1.503 野球部の元キャプテン

 県立白富東高校の野球部キャプテンを務めていた北村はこの時期、実はそこそこ余裕がある。

 元々成績がいい優等生であるので、大学受験に向けて特別なことをする必要がないと言うか、学校推薦で志望校には行けそうなのだ。

 だが周囲の進路が決まっていない者が大多数であるし、遊びまわるわけにはいかない。

 実は夏休み中には、進学先大学の練習会に参加していた。

 なるほどこれが一般的な野球部なのか、と中学生時代を思い出した北村である。

 白富東の野球部は、やはり白富東の野球部であったのだ。


 そんな北村であったので、入学説明会における部活紹介を、公式戦に出場する後輩の代わりにするのに抵抗はなかった。

 そもそも白富東は強豪私立とは違い、来る者拒まず去る者少ししか追わずの、ゆるい理念から成立している。

 北村の少し上の世代では、色々と改革して県のベスト16まで勝ち進んだこともあったそうだが、また今年までは成績は落ちていた。

 ただそれでも理不尽な、そして無意味な慣習だけはなかったと言える。


 強豪の私立においてはそもそもスカウトした選手しか入部出来なかったり、入部テストのようなものがあったりもすると聞く。

 入部には夏休みの体験入部に参加する必要があり、それが事実上のセレクションにもなっているとか。

 白富東にはそんなものは全くないので、普通に施設の説明をしながら過去のことなどを話すだけだ。

 出来れば実際の練習風景なども見てもらいたかったが、それはセイバーから提供された映像を見せるしかない。

 あとはこの間の県大会決勝の、テレビ録画を少し見てもらうだけである。




 お気楽な気持ちで土日を潰す北村であったが、驚いたことはあった。

 いまどき髪の毛を金髪に染めた生徒がいたのだ。

 どこの中学かと気にはなったが、別にそれだけが驚いたことではない。

 その生徒は明らかに運動で鍛えた体格をしており、そして見学中やビデオ説明中に質問をしてきたのだ。

「白富東は上下関係がゆるいって聞いたんですけど、マジっすか?」

 あえて挑戦的な物言いをしているのかもしれないが、普通に北村は受け答えするだけである。

「ゆるいと言うか……実は僕は夏休み、進路志望の大学の野球部に練習参加してきたんだが……まあ、想像するような野球部だった。うちはゆるい。ゆるいと言うか、上下関係に年齢は関係ない。今年の夏の作戦を立てていたのはほとんど一年だったしな」

 もちろんこれが標準でないことは分かっている。

「あと監督も女性監督で、短い期間であったが怒ったことは一度もない。だからといって無能じゃない。まあ……それなりに勝とうとしている部活だから、野球自体を楽しみたいなら、野球部内の研究班に入ることをオススメする。あっちも楽しそうだったし」

 北村の説明に、その突っ張った少年は毒気を抜かれたようであった。


 土曜日に西千葉、日曜日に東千葉と、説明会は二日に分かれて行われた。

 白富東は普通科のみの学校なため、千葉県の近隣学区と、茨城県のごく一部からの越境入学しか受け入れていない。

 そして千葉県は、学校数が多い割には超強豪と言えるチームは少ない。

 なので普通に甲子園に行きたい全国レベルの選手は、東京か神奈川、最近では埼玉の私立に入学することが多いのだ。

 地元で有名レベルの選手は、チーム数の少ない茨城に行ったりもする。

(大介とナオとジンとガン、こんだけのメンバーが来年も入るわけないしな)

 これだけの才能が偏差値の高い普通校に集まるというのは二度とないだろう。


 昨今は少子化の影響もあって、普通科のみの高校も統合がされている。

 白富東にはそんな懸念はない。なにしろとにかく進学校で売っているのと、よく分からない大会でよく分からない部活が優勝することが多いからだ。

 普通の公立の中には体育科を作り、下手な私立よりも充実した環境の野球部があったりもする。

 私立だけではなく公立も、少子化に伴って統廃合は多い。

(まあうちみたいな進学校には関係ないけどな)

 白富東ほどに進学先が充実していれば、当然ながら親も子供を送り込もうとする。

 進学先がしっかりとした学校は、それだけでブランドなのだ。

 もっとも白富東の場合は、進路が豊富すぎる。

 普通に進学するやつが一番多くはあるのだが、マンガ家志望がいたりアニメーター志望がいたり、既に高校生の段階でプログラミングを組んでゲームを作ったりしている者もいる。

 野球部も物理部の人間には、かなり世話になったものである。


 野球部の見学なのに、女子がそこそこ混じっていたりもする。

 まあ北村の妹の文歌もその一人であるのだが。

 弓道部に入りたいと言っていたくせに、野球部のマネージャーもしたいのか。

 なんだかちょっと直史に気があるようであったが、北村は直史の本質を直感的にやばいやつだと思っている。


 直史はメンタルが異常だ。

 強靭だとか、前向きだとか、そういう良い方向だけではなく、ただひたすら異質なのだ。

 後輩として普通に接してはいたが、妹の彼氏としてはなんだか怖いものを感じる。


 しかし他にもマネージャー志望らしき女子がいるのは、やはり決勝まで残ったからだろうか。

 自分たちの知る限りでは、シーナが入ってくるまでは、マネージャーの仕事など普通に全員で分担していたものだが。

 シーナの野球知識は豊富なので、まさに三年も管理はされていた。


 それでも今年の夏は上手くいきすぎだと思っていたのだが、夏休み後の練習試合などでは、普通に県外のベスト4レベルとも戦って勝っている。

 今の一年がちゃんと故障しなければ、三年の夏には甲子園に行けるかもしれない。

(まあ普通の学校なら、野球部の施設見て入学するやつもいるんだろうけど)

 白富東の偏差値がネックになって、野球しか出来ない野球バカは入ってこれない。

 来年の新入生の中に、野球の実力が高い者がいたとする。

 それはおそらくトーチバや東雲に行って野球に賭けるほどには野球に熱中していなくて、そもそも野球は高校生まででそれなりに試合にも出たくて、普通に大学受験をして進学するような者だろう。

 だが実は北村の考える、野球は上手いがプロに行くほどではなく、高校で野球は辞めると考えている者は多いのだ。


 白富東の野球部に、他の野球部にはない強みがあるとしたら、それは楽しく野球が出来るということだ。

 北村が一年の頃から白富東は、全くと言っていいほど上下関係がなかった。

 それなりに上手かった北村を一年の夏からレギュラーに使ってくれたし、その意見なども聞いてくれた。

 片付けは一年の仕事などということもなく、早く来た者が準備すればそれだけ早く練習が出来るし、皆で片付ければぎりぎりまで練習は出来る。

 中学時代にはなかったこの関係が、白富東の良いところだったと思う。

 もっともそれは、チーム内で競争関係がなかったということでもあるが。




 そんな北村であるが、新生のチームがこの週末の二試合で、ちゃんと勝ってベスト16まで進んだのは、それほど意外ではなかった。

 一回戦は9-1で八回コールド、二回戦は5-0で完封勝ちと、それなりに強さを維持している。

 だが報告に来てくれたジンは、かなり困っているようであった。

「大介が敬遠されるんですよね……」

 夏の大会の成績を知っていても、一打席目は大介と勝負してくるチームは多い。

 それも慎重に攻めるのではなく、まずは力任せに攻めてくるのだ。

 そして初回の初球ホームランというのは、この大会でも変わらない。


 ただその後の打席は、ランナーがいるとまず勝負されなくなる。

 前の打席にいるのが手塚だとまだマシなのだが、ジンであると大介の走塁を活用できなかったりもするのだ。

 現在は二番打者に固定のジンであるが、一二番を俊足でまとめるなら、二年の新庄か一年の中根を持って来るのがいいかもしれない。

 ただしこの二人は、バッティングがかなり悪い。

 一番固定になっている手塚は、内野安打も含めてそれなりに打率と出塁率を残すのだが、やはりバッティングはそれほどでもない。だが二人に比べるとマシなのだ。


 セイバーが今地味に鍛えているのは選球眼である。

 ストライクとボールの見極めにより出塁率を上げるというのもあるが、そもそもボールがちゃんと見えていなければ、まともにミートも出来ないわけである。

 ようするに動体視力に付随する訓練であり、前からやっているものではある。

「あとナオがすんげー便利です。あいつプロのバッティングピッチャー出来ますよ」

 投げ込みの一環として、バッティングピッチャーをするわけだ。

 右ではほとんどの球種を投げられるし、左でもいくつかの変化球が投げられる。

 変態のような性能であるが、本当にあんな練習でいいのかとは、ジンだけではなくセイバーまで思っているらしい。


 バッティング練習は基本的には、素振りでフォームを固めた後は、どれだけピッチャーと対戦するかである。

 まあ中には大介のように、脳内のイメージだけで打ってしまう天才もいるのだが。

「学校説明会の部活見学もけっこうな数が来てたし、来年の夏には期待出来るんじゃないか?」

「セイバーさんはセンバツを狙ってるみたいですけどね。俺としては21世紀枠ならかなりチャンスはあると思うんですけど」

「あ~、それはな」


 甲子園の出場経験はなく、県下有数の進学校であり、伝統ある文武両道。

 こういうのが21世紀枠には選ばれるのだ。

 現在の部員は二学年で19人であるが、そのうちの四人は野球研究班であり、実質は15人の部員しかいない。

 こういった逆境も、21世紀枠で選ばれるのには逆に都合が良くなる。


 春のセンバツに21世紀枠などというものがあるのは、興行的な面が大きい。

 客寄せパンダである。

 夏と違い肌寒いセンバツは、観客の動員数も夏ほどではない場合が多い。

 しかしそこに創設100年とかいう伝統校が出ると、そのOBだけではなく地域住民もなんとなく応援したくなるものである。

「今ベスト16まで残ったんだよな? じゃあセンバツの21世紀枠の選考基準は満たしてるんじゃないか?」

 千葉県の学校数であると、およそベスト16以内に入っていることが、21世紀枠候補の条件である。

「そうですけど、これだとまだ他のチームが選ばれる可能性も大きいですから。関東大会まで出られたら、一回戦でよほど無様な負け方をしない限り、当確だと思うんですけどね」


 ひょいとジンはトーナメントの対戦表を見せる。

 ベスト16に残った白富東の次の対戦相手は蕨山である。

 強打の私立であり、夏には対戦した。

 あの時は参考ながら直史がパーフェクトをしたものだ。

「……またナオにパーフェクトしてもらうか?」

「それで勝ったとして、次は多分東雲で、準決勝が光園学舎か棚橋あたりで、決勝は勇名館かトーチバなんですよね」

 千葉県もベスト16まで残ると、まずおなじみの面子ばかりが残っている。


 だがどうにか、優勝出来ないものであろうか。

 この夏に負けた勇名館は、四番の黒田の他にも半分以上のレギュラーは抜けた。

 もちろん私立の強みで新しいスタメンもそれなりの実力があるわけだが、吉村から大介が一発打って、直史と岩崎の継投で完封する。

「まあ決勝まで行けたら関東大会には出られるから、そこでまた相手次第か」

「よりにもよって今年は、開催地が神奈川なんですよね……」


 関東大会の開催地は持ち回りであり、今年は神奈川県で開催される。

 確か来年の春もそうだった気がするが、今年は国体の開催の関係などで、少し例年とは開催地の順番が違うのだ。

 神奈川で関東大会が開催されるのは、他の県とは意味が違う。

 昭和の頃には「神奈川を制せば全国を制す」などと言われたことがあるほど、神奈川は東京を除けば関東では突出して強豪の多い県だ。

 そこで関東大会が開催されるということは、その強い県から三チームが出場するということ。

 当然ながら他の県の三位のチームよりは、強いチームが出てくることが多い。


 まあそれは確かに条件が厳しくなる要素ではあるが、そもそも関東大会に出てくる各県の優勝校と準優勝校に弱いところがあるはずもない。

 たまたま組み合わせが上手く勝ち残ったとしても、最低限の実力はあるわけである。

 優勝して出場しても、いきなり神奈川の二位とかと当たったりしたら、勇名館よりも強かったりするのだ。

「まあ来年の新入部員は今年よりも多そうだから、お前らが三年いなるまでに鍛えれば、最後の夏には甲子園も行けるんじゃないか」

 気楽そうに言う北村であるが、ジンとしては北村が在校の間に、甲子園行きが決まるのを見せたかったのである。

 この素晴らしいキャプテンに。

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