1.504 21世紀枠

 センバツ、あるいは単に春、とさえ省略される春の甲子園は、前年秋の地方大会の成績を元に、その出場校が決められる。

 あくまでも試合の成績は参考であるが、特に問題も起こしていない、関東地区の優勝校や準優勝校、そしてベスト4が選抜されないことはまずない。

 まずないと言うのは、例外はあるからである。

 たとえばそのベスト4のうちに、同じ県から三校が残ってしまった場合、決勝に進んだ二校が選ばれ、ベスト4どまりの一校は選ばれないこともあるのだ。

 滅多にないと思われるかもしれないが、関東における神奈川、近畿における大阪などは、ありえることなのである。

 だがそれでも同じ県から三校が選ばれることもある。

 それは21世紀枠が関係してくるのだ。


 たとえば関東のセンバツ出場枠は、4.5となっている。

 この0.5というのは東京の1.5と合わせて6になる。

 秋季大会で優勝した東京と関東のチームは神宮大会に勝ち進むわけであるが、その神宮大会で東京が優勝や準優勝で関東の優勝校より上に行けば、東京から残りの一校が選ばれたりするのだ。

 あれだ。ダイヤのAで東京の準優勝チームでも選ばれた展開である。

 逆に関東の代表が神宮を制すれば、関東大会ベスト8の中の四チームから選ばれる可能性が高い。

 もっとも関東大会の初戦で、優勝チームと激戦を繰り広げていたりすると、ベスト8にも入ってなくても選ばれたりする場合もある。

 だが基本このあたりは、実力と実績優先だ。


 21世紀枠は、それとは全く別の存在だ。

 基本的に秋の都道府県大会でベスト8以上、千葉のような多数のチームがあればベスト16以上で、21世紀枠の県候補になる。

 それが秋の大会も終わって正式な県候補となり、関東の他の都県候補と比較され、さらに東日本の他の候補と比較されて、一校選出されるわけだ。

 こう聞くと大変なようであるが、21世紀枠の要素を満たしつつ、関東大会にまで勝ち進めば、ほぼ行けると考えていい。


 21世紀枠の要素は、まず甲子園未出場か、数十年出場していないこと。

 スポーツ特待などを取っていない公立校であること。

 チームの人数が少ないこと。

 伝統のある文武両道の学校であること。

 困難な練習環境から結果を出していること。

 まあ他にも色々と要素はあるのだが、これらを総合的に判断して、21世紀枠に選ばれるのだ。


「まあ白富東は甲子園未出場で、そのくせ夏には強豪私立相手にあと一歩で勝つとこだったし、文武両道と言うよりは頭脳派の名門進学校で、スポーツ推薦も全くないから、普通ならこの枠で選ばれることは充分にあるんだが……」

 延々と説明してきたジンであるが、その指先はびしっと直史に突きつけられる。

「決勝でマウンドに寝転がったりして注意を受けてたりすると、選ばれにくいわけだ」

 確かに言われた通りなのかもしれないので、頭を掻く直史である。

「まあうちはそれ以外にも、マスコミへの対応とかがあんまり良くないけどなあ。これは今からでも愛想よくしていくべきだと思うけどな」

 新キャプテンに決まった手塚はお気楽そうに言う。正直なところ北村が抜けた打線では、一点を取るのが大変すぎて、甲子園に行ける可能性は低いと思うのだ。

「それでも秋もここまで勝ち進んだわけだし、来年の新入生はかなり期待出来るだろ。来年の夏の方が現実的じゃね?」

 手塚の言葉も説得力はあり、夏はあれだけコールドで勝ち進んでいた白富東だが、秋の大会は地区大会を含めても二度コールドがあるだけだ。

 それに試合の後半の得点力が、前半に比べて明らかに劣る。大介が敬遠されるからだ。


 だがマイナス面は、話題性が高いというプラス面も持っている。

 なのでジンとしては、21世紀枠にも選ばれる可能性の高い、そして対戦相手も難しくなさそうな、決勝進出で関東大会出場、そこで少なくともロースコアゲームという、21世紀枠も考えられる展開を望んでいるわけだ。


 なお監督であるセイバーは、これとは全く逆の意見である。

 野球の実力以外で選ばれる出場は、もちろん意味がないわけではないが、彼女の期待する出場の仕方ではない。

 純粋に力で勝たなければ意味がないのだ。極論、甲子園に行くよりは、どうやって勝ち続けるかが彼女にとっての研究課題である。

 もちろんジンにしても、実力を伸ばして確実にセンバツに出られるところまで勝ち進めるなら、それはそれで問題はないのだが。


 セイバーは基本的に、戦力を揃えてデータを分析して、勝てる状態を作って試合に臨む。

 そこまでが彼女の仕事であり、選手交代のタイミングなどは事前のシミュレーションから、合致するものを選ぶ。

 それが判断できなければジンか、スコアをつけるシーナに質問する。

 あるいは選手にとって判断が難しければ、高峰に。


「色々と話題は尽きないでしょうが、今は次の試合について考えましょうか」

 セイバーが穏やかに冷静に言って、シード校レベルと対決する準々決勝への進出を賭けた試合に意識を向ける。

 先走りすぎていたのはジンたち選手だったのかもしれない。




 そろそろ夏の暑さもはっきりと安らいできた九月下旬。

 ベスト16に進出した白富東は、私立蕨山と対戦する。

 今年の夏、準々決勝で対戦した時は、七回コールドで勝利した相手だ。

 大介のホームランでコールド成立したが、直史の記録のためにはホームランは打たないでおこうかと大介は尋ねたものだ。

「蕨山は夏から変わらず、打撃に重点を置いたチームですね。ここまで三試合をコールド勝ちしています」

 この試合の先発は、夏を参考パーフェクトに抑えた直史である。


 蕨山は強打のチームと言われていて、確かにコールド勝ちも多い。

 だが直史を相手にしてはパーフェクトをされているし、他にも完封されている試合がある。

 簡単に言うと単純な球速のあるストレートは打てるが、変化球への対処や緩急に弱い。

 特に緩急だ。変化球を主体にカウントを作ってからなら、ゾーンから外したストレートで三振を取れる。

「まあ、マシンバッティングとウエイトにばかり手をかけていたらそうなるんですが、夏の教訓は生かされていないようですね」

 ベンチの奥から試合の推移を見守るセイバーであるが、特に作戦の指示などはない。


 五回が終わってスコアは4-0となっている。

 直史はヒットを二本打たれたが、三塁を踏ませない完封ペースのピッチングを続けている。

 今日の課題は球数制限で、極力早いカウントで甘い球を打たせることを優先しているため、三振を狙う組み立ては行っていない。

 三振は奪うべき時に奪う。

 二球以内にアウトが取れるなら、そちらの方がいいのだ。

 もっともこのあたりの考え方は、打たせてアウトにする行為が、野手の能力によって確実性が上下するため、セイバー的には三振の方が打たれてアウトにするよりもピッチャーの指数としては重要なのだ。


 それにしても、安定して勝てているのは、ピッチャーと守備陣が頑張ってくれているおかげだ。

 この五試合でエラーはたった一つで、ヒット扱いでも良かったものだけだ。

 そして失点は五試合で三点。二年の田中が取られたもので、一年のダブルエースは無失点。

 何より直史は四球を一つしか出していない。

 それもコントロールが定まらずというわけではなく、微妙なところを取ってもらえなかっただけだ。


 この試合もこのまま直史に完投してもらってもいい。

 だが明日も試合はあるのだ。それも相手は東雲。千葉私立の双璧と呼ばれているチームであり、最近では二年前に甲子園にも出場している。

 直史の球数はまだそれほどではないが、七回からは岩崎に交代である。


 岩崎も夏で成長したとセイバーは思う。

 野球経験などない彼女は、岩崎の評価としても、純粋に数字だけを見る。

 この数字による説得力が、岩崎にとっては良かったのかもしれない。

 シニア時代には、どこか最後の部分で精神的に弱いと、なんとなく監督やコーチからは思われていた。

 子供というのは敏感なもので、そういった目を意識してしまうのである。

 実際のところ球速はエースとはほとんど差などなかったし、コントロールは岩崎の方が良かったとすら言える。


 セイバーは日本育ちで考え方の根本は日本人的だが、それでも幼少期の欧米感覚や、育ての親の教育、それに留学経験などから、選手への指導はアメリカ流である。

 即ち、アマチュアでしかもまだハイスクールのクラブ活動をしている生徒たちに、怒鳴ったり無理をさせたりはしないというものだ。

 別にスポーツに限らず欧米では、指導者や教師が感情的に生徒を叱ることは禁止されている。(例外は当然いる

 子供時代というのは誉めて伸ばすというのが主流であり、無理に何かをさせるということは絶対にない。

 そういう教育は虐待とさえ思われる。

 岩崎は現段階では気付いていないかもしれないが、日本で一番自分と相性のいい指導者に当たっている。




 岩崎とはシニア時代からの相棒であるジンも、白富東入学後の、特にセイバーが着任して以来の岩崎の成長には驚いている。

 もっとも同じピッチャーでは直史の方がもっと成長しているので、比較的目立ってはいないが。

(やっぱ指導者の相性ってあるんだな)

 ジンはのんびりとそんなことを考えて、七回からは岩崎の球を受けた。


 この日の試合も、三イニングを投げて岩崎は一安打二四球で完封した。

 直史から岩崎への、完封リレーである。

 最終的なスコアは5-0であった。

 四点差からさらにダメ押しが入って、楽勝とまでは言わないが完勝であった。

 ジンとしては岩崎から直史へのリレーはともかく、直史から岩崎へのリレーは少し不安ではあった。

 だがセイバーはもっと単純に考えていた。直史の球に慣れた選手は、岩崎の速球が打てなくなっていると。

 事実強打のイメージがあった蕨山は、最後まで封じられたわけである。


 いいイメージを持ったまま、選手たちは学校に戻る。

 ここではい解散とはならずに、明日の対戦相手のミーティングを行うのだ。

 視聴覚室を使って、短時間で要点を説明する。


 東雲は今年の夏こそ優勝した勇名館に早く当たって敗退したが、二年前には甲子園にも行った県下の強豪校だ。

 夏には白富東も練習に関して少しお世話になった。

 三年にいたエースの大河原は県下では150kmを投げる唯一のピッチャーであり、ドラフトの指名もされるという。

 そんな絶対的なエースが引退した東雲であるが、それなりに選手を集めているだけあって、やはりこのベスト8までは勝ち進んできた。

 今年のエースピッチャーは球速こそ130kmそこそこだが、サウスポーでコントロールがいい。

 また一年にもいい素材がいて、なかなかの投手力と言える。


 だが弱点がある。

 エースであった大河原は剛速球投手であったがコントロールが悪く、内野にはバッターごとの守備のシフトの意識があまりない。

 このあたりはチームが負けた段階から変えていかなくてはいけなかったのだが、やはり一年の夏に甲子園のマウンドに立った大河原の影響は、大きすぎたと言えるだろう。

「打撃の方も基本的には強打ですが、蕨山よりはずっと変化球への対応力は高いですね」

 セイバーの方針は、今度は岩崎が先発で、直史がそこから継投というものだ。

 直史は変化球投手であるが、ストレートのスピードも県内強豪のエースクラスはあるし、何よりもコントロールは全国屈指と言ってもいいだろう。

 それに何より、魔球がある。


 夏の決勝で判明した、一試合あたりの投げられる限界を、出来るだけ早めに把握しておかないといけない。

 これは単純に練習で球数を投げて分かるものでもない。それに関東大会まで進んでいけば、直史と岩崎の二人で、どうにかピッチャーは回していくしかないだろう。

「では明日も頑張りましょう」

 セイバーのふわふわした言葉で、ミーティングは〆られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る