1510 甲子園常連

 土曜日の一回戦に勝利して、日曜日は二回戦。

 ここで勝てば21世紀枠ではなく実力で、センバツに出られる。

 対戦相手の刷新学園は栃木の超強豪であり、全国制覇の経験もあり、さらにはこの10年間の夏の大会では、九回甲子園に出場している。

 古くからの栃木の最高の名門校であり、ここもまたトーチバとほとんど変わらないか、少し上のレベルである。


 千葉県は学校数が多いのに、全国大会で勝ち残る率はそれほど高くない。

 なぜかと言えばやはり、いい選手が東京や神奈川に取られ、最近では埼玉にも取られたりしているからだろう。

 私学の強豪化が他県に比べて遅れたのも理由の一つだろう。トーチバ、東雲の二大強豪私立に加え、中途半端に強い私立もあって、公立でもまだ強いチームがある。


 県大会の出場チーム数で言うと、千葉は栃木の倍近い。

 それだけ競争の機会があるのに、あまり強くならないというのも不思議な話だ。

 やはり千葉からだと東京が近いだけに、本気で野球で甲子園を目指すなら、東京に引き抜かれることがあるからだろうか。

 あとは地理的な問題だ。埼玉などは四方を他県や東京に囲まれているが、千葉県は日本の東南の隅にある。

 周囲から集まってくるという点では、それも難しいことなのか。


 鷺北シニアのエースであった豊田も、大阪に特待生で入学した。一年の夏は終わったが、まだベンチメンバーに入ったとは聞かない。

「ただ栃木最強と言っても、全国レベルでは平均的なチームでしょうか」

 50年ほど前には春夏連覇という栄光の時代もあったが、ここしばらくは三回戦ぐらいで消えていることが多い。

「総合的に見るとピッチャーはウラシューよりも下ですし、その他の要素も特に上回ってはいません。夏の勇名館の方が少し強いかな、というぐらいです」

 強さが具体的に感じられてきた。

「しかし伝統校というだけあって、分析能力には優れています。一回戦でうちの勝ちパターンは分かっているでしょうから、そこが一番の問題でしょうね」


 相手チームの強さ自体は、それほど変わらない。

 ただマークし、分析されることはどんどんと変わっていく。


 攻撃は大介頼みで他にはランナーを出したら必死で犠打などで進塁させる。

 そして一点でも取ったらそこからは、ピッチャーが全力を出して無失点に抑える。

 だが全国レベルのピッチャーであっても、全国レベルの打線を相手に、無失点で抑えることは難しい。

 セイバーが監督になってから、とにかく出塁と選球眼、そして走塁には着実に力を入れてきたが、バッティングはそれほど伸びているとは言いがたい。

 三年が引退して、実質抜けたのは北村一人と言ってよかったのだが、それでも打てるバッターがもう一人いないことには、まともに正面から戦っては勝てない。


 この試合の先発は直史である。

(打撃の確実性だけを言うなら、佐藤君は二番か四番あたり……)

 バッターが揃っているなら、それこそ大介を四番にして、その前の三番に直史、五番に岩崎というのが、日本のスタンダードな高校野球だろう。

 しかしセイバーは初回の得点を重視するため、大介の三番は動かせない。


 出塁出来るなら直史を一番に持っていくかとも考えたが、一番打席が多く回ってきた、走ることも多そうな一番にピッチャーを置くのは、かなりリスキーである。

 やはり四番に岩崎、五番に直史というのが、今の戦力ではベターである。

 もっともこれはこれで、岩崎に負担がかかっているのではあるが。




 この試合は初回に先制が出来なかった。

 しかし直史も打たせて取るピッチングで、刷新学園の攻撃を凡退続きに打ち取る。

 そして試合が動いたのは、四回の表の大介の打席であった。


 大介の攻略法というのは、ようするに点を取らせないということだ。

 当たり前のように聞こえるが、前後の打線が弱いと、大介一人をマークすればいいということになる。


 ランナーがいる状況では、基本的に歩かせてもいいから、際どいところで敬遠気味に投げる。

 ランナーがいない状況では、ホームランだけは打たれないようなリードをする。

 小さな体格でもホームランは量産出来るというのは、これまでのスコアを調べて分かっている。

 だが打線の援護は少ない。特に初回の攻撃に全てを賭けているようなところがある。


 データだけならそう見えるのだろうが、大介は野球バカであるが、野球バカであるがゆえに、肝心の勝負どころを心得ている。

 ノーアウトからの先頭打者に入った大介は、外角のボール球を強引に右中間に運びツーベース。

 そして三塁盗塁を決めて、ノーアウト三塁の状況を作った。

(ガンかナオならどっちからは帰してくれるだろ)

 その期待に応えたのか、四番の岩崎が見事にセンターフライを打って、タッチアップで一点を取ったのだった。




 一点のリードを守り抜く決意を、直史は持っている。

 どうせこの試合が終われば、次の試合は週末なのである。充分に回復する。

 それにここで勝てばベスト4で、次に負けてもセンバツは決まる。


 ある程度打たせるリードをしてもらったので、四本のヒットを打たれた。

 しかしストライク先行と、ボール球を振らせるリードでフォアボールを出さずに、九回まで完封する。

 球数98球で、許したのは四安打、奪ったのは九三振、無失点で、白富東は勝利した。


 これで関東ベスト4が決まった。

 同時にセンバツの出場も決まった。

 21世紀枠を使うことなく、白富東は甲子園への切符をつかんだのである。




 秋季大会の結果はあくまでも、センバツに選ばれるための基準の一つでしかない。

 しかし同じ千葉県代表のトーチバが一回戦で負けていることからも、この二試合で一点も取られていないことからも、白富東が選ばれることはまず間違いない。

 このあたりからまた、マスコミの取材が多くなってきた。

 夏は県大会の結果がそのまま甲子園出場に決まるだけに、盛り上がりも急展開である。

 それに比べるとセンバツは、秋から次の春までに時間があり、それも最終的な決定は年明けと、準備をする期間がかなりある。


 学校でもクラスメイトから、甲子園に決定なのかと問われることが多くなる。

 まず間違いなく、甲子園は決定である。だが100%とは言い切れない。

 野球部員の不祥事でもあれば、夏であればその部員を謹慎させて出場ということも考えられるが、正式な決定までにそういう事件が起これば、選考に影響が出るのも間違いない。

 幸いと言うべきか、白富東はそういった不祥事とは無縁のチームである。

 せいぜいが手塚が、未成年お断りのゲームやエロ本を買っているだけで。


 この時期になると忙しいのは、むしろ学校長や部長の高峰であった。

 セイバーは確かに監督であり、選手運用では手腕を発揮するが、甲子園対策などは全く知らない。

 マスコミに対しての露出も、一切興味がない。だがもし正式に決定すれば、甲子園史上初の女監督が誕生するわけである。

 白富東の選手よりもむしろ、セイバーの方がマスコミからの関心は高かったかもしれない。

 国籍は日本であるのだが、血統的には完全に外国人の、女監督。

 いずれ外国人監督が、女監督が甲子園に進出することはあるかもしれないと思った人はいるだろうが、まさかそれが同時に果たされるとは。

 正確にはセイバーは、外国人ではないのだが。


 ベスト4に進出し、その内容も関東大会で無失点と、本来であれば間違いなくセンバツに選出されるであろう成績。

 もしもここにケチをつけるとしたら、外部スタッフが多すぎるということだろう。

 セイバーだけではなく、彼女の連れて来たスタッフは、日本人が一人いるが彼も主な活動はアメリカであり、他のコーチもアメリカ人である。

 つまり日本の高校野球の指導内容を、完全に無視した運営と育成で、甲子園出場を決めたということである。


 マスコミなどはむしろ、この異色のチームを好意的に、あるいはもっと露悪的に言うなら「売れる」商品として見ている。

 だが下手に反商業主義に走った人間がいれば、なにかしら瑕疵を見つけて白富東の選出に待ったをかけるかもしれない。

 平日に行われた試合の反省と次の対戦相手の分析を前に、セイバーはそんな状況を説明した。

「いや、さすがにそれはないと思いますけどね。そもそもセンバツのスポンサーは新聞社なわけだし」

 ジンの言葉は自分を納得させるためのものだが、嘘を言っているわけでもない。


 確かに日本の野球の世界は古くさい。

 いまだに根性論が幅を利かせて、感情で判断する。

 その最たるものが高校野球ではないかとも言われている。

 だが同時に高校野球は、新鮮な話題にも飢えている。

 セイバーのような、野球をしたこともないような人間が監督をして、それが甲子園に行くとなれば、それはそれでセンセーショナルなことではあるのだ。


 だがこの問題を解決する、根本的な方法がある。

「関東大会優勝まですれば、もう外す理由なんて付けられなくなるだろ」

 思考の根本が実力主義の直史は、その選択を示した。


 センバツの関東からの出場校は、東京を除いて4.5校。東京を合わせた場合は六校。

 なのでベスト4に入っていれば、普通はこれでそのまま出場が決まると言える。

 ただ開催地の三校がそのままベスト4に入れば、一校は落とされるのも確かだ。

 またベスト4に入ったとしても、その準決勝でボロ負けして、優勝校と一回戦で接戦を演じたチームがあったなら、そちらが選ばれるということもありえる。


 白富東は夏、甲子園ベスト4に入った勇名館と激闘を繰り広げ、劇的なサヨナラエラーで甲子園出場を逃した。

 100年以上の歴史を誇る県下有数の進学校であり、引っ越してきた大介を別とすれば、全ての部員が地元出身である。

 そもそもスポーツ推薦がなく、学力で入学するしか野球部に入る方法がない。

 これだけの実績があるならば、21世紀枠も当然であるし、ベスト4の成績でそのままセンバツには出られるはずなのだ。

「要するに次も勝ってその次も勝って優勝したら、文句の付けようがないわけだろ」

 大介の言葉は、この話題の結論である。


 次の対戦相手は神奈川の二位でここまで勝ち進んできた、横浜奨学第一高校。

 略して横浜学一、さらに略してヨコガクと呼ばれる強豪校である。

 春夏合わせて30回以上の出場を果たしていて、全国制覇の経験もあり、去年のセンバツにも出場していた。

 はっきり言ってしまえば神奈川の二位ではあるが、おそらくウラシューや刷新よりも強い。

「決勝まで行けば神奈川湘南かな」

 そしてこの数年超強豪区の神奈川を制しているのが、実城と玉縄の超強力な投打を有数神奈川湘南だ。

 この二人が入学して以来神奈川湘南は、夏、春、夏と連続で甲子園出場を果たしている。

 特にこの夏はベスト4まで勝ち進み、春日山相手に1-0で惜敗していた。

 上杉勝也はこの夏、一点も取られていないので、そこに負けるなら仕方がない。


 神奈川湘南はとにかく現在の二年のレベルが高く、おそらく歴代最強ではないのかとまで言われている。

 一年の夏からエースと四番の玉縄と実城は、来年のドラフトの一位指名有力候補だ。

 さすがに勝てないかな、と冷静に戦力分析をする者たちは考える。

「勝つとしたら1-0ですね」

 だがセイバーは、あくまでも勝利の可能性を見出そうとする。

 1-0という数字が、現実的に目の前に現れた。


 神奈川湘南は一番から五番までがホームランを打てる長打力を備えており、四番の実城は二番手ピッチャーのサウスポーでもある。

 エースの玉縄も打撃に優れており、どちらかを敬遠してもどちらかが打つという、恐怖の打撃陣を形成している。

 だが夏はこの打線が機能せず、春日山に1-0で破れた。

 上杉がさらに化物すぎたというだけである。


 しかし、1-0か。

 ジンは頭の中で考える。岩崎と直史を上手く継投させれば、完封出来るのではないか。

 そして大介はどこかで一本ぐらいは打ってくれそうな気がする。

(むしろ2-1ぐらいの方が現実的かな)

 まあ決勝の相手はともかく、まずは準決勝である。

 ヨコガクだって全国でもトップ10レベルに入るぐらいの強豪ではあるのだ。神奈川の選出校が一校だけというのは、正直選挙の一票の格差以上の差があると言えよう。


 まずは準決勝だ。

 セイバーの不安はおそらく杞憂であるが、それでもセンバツ出場の可能性を高めていくのに、不同意なわけもない。

 ヨコガクや神奈川湘南のような、間違いなく全国制覇を狙うレベルのチームと、公式戦で戦うのは確実に良い経験となる。

(センバツでこの戦力を基準にして、どうやって戦えばいいかの参考にもなるだろうしな)

 狙うのは春のセンバツ甲子園。

 一つでも上に勝ち進むためには、強豪との対戦経験を積むのは間違いなくいいことである。

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