多い。
セイバーがフォームの変化によってストレートの球質を変化させることを教えなかったのは、単純に一度フォームを崩す必要があったからだ。
直史は器用な投手である。変化球などもすぐに新しい物を憶えてしまう。
スルーのようなジャイロ回転を綺麗にかけられるのも、その器用さの一つである。
だがスピン量を増やすには、一度フォームを分解して、どの段階でボールにスピンをかけるパワーを引き出すかが問題だった。
夏の大会前、そして秋の大会前の時間にそれをやるのは、かなり危険であった。
だからこのオフシーズンまで待ったのだ。
それに直史自身が、ストレートの課題を見つけてきたのも大きかった。
体力を付けることを目標の一つとしながらも、基本となるピッチング技術の向上にも努める。
これで学業の方も優秀だというのだから、たいしたものだとセイバーも思う。
「現在のフォームから修正するのは、テイクバックから後の部分だそうですね」
ピッチングコーチの言葉を翻訳するセイバーであるが、彼女にも理解は出来た。
必要なのは特に手首の柔らかさらしい。
テイクバックから肘を先に前に出して、腕をしならせるようにして、最後には指先で切る。
基本動作自体は、直史はすぐに理解した。
さて、それではやってみる。
セットポジションから足を上げるのだが、これがそもそも直史はあまり足を上げない。どうせクイックなら上げないのだし。
体重移動までは問題ない。ここのテイクバックを、やや肘から先を後ろに引く。
そのまま肘から前に出していって、指先より手首が前に出ていって、ぎりぎりのところで指先でボールを切る!
「……投げれてるじゃん」
「……投げれてますね」
ジンもセイバーもびっくりだが、普通にストレートになった。
「解析は……スピンは100ぐらい上昇してますね。ホップ成分がプラス6ですか」
コーチの方を見ると、顎が外れそうな顔をしている。どうやら予想以上らしい。
「ただこれは、肘には負担がかかりますね」
「ええと……それは最後にリリースのタイミングで肘を内に捻って、負荷を分散させるようです」
「ふむ」
直史のストレートの練習が始まった。
映像をこれまでのものと比べて見てみると、確かに球の軌道がこれまでよりも落ちない。
球速は同じなのだが、これに初速と終速の球速差が小さくなっている。
つまりより詰まるストレートが、伸びてくるようになったわけだ。
ただ他の変化球を併用すると、フォームが崩れる。
カーブとスライダーはいいのだが、シンカーが上手く投げられない。
あとはカーブも使える種類が減っている。
直史はカーブを、横、縦、速度、落差、緩急で主に五つに使い分けている。このうちの横の変化量のあるカーブが使いづらい。
カーブとスライダーを合わせたスラーブでも身につけるべきなのかもしれない。
だが当初の目的である、ストレートの強化はなんとかなりそうだ。
これに手首をわざと固定して投げたら、キレのないストレートが投げられそうである。普通ならあまり意味がないが、ゴロを打たせるには役立つ。
タイミングだけを合わせて振ってくるバッターから、内野ゴロが取れるかもしれない。
佐藤直史の16歳の冬は、実りあるものになりそうである。
もう一方の中核である大介は元気がない。
別に一匹狼なわけではないが、バッティングセンスが隔絶していて誰もその点では話せない大介には、実はクラスが同じである諸角が、練習後のロッカーで話しかけたりする。
「なんかあったのか?」
「いや、実は日曜日にナオの家に行ったんだけど……」
思い出すと夢に見る。
左右から全く同じ顔の少女が迫ってくるのだ。
「モテてんじゃねえよ!」
「ナオの妹って美少女じゃねえか!」
「リア充爆発しろ!」
まあ周囲の男共は、彼女持ちなどいないので、こういった反応になる。
「だってお前ら、いきなり二人同時に付き合ってなんて言われたらどうしようもないだろが!」
「それは……」
「え……」
「マジ?」
部員たちの視線は直史の方を向く。
「そういう妹たちなんだ」
「「「っだそりゃー!」」」
両手に花とはよく言ったものだが、桜と椿で確かに花の大介ではある。
だが、もちろん兄である直史は知っている。
あの二人は、花は花でも食虫花である。
周囲を惑わし、平気で人の命を弄ぶところがある。
それが大介に対しては真っ当に好意を示しているのだから、ありがたいことこの上ない。
おそらく大介なら、あの二人を受け止められる。たぶん。きっと。めいびい。
それはともかくとして、自分たちではどうにもならないことだが、どうにかならないか困ったことはある。
「鷺北シニアの後輩、来れそうなの倉田だけになりそうだ」
「あ~」
「やっぱか~」
夏休み頃からジンは、出身であるシニアに、白富東へ誘いに出かけていた。
シニアは広い範囲から集まっている選手が多いだけに、白富東に来れない地域の選手もいる。
それに加えて試験で点を取る以外に方法がないので、ある程度の学力も必要となるのだ。
「倉田か。バッティングは期待出来るけどな」
「ポジションどこなんだ?」
「キャッチャーです。よりにもよって」
「よりにもよってキャッチャーかよ。ファーストとかサードとか外野とか出来ないのか?」
「あ~……俺が他のポジション練習した方がいいかも」
倉田は瞬発力はあるが、足などはそれほど速くなく、数歩の移動が鈍いタイプの選手だ。
キャッチャー以外の適正は、あまり高いとは言えない。
ただバットでボールを飛ばす技術は、確実にジンよりも上だ。
代打として、あるいは点の取り合いになった場合は、かなり期待出来る選手である。
だが現在の白富東が、点の取り合いになるような試合がそうそうあるとは思えない。
打てる選手がほしい。守備は平均でもいい。
走塁や肩もあれば文句はないが、とりあえず確実にヒットを打てる選手。
今の白富東は大介が打率も長打も突出しすぎていて、データを重視して敬遠されたら、得点が出来なくなる。
大介に盗塁してもらって、そこから犠打で帰すというパターンが、大介が打って帰すパターンの次に多い。
打率では大介の次にいいのは直史だ。
ただ直史は長打がない。長打力も含めたOPSでは、岩崎の方が上になる。
あとは二年では手塚と角谷は、ある程度出塁率は高い。
だがどうしても長打にはなりにくい。手塚の場合は上手く一塁線や三塁線を抜けば、足で二塁まで進めるが。
鷺北シニアのレギュラー陣は、基本的には非力なのだ。
エースと岩崎、それにシーナの三枚の投手で回したのと、長距離打者二人を使って、攻防のバランスを取っていた。
おおよそ一万回の素振りで、打率は一厘上がると言われる。
もちろんただ回数をこなすだけの素振りではなく、実戦を想定した素振りだ。
あとは下半身と連動し、上半身の筋肉も使うことで、ボールを激しく叩く。
この冬の間には、マシンの140kmなら確実に打てるようになっておきたい。
才能とは何か。
それは色々な意味がある。野球においても、身体能力以外にセンスや、分析力などが才能と言っていいだろう。
セイバーの招聘したコーチ陣は、この頃には白富東の才能に、はっきりと驚きを感じていた。
大介はとんでもない選手だ。
あの身長で体重でありながら、ホームランを簡単に打ってくる。
踏み込みの強さと腰の回転がすごく、腕は右手で振りぬきながら、左手で最後の一押しをしている。
もっともそれは理想的な打球が打てる時であって、ボールに外れた球を打ったり、変化球に対応する時には、とにかく当てにいってそこからバットをコントロールする。
ゴロではなくフライを打つことが、得点力につながる。フライボール革命は、確かに数字的には正しかった。
ホームランの数は増えた。しかし同時に三振の数も爆発的に増えた。
OPSで出塁と長打が重視されるようになったが、大介のように微調整もして単打を打てる、三振の少ない強打者は珍しい。
日本のハイスクールレベルとは言え、巨大な才能と言える。
そして身体能力ではなく、その制御、コントロールに注目しているのが直史だ。
球速はそこそこ。しかしコントロールは抜群であり、変化球の球種が多い。
そしてその変化球も、コントロールされている。
春から夏への成長も凄まじかったが、このオフシーズンも凄まじい。
本人は連投や延長まで投げきる体力を身につけると言っていたが、そこはアメリカのコーチには理解出来なかった。
しかしフォームの改造をあっさりと果たし、そこから変化球のバリエーションを増やしていくのは、確実な才能だ。
見て覚える、という言葉があるように、人間はまず優れた人間の優れた仕事を、視覚で認識する。
それを真似て、まず始めるのが初心者だ。
そして初心者を脱すると、優れたものを自分に適した形に修正し、それに自分の体の動きを合わせる。
直史はその理想的なイメージを構築することと、それに合わせて体を動かすことの二つに優れている。
コントロールや緩急というのは、そこから生まれるものだ。
この二人を上手くコントロールしているのがジンだ。
分析能力と、二人をコントロールする術に長けている。
肉体的なスペックよりも、その頭脳での計算が明晰だ。
直史も頭脳自体は明晰で、ピッチャーらしくないピッチャーなのだが、それでもピッチャーだ。
体力不足で九回まで投げられないと分かったら、この日本の球場で行われる、連日の激戦を耐えるための体力を身につけようとする。
日本人のハイスクールでの野球は、はっきり言ってクレイジー以外の何者でもない。
そう確信するコーチ陣であったが、その現実の中で戦おうとする選手たちには、密かなリスペクトさえ感じる。
雪がまばらに降ることもある冬。
白富東の選手たちは故障だけはしないように、アップと柔軟には時間をかける。
日の入りが早く冷気の漂う中、選手たちは短時間にみっちりと鍛える。
基礎技術はしっかりと、あとはフィジカルに上乗せをしていく。
単純にスイングスピードが速くなれば、それだけ打球のスピードも速くなる。
かすったゴロが内野を抜けていくことも、フライの飛距離が伸びて外野を後ろに下げることもある。
年が明けて一月。冬休み中から野球部の練習は始まる。
そしてその練習の前に、各自の身体測定なども行われる。
同時に行われるのが、能力測定である。
あの体格でよく、と思えるほど大介の筋力は高い。
だが長距離だけは、直史の方が速くなってきた。
体力の向上のために考えられたメニューの長距離走。
これは最初に10kmを走らせて、それにかかる時間を短縮していくというものではない。
まずは全力で走らせて、どれだけを走れるか。
あとはこの全力を維持出来る距離を、少しずつ長くしていくのだ。
この冬の間に、トップスピードを維持することが出来るようになった直史は、確かに心肺機能などは向上していた。
疲労からの回復の早さなどは、摂取する栄養素なども大切になる。
肉体改造が進み、そして新しいフォームも固まってきた。
柔軟性、バランス、体幹。それらの良さを全く失うことなく、直史は一段階上の領域に入る。
そしてセンバツの出場予定校が発表されて、白富東はその中の一つに名前を連ねていた。
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