1511 全国四強

 夏の甲子園が終わり秋季大会も各地区にまで進むと、おおよそ全国からどの新チームが強いかという評判が、色々と話題になってくる。

 まずは春夏連覇の王者大阪光陰。この夏も甲子園で投げた右腕二枚が鎬を削っており、府大会を圧倒的な戦力で勝ち進んだ。

 ただ夏までとは違って、中軸打者で確実に点を取るよりは、どの打順からでも点が取れるという、隙のない構成のチームにしているようである。

 秋からレギュラーに入った一年も着実に数字を残し、センバツや来年の夏に向けて、木下監督の下、着実なチーム作りをしている。


 そしてベスト4に残った神奈川湘南。投打の二枚看板を中心に、圧倒的な打撃力を誇っている。

 特に一番から六番まで続く長距離砲は戦国神奈川を一歩リードし、我こそは大阪光陰を打倒せんと、確かに長打力では大阪光陰を上回っているかもしれない。

 夏は春日山の上杉によって完封負けしたが、実城と玉縄の最終学年となる今年は、全国制覇も期待出来る。


 超強豪地区愛知からは名古屋聖徳高校。上杉から唯一、一試合に二本のヒットを打った織田を中心に、隙のないチームを見せている。

 東海地区ではまさに無敵の強さを誇り、西に東に遠征をこなし、強豪校をことごとく打ち負かしている。

 場面に応じた選手起用によって、変幻自在の強さを誇っている。


 最後には帝都一。世代最強とまで言われる本多が、最終学年でエースで四番というポジションについた。

 帝都一ほどの超強豪でエースと四番が重なることは珍しく、熟練の松平監督をして、本多はまさに最高の選手だと認めている。

 夏の初戦で上杉に完封負けを食らった屈辱を晴らすべく、秋の都大会では圧勝で神宮大会出場を決めた。




「とまあ、俺らが戦う相手は、そんな全国四強とも言われる相手なわけだ」

 土曜日のヨコガクとの試合、またも初回の一点で、岩崎から直史への完封リレーで勝利した白富東である。

 特別に用意された宿舎では、マークすべき選手の画像とデータが映されている。


 今日の準決勝では、山梨一位のチームを相手に、サウスポーで二番手の実城が投げて、ロースコアで勝っていた。

 明日の決勝、白富東との試合では、間違いなく玉縄が投げてくるだろう。

 そんなエースを先発させてくるということは、大介とも勝負してくるだろう。


 ヒットはいらない。

「三振かホームランかのどちらかでいいですよ」

 セイバーがまた無茶なことを言うが、それを実現してしまうのが大介である。


 玉縄は今年の夏も二年生エースとして、神奈川湘南を甲子園のベスト4まで連れて行った。

 その時の球速のMAXは148kmである。球速の出にくい秋になっているし、それほど間もないので急成長しているわけではない。

「コントロールが良くて四球が少ない、分かりやすいエースですね。球種もツーシームとスライダーにカットで、あとは一応チェンジアップもあります」

 凡打と三振を使い分けて取っていくという、器用でクレバーなピッチャーだ。

 凡打を築くツーシームとカットに、三振を取れるフォーシームとスライダー。時折混ぜるチェンジアップで緩急を作る。

 上杉のような相手を圧倒するのとは違う、既に完成度の高いピッチング技術を持っている。


 そして四番の実城である。

 少しでも浮いたら内も外も、簡単にスタンドまで持っていってしまう。

 強いて言うならプルヒッターであり、内角がホームランになる確率が高い。

 しかし左打者なので、直史や岩崎のスライダーは、少しでも内に入ったらやられる。

 つまり外に逃げていく球種を持っている直史が、どちらかというと有利である。

 まあ他のバッターも強豪の四番レベルの力は持っているので、はっきり言ってピッチャー殺しのチームである。


 だがもちろん、どのような強力打線にも弱点はある。

「変化球と、コースです」

 実城、玉縄、大道寺の三人は、夏の大会でもスタメンに入っていて、甲子園でのデータがある。

 また関東大会での最大の障害と見ていたセイバーは、秋季県大会から全ての試合のデータと、強豪相手の練習試合まで、データを取ってある。


 神奈川湘南は確かに投手力も高い。

 だがどうにか一点は取れるだろう。そして完封すれば、1-0で勝てる。

 これこそまさに突破力だろう。

 一点を取れるバッターと、一点も取られないピッチャー。究極のところこの二人がいれば、試合には勝てるのだ。

「大田君はデータを見て、配球とリードを考えてくださいね」

 強力打線に対抗するには、変化球とコントロールが不可欠。

 直史にしか出来ない投球をしてもらう。

「そして一点は、白石君と岩崎君で取ってもらいます」

 この試合もまた、四番には岩崎が座る。




 関東大会の決勝。

 近畿圏のチームが有利な甲子園を優勝するよりは、はるかに楽であろう。

 だが近畿地区と並んで強豪の多い関東を制するというのは、なまじな実力で出来ることではない。


 投打にに優れた選手が一人いれば勝てる。

 そんな極端な例を体現したのが、現在の白富東である。

 もっともピッチャーに計算出来る者が二人いるため、それよりはさらに恵まれた環境ではあるだろう。

 アウトに出来るボールは全てアウトにしてくれるショートを筆頭として、守備力は高い。

 チーム全体打率が低いのにだまされるが、大介の突出具合は異常なのだ。チームのホームランの九割以上を一人で打っている。


 地元開催ということもあり、神奈川湘南側スタンドは、完全に応援で埋まっている。

 保土ヶ谷球場はあのドカベンでも散々に使われてきた伝統の球場であるが、さすがに白富東側までは埋まっていない。

 ここで勝てば神宮大会への進出が決まる。

 甲子園と違って地元の有利さが比較的薄い神宮で勝つのは、まだしも難しくないだろう。

 最大の敵と言える大阪光陰は新チームでレギュラーが大きく変わったし、むしろ帝都一が地元だけあってマークすべき相手かもしれない。


 神奈川湘南は、完全に白富東を舐めていた。

 だがそれも無理はないのだ。白富東で確実に点が取れるバッターは大介だけだし、秋の大会はほとんどロースコアのゲームで勝っている。

 ただ、完封で勝っている試合が多いのには注意だろう。

「ピッチャーはいいぞ。特に佐藤はグラウンドピッチャーとしても驚異的だが、追い込んでからは三振も取れるピッチャーだ」

 直史の考えとしては、自分はばんばんと三振を取っていくピッチャーではない。

 堅実な内野陣を信じて、ゴロを打たせる。そしてアウトを取るのだ。

 だが追い込んでからは三振も狙う。三振とゴロでは、失策の出る率が圧倒的に違うからだ。


 直史は普段はストレートを見せ球に、変化球をゾーンに投げるが、追い込んでからはギアを上げたストレートや、緩急を使ってスルーで三振を取る。

 ボールゾーンの外したストレートを見ているバッターは、ゾーンに入ったギアの違うストレートの下を振ってしまうというわけだ。

 そして変化球の中では、魔球とも言われるスルー。

 他の変化球とは違う特徴を持つだけに、これを狙い打ちするのは難しい上に、詰まらされてしまう。


 直史の攻略法は、待球策である。

 ゾーンで勝負してくるピッチャーではあるが、ボール球を振らせることにも秀でている。

 変化球の何かに絞ってそれを狙い打ちするか、追い込んでからのストレートを狙うか、そのどちらかがいいだろう。

 もう一枚のピッチャーである岩崎は、確かにそれなりにいいピッチャーであるが、神奈川湘南のような超強豪が苦戦するタイプではない。

 先発が岩崎であれば初回から攻撃的に。

 佐藤であればじっくりと料理する。

 強豪であるが故に神奈川湘南は、あらゆる勝利のパターンを持っている。




 先攻を取れたのは幸運であったと言えるのか。

 しかし神奈川湘南のエース玉縄は、あっさりと手塚とジンを三球三振でしとめた。

 完全にストレートのスピードとコントロールだけで抑えられたのである。

「すげえコントロールだわ」

 アドバイスにもならない情報をもらって、大介が打席に入る。


 大介のデータは当然ながら、神奈川湘南も持っている。

 この小さな体格で、実城以上のペースでホームランを量産しているというのは信じられないが、数字は嘘をつかない。

 映像もいくつか確認したが、ミートがものすごく上手いのに加えて、おそらくスイングスピードが速い。

 夏にまた戦うであろうヨコガクの試合を撮影していたわけだが、初回に取ったホームランが、スミイチで決勝点となった。


 とにかく白富東は三番打者なのだ。

 ホームランバッターはどこに置くかという話でもあるが、白富東の場合は他のバッターが弱いので、三番に置いているということなのか。

 調べてみたらホームランはもちろん、打率に出塁率、得点、盗塁などもチーム一であり、ここを封じればあとはどうにでもなる。

(三番に置いてあるのは、初回にツーアウトを取って気が楽になったところを打つつもりなんだろうな)

 今でも高校野球では、三番には巧打者を置くチームが多い。

 ランナーがいればそれを返すか塁を進め、誰もいなければ得点機会を作り出す。

 一人の打者に色々と任せすぎではあるが、それでもエースで四番というわけではない。


 三番打者最強論。

 MLBでは二番に最もいい打者を置くというチームもいるらしいが、日本はいまだに四番が長距離砲である。

 正しいかどうかはともかく、MLBは技術や理論の変遷が激しい。

 おおよそ二三年は遅れて、日本のNPBもそれを導入するというのが流れだ。


 だが白富東の女監督の経歴は異色過ぎる。

 女だからというのもあるだろうが、プレイヤーとしての経験が一切ない。

 それが、いい選手が偶然揃ったとは言え、夏の県大会では準優勝し、関東大会をここまで勝ち残っている。

 体育科もない公立進学校がどうしてここまでの成績を残せたのか。

 冬の間にスコアラーを派遣して、練習環境なども調べておくべきだろう。




 大介に対して玉縄は、アウトローの出し入れをメインに考えて投げる。

 ゾーンぎりぎりを攻められて、大介はまず球筋を見ていく。

(打てなくはないけど、変化球も見ておきたいんだよな)

 勇名館の吉村より、さらに上のピッチャー。

 だが大介にとっては、それほどの違いは感じられない。


 ツーストライクまで追い込まれて、そこでカットボールを使ってきたがファールにカットする。

 スライダーでインローを攻めてきたが、これは強打してライトポール際に惜しい当たりが飛んだ。

 おそらく外角を意識していたであろうところへ、あんな内角のスライダーをホームラン級の打球にしてしまう。

 これは確かにモンスターだと、玉縄は認識を改めた。


 大道寺からのサインに頷いて投じられたのはツーシーム。

 ストライクからボールへ逃げていくこの球を、大介は合わせて打った。

 打球は三塁線を切れていく。合わせて打ったので、下手をすればサードゴロであった。

(ホームランか三振か、か)

 試合前にセイバーに言われたことを思い出す。


 ツーアウトから大介が出ても、岩崎と直史で帰すのは難しい。

 だがここで一点を取ったとして、相手も一発を決められる超強力打線だ。一点だけで果たして勝てるのか。

 大介はここで、玉縄の球種を引き出すことを考えた。


 ゾーンに来てもカットして、ボール気味でもカットする。

 玉縄としたら自分の全力の球を、簡単にカットされるのは精神的にきつい。

 それでもまだ大介には、超高校級というピッチャーとの対戦経験が少なかった。

 10球目のボールを打ち上げて、レフトフライ。

 先制点を取れない初回の攻撃が終わった。

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