1.5 高校一年生 秋から 高校二年生 春
1.501 新編成
これは第一部と第二部の間、白富東の選手層が一番薄かった時期のお話です。
×××
北村達三年生が引退して、新チーム体制が始動した。
セイバーは自分だけではなくコーチ陣に、新キャプテンとなった手塚、マネージャーのシーナ、一年を掌握しているジンを加えて、新たなポジショニングを考えている。
抜けたメンバーは、三年生のバッテリーにサードの北村。
バッテリーはジンと三田村がキャッチャーとして、あと直史も一応は出来る。
ピッチャーはその直史と岩崎、二年の田中に、あとは大介も投げられなくはないし、実は戸田も少しだけピッチャー経験があったりする。
スタメンから抜けたのは、実質北村一人と言っていい。
だがその一人が抜けたことで、守備力はともかく得点力が大幅に低下する。
来年の春には、少なくとも一人は即戦力を入れるアテがあるセイバーではある。
しかしそれはサウスポーのピッチャーで、ピッチャーをしない時は外野を守ってもらおうと思っているのだ。なお打撃もかなり優れている。
だがそれはあくまでも来年の話であって、今年の秋は手持ちの戦力で戦うしかない。
サードの穴は、とりあえずシニア時代にショートを守っていた諸角で埋める。
元々守備の技術なら北村とさほどの差もなかったのだ。
問題は、やはり得点力なのだ。
北村一人が抜けただけで、得点の期待値が大幅に減る。
「大介を四番っていうのはなしですか?」
四番最強思考の残るシニア育ちのジンとしては、そんな常識的な意見を出さざるをえない。
「すると三番をどうするかが問題になりますが」
コーチ陣のまとめてくれた資料。それは試合での成績ではなく、様々な機器により集めたトラッキングデータだ。
選球眼、ミート力、パワー、走力など。
「白石君を三番に置いておくメリットを上回るメリットが、四番にしても存在しません」
「すると誰を四番に置くかですよね」
シーナも共に資料を比べる。
四番に必要なものは何か。
三番に比べて打率は劣っても、やはり長打力になるのではないか。
あと大介の後の打順ということで、チャンスに強いことも期待される。
逆に言えば、大介がバッターとして優秀すぎるのだ。
得点圏にランナーがいれば確実に帰すバッティングも出来るし、ホームランを狙ってもいけるし、とりあえず塁に出ることも出来る。
一般的には三番は巧打者、四番は強打者、五番は大砲というイメージがある。
四番を打つとしたら、やはり打率と長打率を求めたい。
「ナオとガンちゃんか……」
「あと角谷君ですかね」
ジンにもセイバーにも、これという決め手がない。
直史は打率を三割に乗せているが、長打は少ない。それにピッチャーとしての役割が大きい。
岩崎は長打は打てるが、直史よりかなり打率では劣る。ピッチャーとしての役割が大きいのも同じだ。
ならば角谷か。それなりの打率に、それなりの長打力。北村を一回り弱くしたようなバッターになる。
「まあ練習試合の中で探っていくしかありませんね」
セイバーはそう結論付ける。
夏の甲子園はまだ始まっていない。
決勝で白富東に勝った勇名館がどこまで勝ち進めるかも気になるが、それはもう終わったことだ。
既に県大会で敗退したチームは、全て新体制に移行している。
スタメンから北村が抜けただけの白富東は、新チームへの移行という点では恵まれているはずなのだ。
そしてこの時期としてしかありえない、練習試合も組まれている。
相手は千葉県のベスト4にまで残った、トーチバである。
同じ地区の強豪同士が対戦するというのは、かなり珍しいことだ。
なにしろ相手は甲子園を目指す敵同士。それに手の内を晒すということは、本番の県大会では間違いなく不利になる。
だがこの時期の新チームが決まっていない状況だと、これからいくらでも秋の大会までにチーム事情は変化する。
そして甲子園と同じ真夏に行われる練習試合。ガチンコ勝負になることは間違いない。
「春の雪辱だな」
珍しく手塚がそんなことを言った。確かに春の大会では、白富東はトーチバに完敗している。
新体制の移行という以外にも、新たにチームを始動するという点では、良い相手と言えるだろう。
トーチバはその名の通り東名大学の付属校である。
東都リーグの超強豪である東名大の付属私立なだけはあって、野球部専用のスタンド付きグラウンドと、内野練習用のサブグラウンドまで持っている。
さらには室内練習場もあって、白富東も公立としてはかなり恵まれているのだが、やはり名門私立には敵わない。
県下でも東雲と並んで双璧の成績を残しているが、どちらかと言うと上に大学もあるおかげか、トーチバの方が半歩ほど進んでいると言えるだろう。
甲子園が開催し、栄光のグラウンドで各代表が熱戦を繰り広げる直前、白富東はトーチバにお邪魔することになった。
なんと言っても設備が違う。白富東もセイバーがマネーパワーで設備を拡充しているが、さすがにグラウンドをもう一つ作るようなことは出来ない。
トーチバはやや郊外に敷地があり、通学バスを使うと共に、野球部などは寮まであって、生活の全てが野球をすることに直結している。
去年は甲子園にも行っているし、二回も勝っている。まさに千葉県最強のチーム体制と言っていいのだ。今年は負けたが。
ただ圧倒的に恵まれた施設を見ても、セイバーやジンなどはそれほど驚かない。
ジンは有名私立や大学の施設を見ているからであるが、セイバーはアメリカの高校では、これぐらいの施設は普通にどこにでもあるのを見ているのだ。
ただそれでも、高校までの野球のレベルにおいては、日本の方がアメリカよりも優れていると言う。
「アメリカの高校の野球は、あくまでも選択肢の一つでしかないですからね」
それがセイバーが、アメリカではなく日本の高校野球を選んだ理由だ。
実はアメリカのハイスクールでのスポーツ環境というのは、日本より恵まれている場合が多い。
特にベースボールやバスケットボールはそうだ。強豪私立並の設備を、そこそこ大きな高校は備えている。
だが生徒はベースボールだけではなくアメフトやバスケもこなし、またその入部にあたってはセレクションがあったりする。
日本の高校野球も、入部にあたってテストがあったり、そもそもスカウトした部員だけで行っているところもある。
アメリカは体力測定で合格した者しか、その施設を使えなかったりするのだ。
そんなわけでセイバーは、設備やコーチ陣に関しては、さほど脅威とは思っていない。
ぶっちゃけコーチ陣に関しては、白富東の方が上だと思っている。
あとは分析だ。チームとしてはまだ未成熟でも、選手自体の能力は、ある程度把握出来る。
トーチバはおそらく新体制になって、一週間も経過していない。
この試合はおそらく、トーチバの選手にとってはアピールの舞台となる。
千葉県は八月の下旬から県のブロック大会があり、そこで勝ち進んだチームによって、九月から10月にかけて千葉県大会本戦が行われる。
ブロック大会はおそらく勝ち進める。問題は県大会だ。
センバツに行くには県大会を決勝まで進み、まず関東大会の出場権を得る。
関東大会でベスト4に入れば、まず間違いなくセンバツには選ばれる。
だが今年の関東大会は強豪の多い神奈川で行われるため、勝ち進むのは難しい。
ベスト8であっても白富東の公立校としての条件を考えれば、選ばれる可能性は高いだろう。
それに白富東のここまでの成績であれば、県のベスト8以上に入れば、21世紀枠で出られる可能性も高い。
だがここは確実にベスト4に入って、実力で甲子園行きを決めたい。そのためにはトーチバの強さを今のうちに体験しておくべきだ。
それはトーチバにとっても同じことが言える。
そして色々と悩んだ末のスターティングメンバーである。
一番 (中) 手塚(二年)
二番 (捕) 大田(一年)
三番 (遊) 白石(一年)
四番 (投) 岩崎(一年)
五番 (二) 角谷(二年)
六番 (右) 沢口(一年)
七番 (一) 戸田(一年)
八番 (三) 諸角(一年)
九番 (左) 中根(一年)
直史をスタメンのどこかのポジションで使うかとも思ったのだが、直史の意外な打力は秘密にしておきたい。
五回か六回までは岩崎で、そこから直史に継投する。
なお岩崎はそのまま外野に入り、直史は沢口の打順に入る予定だ。
予定は未定である。
四番でエースという岩崎であるが、ずいぶんと出世したものである。
もっとも、ピッチャーにまで打撃を期待せざるをえない白富東の選手層は、非常に薄い。
外野は一応控えがいるが、内野は誰かが怪我をしたら直史が守る必要さえある。
こんな不安な状態で、トーチバとの練習試合は始まった。
先攻は白富東であり、もはや恒例となった、ツーアウトからの大介のホームランが飛び出した。
内野スタンドで応援している、トーチバの生徒やOBにとっては溜め息が洩れても仕方がない。
しかし大介を相手に真っ向勝負というのは、やはり公式戦での対策を考えるためであるのだろうか。
続く岩崎も大きな当たりであったが、センターがバックしてキャッチした。
そして後攻は、初回は岩崎がぴしりと三人で抑えた。
継投と最初から言ってあるので、初回からエンジン全開である。
しかし二回からは、かなり展開が変わってきた。
トーチバの新エース相手に、白富東は凡退を続ける。
逆にトーチバは岩崎の球をそれなりに捉えるのだが、得点にまでは結びつかない。
二打席目の大介は今度はツーベースを打ったが、得点にまでは結びつかない。
やはり事前の想定どおり、シニア時代から組んでいる岩崎とジンのバッテリーは、内野の堅守にも助けられて点を取られない。
だがこれもまた想定どおり、トーチバから点を取るのは大介頼みになっている。
「なんとか追加点がほしいですねえ」
セイバーはのんびりと言いつつ、シーナの方を見た。
「あたしに何を期待してるんですか?」
「私はあくまでデータ屋ですから。こういう場面ではシーナさんの方が詳しいでしょう?」
「そうですね。まあ……まともに打って勝とうっていうのは贅沢なんでしょうね」
「なるほど」
五回を終わって、スコアは1-0のまま変わらなかった。
夏の太陽の下、岩崎はこれでお役御免である。
五安打二四球で無失点なのだから、立派と言えば立派である。
ただトーチバの拙攻に助けられたのは確かだ。
あちらは打線の活用が全く上手くいっていない。
六回の表は、この試合白富東では、唯一ヒット以上を打っている大介にまた回ってきた。
ここも打って本日三安打の一ホームランであるが、このままでは点は入らない。
セイバーは動く。
「佐藤君、代打です」
ここでか。
確かに次の回からピッチャーは交代の予定であったし、岩崎は下げる予定ではなかった。
代打としては沢口のところに出す予定であり、直史の打力は隠す予定であったのだ。。
「まあ今日はもう二打席打ったしな」
その二つとも外野フライであった。飛んだ場所が良ければ、ヒットになっていてもおかしくはなかった。
だが直史の打撃を確認するという意味もあるのだろう。
何度か素振りした直史は、バッターボックスに入る。
わざわざ岩崎を降ろして直史を打席に送ったことの意味を、トーチバは考える。
だがこれは練習試合なのだ。白富東も色々と試しているのだと考える。
初球はボールになる変化球から入ろうと、バッテリーは確認する。
そしてセイバーはジンとシーナに確認してからサインを出す。
大介は前の打席、二塁ベースからピッチャーの動きを見ていた。
クセとまでは言わないが、ピッチングの間合いはなんとなく捉えている。
そんなピッチャーがセットポジションから足を上げるのと同時に、大介は単独スチール。
外角のカーブをキャッチして二塁へスローしたキャッチャーだが、余裕でセーフ。
これで得点圏にランナーが進んだことになる。
バッテリーとしては大介の足を確認した以上、クリーンヒットで一点が入る可能性を考えなければいけない。
ツーアウトなのでランナーは自動でスタートだ。ならば外野は浅く、内野は深く守る。
ワンヒットで一点にはしたくない。
低目を攻めるバッテリーに対し、直史は動かない。
直史のバッターとしての少ないデータも、もちろんトーチババッテリーは頭に入れている。
長打はないが、それなりに打つというものだ。
アベレージヒッターなのだから、外野は前に出て大介のホーム帰還を防ぐことを考える。
そういった相手の思惑は分かっているが、直史は下手に外野の頭を越そうなどとは考えない。
ワンヒットで、大介が帰ってくれることに期待する。
そして変化球を器用に掬った四球目、打球は左中間。センターがやや後退しながら回りこむ。
直接フライをキャッチに行ったレフトは間に合わず、センターがそれをバックアップ。
しかし大介は俊足を活かして、二点目が入るのであった。
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