1506 関東大会への道
秋の雰囲気が満ちてきた10月の上旬の土曜日、県営球場で千葉県秋季大会準決勝が行われる。
勝ち進んだのは偶然にも夏の大会都全く同じベスト4のチームであったが、対戦相手は異なっている。
決勝で対決した白富東と、勇名館が準決勝で当たるのだ。
勇名館は甲子園ベスト4の立役者サウスポーの吉村が残っており、白富東もスタメンがほとんど変わらず、かなり注目度は高い試合となる。
甲子園で活躍した吉村を見るために、プロのスカウトまで散見される。
「けっこう入ってるな。半分ぐらいか」
大介がベンチから出て、応援に手を振ったりした。
それでも夏の決勝は、あの3万人入るマリスタが満員であったのだ。
県営球場は約16000人が収容人数であるが、その半分も入っていれば、秋の大会としては充分であろう。
やはり勇名館が私立の強さを生かして、在校生や卒業生を応援として動員しているからだ。
白富東もあの夏の熱狂が忘れられないのか、それなりには来ている。
だが応援の人数的には、おそらく勇名館の半分もいないだろう。
決勝まで勝ち進めば関東大会に進み、そこでベスト4に入ればまた夏に続いて出場と、学校側も期待しているのだろう。
だがこの試合に勝てば関東大会出場が決まるわけで、そしたら21世紀枠で出場もほぼ決まるのだが、学校側はそれを認識していないのか。
(まあ夏は運が良かったということで)
セイバーはこの試合には勝てるだろうと計算している。
吉村が新しいキャッチャーと合ってないというのは、隠されなくても成績から導き出される結論だ。
勇名館の今のキャッチャーは打力も肩もあるのだが、インサイドワークがイマイチだとセイバーは分析している。
もし代わりのキャッチャーがいるなら、打力を活かすために他のポジションにコンバートするべきだとさえ思っている。
もっとも本当にいいキャッチャーというのは、いいピッチャーよりも少ないものだ。
そのあたりの計算もして、この試合は勝てると踏んでいる。
実際に一回の表の勇名館の攻撃は、直史があっさりと三者凡退に抑えてくれた。
そして一回の裏、ここでは当然大介との対決がある。
バッターとピッチャーの対決における勝敗とは、どういう基準でつけるのかは難しい。
たとえばバッターは三割打てれば一流と言われるのだから、一試合に二本もヒットを打てればバッターの勝ちとも言えるし、四打数で一安打に抑えたら、ピッチャーの勝ちとも言える。
だがその一打がホームランだったら? しかも0-0のスコアからの、決勝点となるホームランだったら。
その基準で考えると、ここまで大介を抑えたピッチャーは存在しない。
大介自身も、抑えられたと思った試合はない。
あの夏の、上杉と勝負した一打席以外は。
ツーアウトランナーなしで、白石大介。
もちろん吉村は春の大会で打たれたホームランも、夏に打たれたヒットも忘れていない。
だが甲子園ではホームランも打たれたし、抑えることが難しいバッターはいくらでもいた。
それらと戦って得た経験から、今の自分の実力を試してみたい。
最悪ホームランを打たれても、まだ初回の一点だ。
佐藤直史を相手には、一点を取るのも難しいのだが、全国レベルで見るならば、どうにか一点を取ることぐらいは出来ないと、センバツへの出場は難しいだろう。
監督の古賀とも話していたが、ここは勝負。
(だけどいきなりゾーンで勝負なんか出来ないっての)
キャッチャーのサインに首を振る吉村。引退した東郷と比べると、やはりキャッチャーは劣る。
シニアにしても、ピッチャーの数は一つのチームに二人はいる。
経験者というだけであったら、もっと多いだろう。
だがキャッチャーはいても二人。そして専門性は高い。
単にキャッチングだけなら出来るのだが、ピッチャーをリードするのも役目であるし、内野への指示なども行わなければいけない。
MLBなどは投げる球をピッチャーが決めることが多いらしいが、日本の野球は基本的にはキャッチャーがリードする。
そんなわけで、甘いキャッチャーの認識に引きずられたか、吉村も二球目をアウトローにストレートを投げてきた。
単純な話、目からの距離が最も遠く、見極めが難しいため、長打になりにくいというアウトロー。
だが卓越した動体視力とバットコントロールを備えた大介にとって、腕から一番遠いところにあるアウトローは、一番遠心力が使いやすいコースである。
145kmの外角のストレートを、ほぼ正面に打ち返す。
それはセンターのスコアボードに当たって、ホームランとなった。
一回の攻防で先制点を入れた場合、白富東が負けることはまずない。
そもそも直史達が入部して以来、公式戦ではまだ二度しか負けておらず、その二度とも相手に先制された試合である。
白富東に先に点を取られたらまずいぞ、と相手に思わせる。
そこから実際に点を取ってしまえば、試合の主導権を握れるのだ。
相手が待球策でくれば、早めにストライクを取っていく。
初球から振ってくるようなら際どい球で凡打を狙う。
それをさせるだけの能力が、キャッチャーのジンにはある。
勇名館の古賀監督は、一回ではないが白富東に先制されて、そこから逆転した。
だがあの夏の大会は、明らかに今よりも打線の力が強かった。
もっとも白富東もキャプテンの北村が引退して、得点力が下がったという点では同じだ。
(白石にはもっと気をつけるべきだったか……)
吉村のプライドなども考えなかればいけなかったのだろうが、それでも投球の組み立てには配慮が必要だっただろう。
甲子園ベスト4というのは、古賀にとっても始めての舞台であり、優勝候補の大阪光陰相手には、ボロ負けとまではいかないが完封に近い形で負けた。
そこまでの試合も苦戦の連続で、多くの強打者と対戦してきたが、ここまで確実にホームランを打たれたことはない。
練習試合で対戦した、世代ナンバーワンバッターと言われる神奈川湘南の実城なども、ここまで絶望的な打撃力は持っていなかったと思う。
そして打撃の方は、主砲の黒田が抜けて、それを埋める手段がない。
黒田は甲子園の五試合で三本のホームランを打ち、プロからのアプローチが猛烈なものになった。
それまでも幾つかの球団は注目していて、ドラフト下位で獲ろうかという話が、古賀には伝わってきていた。本命は吉村だったかもしれないが、ついでで黒田も目立ったものだ。
だが甲子園が終わってからは、確実に獲りに来た。
この情報化時代の今でさえ、甲子園というブランドがどれだけ大きいかというものだ。
(早くから見ていてくれていたレックスが獲ってほしいものだが)
下位ではあるが絶対に獲ると言ってくれていたのは、あの球団だけだ。
古賀は知らない。
大田という名字はそこそこあるから、レックスの大田鉄也から、その息子へ勇名館の情報が流れていたことを。
ここからは投手戦になった。
白富東はセーフティや四球を選ぶなどして、そこそこランナーを塁に出す。
それに対して勇名館は、ほとんど単打である。ゴロが内野を抜けていったというパターンも少なく、外野前へのポテンヒットが出るだけ。
(佐藤……)
打者としても対戦した吉村だから分かる。
甲子園でも多くのプロ注のピッチャーを見てきたが、あれほど異質なピッチャーはいない。
上杉や玉縄といった別格のピッチャーは見たが、直史ほどの異質なピッチャーはいなかったと断言出来る。
投手戦が続く。
大介を外に外した球で事実上の敬遠をして、他のバッターを凡退させる。
それでも盗塁されて二塁までは行かれたが、追加点は与えない。
吉村は集中して投げれば、今は白富東の他のバッターは確実に打ち取れる。
だがやはり、初回の一点が痛すぎた。
九回の表、スコアは1-0と変わらないまま、勇名館は最後の攻撃。
終盤から直史はスルーを解禁している。
ピッチャーにとって球種が一つ増えれば、コンビネーションは三倍にもなる。
魔球とさえ言われる変化球があるのだから、他の球を打つしかないと考えてしまうのだ。
難しい球を捨てて、他の球を積極的に狙いに行く。
だが直史はゾーンぎりぎりのボールを投げて、ボール球をストライクにさせたり、ボール球を振らせたりしてランナーを許さない。
(来年はどうなるか……)
古賀は考えるが、常識的に考えて普通科しかない白富東が、優れた選手を入手できるとは思わない。
それでもあの二枚のエース級にそれを活かせるキャッチャー。そして主砲はそのままなのだ。
ごく普通の鍛え方をしても、要注意のチームになることは間違いない。
吉村は目の前で、ツーアウトから打席に入る自軍のチームメイトを見ていた。
ピッチャー専念ということで今日は六番に入っていたが、やはりクリーンナップに入れてもらうべきだったか。
だが佐藤直史というピッチャーは、打順が良ければ打てるというピッチャーではない。
純粋に打って得点するのはかなり難しく、守備の乱れを突いてでも、犠打などで一点を取るしかない。
そして最後の打者がショートゴロに倒れゲームセット。
勇名館は春のセンバツの出場を逃したのであった。
白富東史上初の関東大会出場である。
それもせいぜい夏のシードに関係するだけの春の関東大会ではなく、センバツに直結する秋の関東大会だ。
これに優勝すれば神宮大会の参加も見えてきて、神宮大会は甲子園ほどの露出はないが、全国大会であることは間違いない。
バスに乗った白富東の選手は、興奮するしかない。
元々ベスト16まで勝ち進んだところで、千葉県の21世紀枠になることはほぼ決定していた。
だがその時点ではまだセンバツ確定とまでは言えない。関東や東日本に、もっと適したチームがあると思われるかもしれないからだ。
だが、関東大会への出場が決まった。
おそらくこれで、関東での21世紀枠に決まっただろう。
あとは関東大会で一度勝てばほぼ決まりであるし、負けたとしても内容次第で21世紀枠に選ばれる可能性は高い。
どこか浮ついた空気が漂う中でも、一部の選手と、そして監督は完全に冷静である。
確実に選ばれるところまで勝つべきだと。
21世紀枠に選ばれるとしたら、県内屈指の進学校、創立100年以上、選手数が少ない、部員全員が地元、地域のボランティア活動などが、選ばれる基準としては有利である。
もっとも環境面ではセイバーが整えてくれたため、むしろ恵まれているとさえ言える。
今年の春にベスト16以上に進めなければ、グラウンドの半分を他の部に取られるところでもあった。
ジンも直史も、おそらくこれで21世紀枠で出場出来るだろうとは思っている。
だが問題なのはその先だ。
出場してそれで満足なら、ここで足を止めていい。
関東大会の一回戦でボロ負けでもしない限りは、選ばれるのは間違いない。
だが本番はどうなのか。
甲子園に行った勇名館に勝ち、明日は甲子園常連のトーチバと戦う。
そして関東大会で、まさに甲子園レベルのチームと戦うのだ。
強い相手と公式戦で戦えるという、とてつもないチャンスである。
(冷静なのは俺とナオ、そんで大介に……上級生も案外はしゃいでないな)
冷静に自軍の戦力を観察するジンは、セイバーもまだ固い表情を崩していないことに満足した。
関東大会で二回勝てばベスト4。そこまで行けば、確実に実力だと言える。
そして他県の一位通過以外と当たるためにも、明日のトーチバ戦には絶対に勝っておきたい。
最低限関東大会に出場するために、今日は直史が投げて五安打完封である。
だがこれは明日も連投することを考えて、あえて打たせた分もあるのだ。
決勝は岩崎が先発であるが、状況によっては直史も登板する。
いやピンチになれば、そこで直史を使うつもりだろう。
セイバーは現場の采配はそれほど採らない。
だが決勝の継投のタイミングだけは、おそらく指示を出す。
そのためにも、明日は岩崎で勝つ。
ジンは気負い過ぎないように気をつけながらも、決意を新たにした。
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