1507 優勝未経験

 今更と言ってはなんだが、白富東は県大会のさらに予選である地区大会を除いて、優勝というものを経験したことがない。

 今年の夏、ついに優勝して甲子園への切符を手に入れるかと思ったが、現実は非情であった。

 だがジンはさっぱりと次を考えていて、誰もあの敗北を変に引きずっていない。

 もっとも夢に見ることはしょっちゅうだ。

 特にジンは。

 そして岩崎は薄々それを察している。

 自分もまた、中学三年最後の試合を夢に見るため。


 県営球場で行われる、昨年の覇者トーチバとの戦い。

 それはまさにセイバーの求める、突出した力の戦いになるであろう。

 平均値ではトーチバの方がはるかに上。

 だが絶対値では白富東が上だ。


 一つ一つの要素を順番に比べてみる。

 得点力。一部のバッターは突出しているが、連打は難しい。大介を避けられたら負ける。

 投手力。岩崎と直史を継投させれば完封出来る。

 守備力。どちらも高い。ほぼ互角。

 走力。どちらかと言うとトーチバが優る。特に代走などで明らかだ。


 そして監督の采配。

 セイバーは事前の計算しかしない。基本的にはシーナを横に置いて、その提言を取り上げるか否かをデータで判断する。

 つまりこの監督の采配次第で、勝敗が決まる。

 その采配が何かと言うと、投手の継投である。


 勇名館に比べるとトーチバの方が、打撃力では平均的にはやや上である。

 しかし岩崎と直史を上手くリレーさせれば、完封出来る。これは間違いないはずだ。

 守備においてもジンが中心となって、ピッチャーを引っ掻き回すのは他の守備陣でどうにか防いでくれるだろう。

 グラウンド内の作戦は、全てジンに任せる。


 あとは得点だ。

 トーチバが果たして大介と勝負してくれるかどうか。

 勝負してくれなかった場合を考えて、その後ろには長打力のある岩崎と、アベレージヒッターの直史を置いている。

 歩かされても根性で三塁まで盗塁し、そこからスクイズなり犠牲フライなりという手段も考えはしている。

 ただそのあたりはどうしても、不確定要素が強い。


 それと吉村さえどうにかすれば格段にチーム力が弱くなる勇名館に比べ、トーチバは継投策を取ってくる。

 他のチームならエース級の三人を相手に、どう大介が微調整するかが問題だ。

 出来れば単打ではなく、ホームランが一本ほしい。

 



 先攻は白富東。先頭バッターはキャプテン手塚。

 いきなりのセーフティバント成功で、幸先良くノーアウトのランナーを出した。

 続く二番のジンは明らかに送りバントの姿勢を見せるが、初球からはしてこない。

 バッテリーも初球は外し、ランナーの手塚の動きを見る。


 手塚も俊足の選手だ。内野安打が多く、盗塁も多い。

 盗塁をさせて二塁に進んでから送りバントというのが、白富東としては一番であろう。

 当然ながらトーチババッテリーもそれは分かっていて、素直に送りバントをさせてワンナウトというのも考えている。


 ボールが二つ続き、監督からの指示も変わる。

 そしてジンに投げられたゾーンへのボール。

 手塚はスタートして、ジンも上手く転がす。

 捕球したサードは二塁を少し見るが、間に合わないのは明らかだ。

 ワンナウトを取ろう。

 そう思って一塁に投げたわけだが、そこから手塚が加速した。


 一塁への送球の、明らかな緩さ。

 しかもその送球は山なりであり、ファーストが前に出てカットし、三塁へ送るということも出来ない。

 甘く見ていたのか、それとも注意を大介に向けすぎていたのだ。

 送りバントながら一気に、手塚は三塁まで進んでいた。




 ワンナウト三塁で大介である。

 ヒットでも外野フライでも、手塚の足なら内野ゴロでも一点は取れるだろうという展開。

 ちなみにこの大会、第一打席での大介の出塁率は10割である。


 ここで勝負するのは難しい。

 敬遠された大介は一塁へ進み、ワンナウト一三塁でバッターは四番の岩崎。

(まあ外野フライ打つのは得意だし)

 ベンチの中でジンが期待したとおり、岩崎は低めをライト方向の深くへと持って行った。

 フライではなく、ライトの頭を越える長打になる。


 手塚に続き大介も帰り、いきなりの先制点。

 岩崎は余裕のスタンディングダブルである。


 白富東から、二点を取れるのか。

 先発の岩崎は夏の大会、上総総合相手に完封を果たしている。

 上総総合よりは打撃に優れたトーチバであるが、そうそう連打で点を取れるとは限らない。


 難しい試合になった。

 そう考えたトーチバであるが、事態はまだ終わっていなかった。

 本日は五番に入る直史が、一塁線を破るヒット。

 岩崎も三塁を回ってホームに帰り、三点目。

 大介を敬遠された後が、上手く機能した得点であった。




 一回の表の攻撃で三点。

 これ以上はないという滑り出しであるが、油断は出来ない。

 岩崎にも完投能力はあるが、春の県大会では失点を許したし、その時のメンバーも数人残っている。

 ただ春と今では、確実に岩崎も成長している。


 リードするジンとしては、どちらのパターンで行こうかを考えている。

 とにかく一点もやらないピッチング。球数も多く使って、七回あたりで直史と交代。

 もしくは適度に打たせていき、九回まで今のリードで勝つピッチング。

 関東大会までには二週間ほどの間があるため、ここで疲労しても問題はない。

 怪我をしては大問題であるが、ここで岩崎が完投して、より自信をつけてくれればありがたい。


 昨日の勇名館戦では、直史が九回を投げて完封した。

 しかも球数はそれほど多くもなくだ。明らかにランナーを出した時は、ダブルプレーを狙っていった。

 直史にはそういう細かいコントロールが出来る。ダブルプレーを取るために、ヒットになるかもしれないゴロを打たせる勇気だ。

 岩崎にはそれはない。

 ノーアウトからランナーを背負うと、制球も乱れるし腕も縮こまってしまう。

 これは計算に入れなければいけないが、だがいつまでもこのままでいいとも思えない。


 上総総合の細田と投げ合って勝ったように、千葉県では王者と思われているトーチバに勝つ。

 ここで岩崎が成長することが、今後の野球部の飛躍の上では必要なことなのだ。




 一回の裏、やや球数は使ったものの三者凡退で良いスタートだ。

 このリードはほどよく岩崎から力みを奪っていて、おそらく本人が思っている以上にスタミナの消費も少ない。

 そしてベンチに戻ったジンに、セイバーは声をかける。

「今日は岩崎君で完投させるつもりですか?」

「そうですけど」

「ちょっと球数が多いですね」

 セイバーはデータを信じる人間だ。

 岩崎の投球にしても、どのぐらいに限界があるかは数字が示している。

「夏じゃないですからね。少し多めに投げてもいいかと」

「関東大会のことを考えても、120球以内に抑えたいですね」

 それが今のセイバーの、岩崎に下している評価だ。


 120球。

 それなりに多いが、充分とは言えない。

「う~ん……」

「しっかりと球数を抑えても最低失点に防いで、 どうにか勝つということをしてほしいのですけど」

「やってみます」

 ジンとしてもそれが出来れば、岩崎の成功体験としてはいいことだとは思うのだ。


「つーわけでガンちゃん、ある程度打たれるリードをするから」

「まあ勝てばそれでいいさ」

 岩崎もちゃんと分かっている。

 既に関東大会出場は決まっているが、ここで優勝すれば各県の二位以下のチームと対戦することになる。

 そしてそこで勝てばベスト8が。ここまで勝ち残れば100%間違いなく、センバツの出場権は得られる。

 どの県であっても優勝校と準優勝校にはそれほどの差はないと思われるが、今年は神奈川湘南が、かなり有力視されている。


 高校入学以来ぽんぽんとホームランを量産する実城に、150kmを投げるという玉縄。

 打線も強力でほとんどの試合をコールドで勝っている。

 おそらく神奈川も今頃決勝を行っているだろうが、順当に行けば神奈川湘南が優勝する可能性が高い。


 関東大会の一回戦でボロ負けすれば、甲子園でそんな無様な姿は見せられないと、センバツに出られない可能性がある。

 だからまず一回戦では当たらないように、県大会も優勝しておきたいのだ。


 勝つためだ。

 勝って関東大会に出て、そして一回勝つ。

 関東大会の優勝校と、東京都大会の優勝校が神宮大会をどこまで勝ち進むかで、ベスト8でもセンバツに行けるかどうかが変わる。

 白富東はエラーの少ないチームだけに、割と選ばれやすい要素は揃っているのだ。

 ジンは甲子園に出ることが目的で、セイバーは甲子園へは、あくまでも勝って実力で出場することを目的としている。

 彼女は短期決戦を勝ち残るための研究を、高校野球でしているのだから。




 セイバーの要望に、出来るだけジンは応えたかった。

 球数を制限内に抑えた上で、ちゃんと最後まで完投して勝つ。

 それが理想であり、途中にたまたまフォアボールとヒットで一点は取られたものの、他は単打で封じてどうにか七回までやってきた。


 球数を抑えて、さらに完投させるということは難しい。

 重要なのは勝つことであり、ジンとしてもどちらを優先させるかと言われれば、こちらを優先するしかない。

 ランナーを出したものの、ツーアウトまでやってきた。

 だが明らかに岩崎は球威が落ちてきた。それに球数も130を超えてきている。

 しかしここでフォアボールで、ツーアウト一二塁となる。


 セイバーはここで投手交代を告げる。

 こんな状態で直史に交代というのは、岩崎としても不本意であろう。

 それに直史は継投で、相手に迫られてからリリーフということはしてきたが、一打同点から逆転まである状況で、マウンドに立ったことはない。


 高校生の継投はプロと違って、出来るだけイニングの頭からがいいのだ。

 自分で出したわけでもないランナーを背負って投げるというのは、普通の高校生には荷が重い。

 直史は味方の無援護やエラーには慣れているかもしれないが、それでもこの状況はきついのではないか


(そう思っていたころが俺にもありました)

 初球にスローカーブを要求したら、平然と頷いて投げてきた。

 この緩い球を、トーチバの三番打者は見逃してしまう。

 直史の夏の投球成績は当然知っているが、自分がトーチバの三番であれば、もっと違う組み立てで投げてくると思ったのだろう。

 まあリードするジンとしては、この初球を打ちにいって内野ゴロというのが、一番よい結果だったのだが。


 二球目をアウトローのストレートに決め、三球目をスルー。

 おそらくあちらもある程度読めていた配球だろうが、それでも打たれない。

 分かっていても打たれない球種が一つある投手は、恐ろしく強い。

 一番強いのは、何をやっても打てないストレートを持っている投手だろうが。




 白富東が追加点を入れることはない。

 だがトーチバの反撃も完全に封じられた。

 八回の攻撃でクリーンナップを凡退させると、九回には代打攻勢を賭けてくる。

 この代打攻勢というのも、どういうものなのかとジンは思わないでもない。

 高校レベルで絶対打てる打者などいれば、比較的守備負担の少ないポジションで使うだろう。

 トーチバぐらいの選手層だと、さすがに守備固めなどはいるだろうが、プロではないのだ。代打の神様などいるはずもない。


 もっとも直史も継投で投げているので、ボールに目が慣れているということもありえない。

 ならばやはり、打撃力に優れた代打を使うのが、選択としては合っているのか。


 だがちょっとやそっとの打率の違いなど、直史には関係ない。

 ジンとしてはデータの少ない選手なので難しいが、基本的に直史はカーブとスルーを上手く使えば、たいがいの打者は初対決でも打ち取れる。

 野球は対決が少なければピッチャーが有利と言われるスポーツで、高校野球で強豪同士の対決は公式戦ぐらいしかないし、わずか三年間では対決する回数はそれこそ少ない。

 初対決だろうがなんだろうがホームランを打っていくバグキャラはいるが、あくまでもこれは例外なのだ。


 最後のバッターはセカンドゴロで、角谷が無難にキャッチして一塁に送球。

 3-1でゲームセットである。


 優勝だ。

 これが夏なら、甲子園だった。

 ここからさらにセンバツに向けては関東大会を戦わなければいけないのだが、白富東の場合は21世紀枠でほぼ決まったようなものだ。

(ならここからは、他県の全国レベルとの戦いになる)

 170のチームが存在する千葉県のレベルは、決して関東でも低くはない。

 だが東京を除いたとしても、一番強いのは神奈川であるし、最近では埼玉の躍進が著しい。

 特に神奈川だ。

 神奈川の代表校に勝てれば、自信を持ってセンバツに出場出来るだろう。


 喜びに顔を緩ませながらも、ジンはこの先の戦いを考えている。

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