Ex18 野球の未来 金髪の小悪魔は16球団構想の夢を見るか
第二部終了後に読むことをオススメします。
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元白富東高校野球部監督、山手・マリア・春香。
通称セイバーと言われる彼女は、マネーゲームの天才である。
アメリカ留学の学生期間に株式取引を開始。
卒業して勤めた先が、証券会社などではなく、MLB球団というのが異色と言えば異色であるが、彼女は興行に興味があったのだ。
スポーツ興行に的を絞っていたわけではなく、実は持っている株が球団のものであったため、そこを選んだ。
MLBにしたのは、NBAやNFLと違って、日本人選手の活躍も多いから。
遺伝子的には完全なアイルランド系白人である彼女も、魂は日本人の色に染まっていたらしい。
彼女がそこで従事した職務は、球団選手の年俸査定である。
野球――あえてアメリカ流で言うならベースボールだが、この選手の年俸査定には、膨大なデータが存在する。
観客として見ていた限りでは、ピッチャーであればどれだけ勝ったか、三振を取ったか、取られた点数はどれぐらいだったか。
バッターとしては打率、ホームラン数、盗塁数。そして守備でのファインプレイなどが、評価の対象だと思っていた。
だが実際は違った。
ピッチャーに関してでも、もちろん勝利数、奪三振、防御率は大きな目安にはなる。
だが問題はそれに加えて、セイバー・メトリクスなどでの評価がある。
たとえばWHIPという数値がある。これは簡単に言えば、平均で一イニングにどれだけのランナーを出したかというものだ。
エラーによる出塁は除外されるが、これが小さければ小さいほど、投手としての力量は高いとされる。
しかしホームランによる一打による失点や、野手の能力によるファインプレイのアウトなどもあるため、これが本当に有効であるかの議論はまだ多い。
あるデータサイトではこれは投手の評価に用いるべきではないとも言われているが、ランナーを出さないことが重要なショートリリーフの投手などには、かなり有用な評価基準と言ってもいい。
ピッチャーには他に、フォアボールをどれだけ出すかと、三振によるアウトがどれだけ多いかも、重要な査定要素だ。
なぜならフォアボールは野手のエラーもファインプレイも関係ない、ピッチャーによる出塁であるし、三振は逆に、野手に頼らないアウトであるからだ。
四球が少なく奪三振が多いピッチャーは、それだけで優れているのは間違いない。
あとはこれに、完全に野手の力が及ばないという点で同じの、被本塁打も合わせて考える、DIPSという数値も存在する。
それとこれは総合的な評価になるが、QS率というのも存在する。
六回までを投げて、三点以内に抑えるというもので、先発投手の評価基準だ。
これは一般的に、六回までを三点に抑えるなら先発としては合格というもので、完全に結果基準の数値である。
バッターの評価基準で一番重要と言われるのは、OPSだという。
これは出塁率に長打率を足したもので、現在では打率よりも重視されたりもする。
なぜならヒットで塁に出るよりも、ホームランで確実に一点を取る方が、より重視されるからだ。
そして以前は打率というヒットで出塁していたものが、四球を選んで出塁するのと、同等の扱いとなる。
単打で出ても、ヒットで出ても、ランナーになるのには変わらない。
得点機会の創造という考えでは、確かに同じこととも言えるのだ。
そして得点機会ではなく、明確に得点となるホームランは、より高い評価を得る。
セイバーは数字が好きである。
そしてその数字の分析も大好きであるが、ここで困ったことが起こる。
セイバー・メトリクスなどによる、シーズン中の評価は、確かにデータ量が豊富で貢献度の算出も簡単であるのだが、ポストシーズンの成績もこれで評価していいのかという問題があったのだ。
数字上のオカルトと思いたいが、選手の中には明らかに、チャンスやピンチに強い選手というのがいる。
そしてシーズンを圧倒的な成績で勝ったチームが、ポストシーズンでは敗北し、ワールドシリーズ優勝を逃すことがあるのだ。
セイバー・メトリクスはあくまでも全体の数を見た、選手の評価値と考えるならそれも仕方がない。
だがここにはまだ数値化されていない何かがあるのではないか?
セイバーはMLB以外の他のスポーツに関しても、調査を開始した。
アメリカ四大スポーツのうちの、NFLとNBA。
そして世界的に最もメジャーと言えるサッカー。
結論は出た。計算するための何かが足りない。
他の三つのスポーツは、その中に陣取り合戦の要素がある。
だが野球だけは攻撃と守備が交互になされるため、その要素がないのだ。
陣を取る。
これが野球でどういう意味かを判定できれば、そこから何かの数値は出そうだ。
それとNBAと比べた場合に思ったのが、優勝するようなチームの勝率の高さだ。
野球は各種成績の数値と比べても、運の要素が強い。
圧倒的な能力を持つピッチャーでも年間を通じればそれなりに負けるし、優れたバッターでも四割は打てない。
鋭い打球でも野手の正面であれば捕球されるし、ヒットの数が倍でも負けたりする。
ワールドシリーズなどの短期決戦で、どうやったら確実に勝てるか。
そのワールドシリーズにしても、一試合で勝ち抜きや優勝が決まるわけではない。
本当に一試合で命運が決まるような舞台はどこか。
そう考えていたセイバーが辿り着いたのが、日本の高校野球であった。
選手は三年間、二年と四ヶ月ほどしか使えずに、次々と新戦力を入れていく必要がある。
それに短期間で勝利のメソッドを叩き込み、実際に結果を出すことは可能か。
そう思い立ったセイバーはその頃、語学力を理由に査定だけでなく、日本人選手の契約における通訳も務めていた。
そこで深く話をする機会があったのが、大京レックスのスカウトマンである大田鉄也であった。
彼は高校や大学のアマチュア選手だけでなく、それよりも下の中学生の才能にまで目を向けている。
はっきり言うとせっかく育った選手がぽんぽんアメリカに行くのには、苦々しい思いを抱いていた人物だ。
そんな彼に、日本の高校野球に携われないかと聞いてみた。
「んなもん、無理に決まってるだろうが」
回答は非情だが、シビアなものであった。
日本の高校野球というのは、大金が動く。
一般的な公立の、二回戦程度で負けるチームならばともかく、上を目指すようなチームに、そんな素人が口を出す隙はない。
「お金も出していいんですけど」
セイバーの資産はこの時、有価証券の時価総額などを合わせると、200億を超えていた。
既に収入の面では、人生の勝ち組が決定していたと言っていい。
世の中には金で買えないものも多いが、金さえあればその代替になるものはいくらでもある。
セイバーの要求するのは、投打に一枚それなりの選手が揃っていて、一回戦負けはしない程度の守備力があり、グラウンドなどの設備投資をする余地があるチームだ。
加えて自分のやり方を通せるチーム。
最後の条件がやたら厳しく、そんなチームはあるわけないだろうというのが、鉄也の意見である。
具体的なトレーニングメニューなどは、アメリカからからコーチスタッフを招けばいい。
実はアメリカは、高校の段階から既に、チームに入るにはフィジカルの数字を要求する場合が多い。
基本的にそれをやりたいと思えばやれる日本の高校野球とは、そこが違うのだ。
セイバーの要求を満たすようなチームとは、最近の成績が落ちてきた元名門の私立などになるのだろう。
設備が揃ってはいるが老朽化しつつあれば、手をいくらでも入れられる。
そして監督や部長が教職員であり、あまり部活動にまで熱心に入れてないことが望ましい。
だがこんなチームに、投打に一枚使える選手がいるのもおかしいだろう。
やはり無理なのか、とセイバーが諦めかけていたとある春の日、鉄也から連絡があった。
そしてセイバーは白富東高校とめぐり合う。
白富東高校の監督に就任したセイバーは、とりあえずコーチングスタッフも揃えて、技術的な指導は完全に任せてしまった。
そこから彼女が知識を仕入れいていくのは、高校野球だけではない。
就任して最初の夏、彼女は印象的な敗北を二つ見た。
白富東の県大会決勝の敗北と、春日山の甲子園決勝の敗北である。
高校野球は明らかに、平均的な強さでは勝てない。
これはスポーツではあるのだが、一般的な他のスポーツとはかなり違いがある。
次の年の夏、史上最強とも言われた大阪光陰に勝ち、しかしながら決勝では大逆転負けを喫した。
ここから雪辱を果たすことを考えるのなら、セイバーは指導者だったのだろう。
だが彼女は本質的には経営者であり、数字のバグをどうにかするのには向いていない。
やはり膨大なデータから勝率を導き出し、ペナントレースを制するのが、自分には合っているのだ。
短期決戦には、それに向いている人間に采配を任せるべきだ。
あとはシーズン中はすぐに故障するような選手でも、短期決戦では使いやすい。
そんなことを考えている間に、セイバーは久しぶりに欲望がうずくのを感じた。
自分のチームがほしくなったのである。
そしてそれと共に、日本の野球が抱える根本的な問題にも気が付き始めた。
競技人口の減少である。
サッカーやバスケが一般的になると、そちらへの才能の流出も当然ながら大きくなる。
バスケはまだいいが、サッカーは問題だ。
プロが存在するというのもだが、世界中でメジャーなスポーツであるため、受け皿が多い。
チームの数も多く、一部と二部の入れ替えなどにより、健全な新陳代謝が起こっている。
野球は観客動員数こそ増えているが、競技人口の減少は将来的なファンの減少につながる。
ユースなどが野球にも存在するなら、それを活用することが出来る。
だが日本の社会人野球や独立リーグ、クラブチームは明らかにそれとは違う。
MLBの既存球団において、経営陣の一角として参加することも考えはした。
だがその時点で既に、セイバーは日本の高校野球に心を囚われてしまっていたのだ。
日本の高校野球の問題は、公正性を考えすぎたため、プロとの接点が少なくなってしまったことにある。
もちろんそれだけではないが、それも一つの問題であるのは確実だ。
あとは高校以前の中学などの問題としては、学校の部活動に対し、リトルシニアが存在することだ。
このリトルシニアが、せめてプロ球団とつながりがあるなら、まだマシだったのだ。
しかしプロによる技術指導が行われたりはするが、シニアからは高校へと選手は進み、そこからプロ入りや大学進学という選択になる。
「甲子園が存在することでレベルが高くなるのはいいんですけど、甲子園のせいで高校野球が歪に大きくなりすぎてるんですよね」
「まあ、それはそうだな」
セイバーと相対するのは、鉄也であった。
どこにでもある居酒屋で、秘書の早乙女を加えた三人で、日本のプロのみならず野球界全体の話をする。
セイバーがまず考えるのは、プロにおいては球団を増やすということだ。
もっともこれは採算の問題や、交通機関の問題、球場の問題もあるため、数年がかりの話になるだろう。
幸いと言ってはなんだが、プロ野球界の重鎮の中にも、16団構想に賛成してくれる有力者はたくさんいる。
それにこれは選手にとってもいいことなのだ。
現在のプロ野球の問題の一つとして、育成契約というものがある。
支配下登録にない選手のことであって、契約はしないが球団の傘下にはあり、いずれ支配下登録され、そして一軍を目指すというものだ。
だがこれは正直なところ、機能している球団と機能していない球団の差が大きい。
それに色々と制約があるため、チャンスをもらえることも少ないのだ。
色々と考えて、セイバーはまず、オーナーになれるような人間を探した。
これは極めて多く、プロ野球のブランドイメージがまだまだ強いことを実感した。
問題は現在のコミッショナーとの意見のすり合わせであるが、少なくとも明確な反対でないことは言質を得た。
だが問題は選手がちゃんと集まるか、観客がちゃんと集まるか、スタッフがちゃんと集まるか。
赤字続きで続けられるほど、球団経営は甘くない。
中にはむしろ、各地の独立リーグを整備して、プロ野球を二部制にするべきではという人間もいた。
ただしそれは他の既存球団から、全て反対の反応を受けることになる。
全体のパイを拡大して、既存の球団への影響を小さくしなければいけない。
「今のところほぼ確定が新潟と愛媛の二つですね。この二つは球場もあるし、オーナーも理解を示してくれています。スタッフの育成は今後五年以内を目標に考えていますが」
「新潟は顔として上杉を引き抜きたいよな」
「まあ神奈川が普通に手放すわけがないので、FAを待つことになります。それまでの時間で少しずつ体制の準備はしますが」
「愛媛は独立リーグの吸収を考えてるのか?」
「それもありますけど、愛媛はなにしろ野球熱が熱いですから。立派な球場もありますし」
「で、沖縄は断念したのか?」
「まあ物理的に不可能と言われたので」
沖縄の野球熱もかなりのものがあるし、毎年プロがキャンプを張っているということもあって、球団誘致に関してはかなり好感触であった。
オーナーも自身は東京に住みながら、地元の沖縄に球団が出来るなら、雇用の促進という面でも素晴らしいと、他の人もかなり積極的ではあったのだ。
しかし致命的な問題があった。台風が直撃したらどうするのか、という点である。
他の球団がなんだかんだ言って鉄道を使えるのに対し、沖縄は飛行機か船である。
それに観客にしても、他の都道府県なら周辺からも観戦に行けるのに対し、沖縄はあまりにも遠すぎる。
まさに物理的な理由によって、沖縄は除外されたのである。
現在残っている候補は、茨城、京都、熊本、鹿児島の四つである。
このうち茨城は埼玉と客層を食い合う可能性があるので、あまり有力ではない。
京都も大阪と食い合うではないかという意見もあるが、人口的にはもう一球団はあってもおかしくはない。
熊本と鹿児島は、独立リーグなどもあるし、九州の人口から考えると、どちらかには絶対にほしいのだ。
もっともほぼ全ての球団社長は、チームの増加には難色を示している。
試合数の大幅増加は難しいので、地元での開催される試合は少なくなる。
そうすれば球団の収益が悪化するのは当然で、日本野球界の将来などよりも、数年後の減収を考えるのは経営者として当たり前のことだ。
だがそういった者も、野球選手の受け皿を増やすこと自体には反対ではなかったりする。
16球団構想は、いずれは実現する。
だがそのためには、先に裾野を広げる必要がある。
あるいは先にどちらかのリーグだけを増やして、段階を踏むことがあるかもしれない。
そしてこの構想の問題は、せっかく球団を増やしたとしても、本当のスーパースターはメジャーを目指してしまうということだ。
上杉のような選手は稀であり、はっきり言えばより年俸の高くなりそうな舞台で己の力を発揮しようというのは、人間にとっては自然なのだ。
ぶっちゃけセイバーとしては、体の小ささから侮ったMLBのピッチャーたちが、大介にホームランを打たれまくる姿というのも見てみたいのだ。
だが全て、まず目の前の一歩から。
セイバーは酒の力も借りて、己の脳内に未来を夢見る。
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