1513 実力差
二回の裏も三人で封じた白富東のバッテリーであったが、表情は明るくない。
実城に対して使ったチェンジアップ。確かに有効で、内野ゴロを打たせることには成功した。
しかし打球は鋭く、大介でなければ抜かれていたであろう。
それにチェンジアップにも体が前に突っ込まず、しっかりと待って打つことが出来ていた。
かなりの緩急をつけても、実城相手にはストレートは通用しない。
高校でもトップレベルのバッターではあるが、逆にあれを抑えられるだけの力がないと、甲子園では戦えないということか。
「まあ際どいコースに投げ分けて、カウントが悪くなれば歩かせればいいんですよ」
セイバーは解決法を示すが、出来ればランナーなどはいない方がいいのだ。
実城は足の速さは特筆するほどではないので、確かに歩かせるというのは一つの対処法だが。
最初から申告敬遠で歩かせれば、球数も減らせるし暴投の危険もない。
直史には強打者と勝負したいというピッチャーの本能もないので、それも一つの手として考えるべきか。
だが続く大道寺と松田も、相当のスイングをしていた。
内野ゴロを打たせても、それを抜いていく当たりになってもおかしくない。
「とにかく全球種を使って、読みを外して投げていくしかないか」
直史は覚悟した。この試合は消耗戦になる。
そして体力ならば確実に、一年多く高校野球を経験し、強豪の練習をしている玉縄の方が上であろう。
九回までをなんとか抑える。
そして九回までに一点を取る。
なんとも個人の能力頼みの試合になりそうだ。最近はこればかりだが。
個人の能力を的確に使うというのも、野球の戦術の一つではある。
試合は投手戦のように推移する。
確かに見ている者からすれば、三振の多い両チームのエースの力投に見えただろう。
だが玉縄が大介以外はあっさりとしとめているのに対して、直史は球数を多く放らされている。
普段は打たせて取ることが多い直史である。夏の決勝は例外的に大量の三振を奪ったが、それでも今日に比べると圧倒的に球数は少なかった。
ツーストライクまでは安易に打ってこないのだが、わざとファールにして打てることは示している。
もちろんカット出来るからと言って、フェアゾーンに飛ばした上でヒットに出来るわけではない。野球は守る野手がいるからだ。
だが簡単に当てられるという事実だけが積み重なる。
ピッチャーの集中力を削るという点では、間違いなく有効な手段であった。
もっともそれはやられている白富東から見た話で、やっている神奈川湘南からすれば、ここまで精神に揺さぶりをかけているのに、失投もなく淡々とピッチングを続けている直史の方がすごい。
そしてキャッチャーもだ。あれだけファールにカットしているのに、下手に力技に持ち込まず、カウント有利を捨てようとしない。
ボール気味のボールをカットするのに対し、そこからさらにボールゾーンに逃げていって、三振にしたのには参った。
それと大介である。
決め球のつもりでアウトローにびしっと決まったストレートを、フェンス直撃のツーベースにされたのは参った。
三打席目も逃げいくボールを器用に合わされて、二本目のヒットとなった。
本人はベース上で苛々としていたようだが、玉縄のボールを打つのがそんなに簡単なはずはない。
一発を狙っているのか。
確かに白富東打線は、他に確実に打てる打者がいない。
大介以外は内野安打の一本で、完全に封じられている。
お返しに待球策をしてやろうかと思っても、ストレートも変化球も、意識してカット出来ない。
スコアの上では互角。
だがピッチャーの球数が、明らかに両チームの実力差を示している。
「あいつら、まだ一年なんだよな」
ベンチの中で実城は呟く。
白富東はダブルエースも、それをリードするキャッチャーも、そして簡単に玉縄からヒットを打ったショートも、全員が一年生である。
夏の県大会の決勝まで残り、敗北したのもベスト4まで残った勇名館であった。
参考になるかと思って見せてもらった夏の試合は、審判の判断がおかしな部分があった。
エラーが決勝点になって負けていたが吉村のバテ具合を見るに、延長になれば勝っていただろう。
そして奪った大量の三振。
勇名館と神奈川湘南では、同じベスト4でもチーム力に圧倒的な差がある。
だが戦う舞台にさえ上がれば、勝敗がどちらに転ぶかは分からない。
六回の攻防が終わった。
ここまでで直史の球数は130球を超えている。
ブルペンでは平気でこのぐらいは投げる直史であるが、あれは八分の力で投げて、下半身を鍛えたり、フォームの調整をするのが目的だ。
試合で投げては130球でも、相手がバントの構えを見せればダッシュをしなければいけないし、ピッチャーゴロを処理する必要もある。
休憩の入る度合いは多くても、こちらの方が消耗は激しい。
「体力つけないとな」
直史は省エネピッチングで、出来るだけ球数を減らすタイプだ。
しかし相手が省エネ対策をこうも露骨にしてくれば、自力で押し通す必要があるだろう。
コンビネーションにしても、スルー以外で確実に空振りが取れる手段が、あと一つはほしい。
直史のピッチングスタイルとして、肩や肘への負担よりも、下半身が地味に疲れてきている。
ダッシュと柔軟を繰り返して、蹴り足でスピードを増やしたい。
センバツまでの間に少しだけ球速を上げたい。
あとは変化球の精度をさらに上げて、変化量の調整もしたい。
「七回が終われば、岩崎君に交代しましょう」
セイバーは言った。直史はここまで五安打二四球で無失点で来ているが、確かに握力と下半身が限界に近い。
七回の頭からいかないのは、岩崎にも準備が必要だからだ。
神奈川湘南相手には、明らかに岩崎は相性が悪い。
はっきり言ってしまえば、全国では岩崎レベルの本格派はいくらでもいるのだ。
セイバーとしてはここまで、大介が打った以外にはポテンヒットと内野安打が一つずつ、四球も一つだけという玉縄に、完全に抑えられている現状が映るだけである。
直史としても、限界があるのは分かる。
だがそれだけに、自分の責任の範囲では、失点は許さない。
この日、直史は151球を投げて、被安打5 与四死球2 奪三振11 無失点という結果を残し、七回で降板した。
皮肉なことに試合は、九回の表に大介のソロホームランが出て白富東が先制。
しかしその裏、四番の実城の前に終わらせようとたバッテリーを叩き潰す、三番玉縄の逆転サヨナラツーランで、白富東は敗退したのであった。
秋の関東大会で、スポーツ推薦もない公立校が準優勝。
これはこれでたいしたものなのだが、全国レベルの超強豪を相手にした場合、どうしてもここまでが限界かという感覚もある。
「練習試合禁止期間に入る前に、出来るだけ他県の強豪との試合を入れていきましょう」
敗北はあっさりと受け止め、セイバーはバスの中で話す。
「超強豪の横浜学一や刷新学園には勝っているんです。ただ今日の試合で、うちの弱点も明確になったでしょう。それを念頭に置いた上で、相手がどう対処してくるかが見たいですね」
もっとも練習試合と公式戦では、相手も試すことが違うのだろうが。
センバツには出られるだろう。
そして冬は練習試合も組めない。完全に自力を増やすのに使える期間だ。
直史は球速も少し上げたいが、何よりも体力を上げるべきだと思った。
15回を200球投げても平気な、それだけのスタミナをつけたい。
ジンとしては配球をもっと考えて、直史の器用さゆえに身につけた変化球を、もっと使えるようにしていきたい。
同時に岩崎に関しては、下半身強化と共に球速の上限を高め、コントロールを今以上に高めたい。
大介にしても課題がある。
確かにホームラン一本を打って、最低限の仕事はしたが、どうにか得点に絡んでいく攻撃をもっと考えないといけない。
ホームランは確かに一点を確実に取る手段だが、ホームランを打てなかった得点機会を、今日は二度も無駄にしてしまったのだ。
一度も敬遠されていないのに、思うようなバッティングは出来なかった。
……高校屈指のピッチャーからホームランを打っておいて、何を言うのかと周囲は思うだろうが。
セイバーにしても、明らかに攻撃力不足だと痛感した。
大介のバッティングで一点しか入らなかったのは、ホームランが打てなかったのが悪いのではなく、それまでにランナーをためることが出来なかったからだ。
ヒットを打つための練習もそれはそれで必要だろうが、とりあえず出塁率を高めないといけない。
もっとも玉縄レベルのピッチャーになると、ちょっとやそっとの工夫でどうにかなるものではないのだが。
来年にかけて、戦力の補強は必要である。
だが白富東は推薦入学もなく、志望出来る学区も限られている。
(体育科を作ればせめてもの部員補充には役立つけれど、すぐに出来ることではないし)
ただ白富東には、一つだけ純粋な学力以外で入学する方法がある。
帰国子女・留学生枠だ。
外国からいい選手を連れてくるのは、普通の強豪私立でも、現実的な方法ではないのだろう。
しかしセイバーは別だ。既に今年の夏、決勝で敗退した時点で、心当たりを調べてある。
出来ればピッチャーもそれなりに出来て、そして何より長打力がある出塁率も高い選手。
日本に限れば他の強豪に取られるであろう逸材も、世界を見回してみればそれなりにいるものなのだ。
もちろんそれとは別に、普通に現在の戦力を強化していく方も大切だ。
センバツをこのメンバーで戦うとなれば、冬の間に基礎能力を高めておく必要がある。
(しっかりお金をかけて、まずセンバツで全国レベルのチームと甲子園で戦う)
このチームには全国大会での試合経験がある選手は多いが、シニアレベルの全国大会と甲子園は、動く金の大きさからして全く違う。
アマチュアスポーツがここまでの興行になるというのは、アメリカであればもっと問題になることである。
現時点でセイバーが考えているのは、日本の野球のアマとプロの接触の禁止が、あまりにも行き過ぎているということだ。
国民的なスポーツであった野球が、どうして人気が落ちて、サッカーに才能が流れていったのか、考えてほしい。
白富東の監督になって、主に運営面でこれを支えてきたが、実情を理解していくうちに、もっと自分で動かす範囲を広げていきたくなった。
今年の夏で、このチームは去るべきか。
ある程度の結果が出れば、短期決戦のノウハウは獲得出来たと言っていい。
次はもっと積極的に、球団運営にフロントとして関わっていきたい。
そしていずれは、自分の球団を持つ。
監督から選手、その他のスタッフまで全てを理想でかためた、最強の球団。
金髪の小悪魔の野望は、果てしなく広がっていく。
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