Ex17 白富東高校野球部・裏の軌跡7 どの球団?

 第三部十一章前後のお話です。


×××


 後にSS世代と言われるこの世代は、二人の傑出した選手が代表として挙げられる。

 一人は白石大介。お世辞にも恵まれているとは言えない体格ながらも、打撃のあらゆる面において傑出した、不世出のスラッガー。

 そしてもう一人は同じチームの佐藤直史。ピッチャーとしては決して剛速球を投げるわけではないが、不世出の記録を残したという点では同じである。

 この二人は既に高校二年の春には、進路について話が出始めていた。

 それが決定的になったのは、二年の夏の活躍と、ワールドカップでの傑出しすぎた実績である。

 世界の野球で、二人は有名人なのだ。


 直史は一度も、進学以外の選択を示したことはない。

 最初は地元の国立大学を考えていたし、その後も有名私立への特待生と変わったが、進学という点では一貫していた。

 一方の大介は、当初はやはり進学を考えていたのだが、その後の活躍から、プロへと志望を変えた。

 この変化には母親はあまりいい顔をしなかった。それはそうで、大介の父もプロに進みながら、ブレイクしたと思った瞬間に、事故で選手生命を失ったのだから。


 それでも大介がプロへと進む決心をしたのは、祖父の言葉があったからだ。

 大介の活躍をテレビで見ることを何よりも楽しみにしていた祖父は、彼が二年の秋に亡くなった。

 その祖父が娘に、つまり大介の母に言ったのだ。

「男っていうのは、どうしても挑戦したいって時があるんだ。その背中を押してやれ」と。

 ぶっちゃけ入学当初はそれなりだった成績が、部活に力を入れ始めてから急降下したのも、母が諦めた理由の一つであろう。


 二年の秋からは、もう大介は明確に、プロを意識し始めた。

 次の年のセンバツ出場を当確させた時には、もう連日とも言える球団スカウトの視察の姿があった。

 そんな様子を見て、溜め息をついた者もいる。

「やっぱりこうなったか……」

 大京レックスのスカウト、大田鉄也である。




 プロのスカウトの中で、一番早くに二人の才能に目を付けたのは、間違いなく大京レックスの大田鉄也である。これは単純に、彼の息子が二人と同じチームであったという偶然からのものだ。

 高校一年生の春には既に、二人は鉄也の目には、才能の原石として映っていた。

 いや、あの時既に、原石よりもしっかりした輝きを放っていたと言うべきか。


 しかし地元のスポーツ推薦もない公立進学校と思っていたら、興味を抱いた関係者が手を出し始めた。

 山手・マリア・春香。通称セイバーと呼ばれた金髪の女傑は、設備と人を揃えて、二人を完全に全国のスカウトの目に晒してしまった。

 二人は二年のセンバツにおいて既に、三試合で五ホームラン、ノーヒットノーランという実績を打ちたてていたが、戦力が厚みを増した二年の夏から、完全にチームとして強くなった。

 春の関東大会では優勝。そして夏にはそれまで甲子園三連覇を果たしていた大阪光陰にも勝ち、あと一歩で優勝というところまで進んだのだ。


 そしてこの夏の大会では、直史は参考パーフェクトのノーヒットノーラン、大介もホームラン数歴代一位という、とんでもない実績になってしまった。

 ここまで明らかになってしまえば、誰が先に目を付けていたかなど関係ない。

 どのスカウトだって、この二人を欲しいと思うのだ。

 それでも直史は球速、大介は体格を理由に、プロでは通用しないのではという意見もあった。

 だが二人はその年に行われたU-18のワールドカップで、豊作と言われた三年生を上回る数字を残してしまった。

 特に大介の方は、毎試合伝説を作るようなパフォーマンスで、世界中にその存在を知らしめた。

 ストップ高と言うのも例えが相応しくない、非常識な成績が、評価されることとなった。


 またネット配信での視聴により、日本の高校生にはこんなとんでもない選手がいると、アメリカのMLBでさえ話題に上り、どうにか獲得出来ないかという声が上がっていた。

 そんな大介の去就が話題になるのは当たり前であり、最後の夏を前に、既にどの球団が好きか、という話題にはなっていた。

 ちなみに大介は中学まで東京生まれの東京育ちであるので、普通に巨神の浅いファンである。

 強いて言うならということで、千葉に住み始めてからは、普通に地元の千葉を応援している。


 マスコミの中にはもうオブラートに包まずに、どの球団へ行きたいかと聞いてしまう者もいる。

 秦野も多少は注意していたのだが、大介も素直に答えてしまうのだ。

「神奈川以外のセ・リーグで、出来れば在京球団ですかね。在京かパかどちらかを選ぶなら……セ・リーグかなあ」

 大介の意図は一つしかない。

 プロで上杉勝也と戦いたい。これだけである。




 直史は全くプロには興味がない。

 正確に言うと野球で生活していく自分が想像出来ないのだ。

 まだしも社会人野球ならとも思うが、それなら別に地域のクラブチームでもいいのである。

 野球自体はぼちぼちと、草野球でも楽しむかという、自己と他人の評価が全く一致しない人間である。

 現実問題として目指す職業に就くには、大学で野球ばかりやっているわけにはいかないのである。


 そんな直史を一番高く評価している者こそ、大介であろう。

 直史とは部内の紅白戦で勝負することもあり、それなりにヒットは打てる。

 だが決勝点となるホームランだけは許さないし、試合には勝ってしまう。

 勝負に負けても試合で勝つ。それが直史の優先順位だ。


 それに大介は時々、部内での紅白戦は、直史はある程度打たれるように投げていると思っている。

 完全に封じることは、世界の強打者と対戦してきた直史にとっては、それほど難しいものではないだろう。

 だがそれをしてしまうと、バッターの心を折ってしまう。

 武史はたいがい手加減を知らないと言うか、手加減の下手なピッチャーであるが、直史はその真逆だ。

 公式戦での調子を整えるために、バッティングピッチャーとしても献身的に投げる直史は、打たせようと思えば打たせられるし、打たせまいと思えば封じられるのだ。


 最も認めてはいるが、プロでは対戦しないであろうと思うので、大介としてはジンと並んで、質問するのに丁度いい相手である。

「なあ、もしもナオがプロに行くなら、どの球団がいい?」

 練習中の休憩時間に、何気なしに大介は問う。

 直史の正確な答えは「どこも嫌」なのであろうが、それでも少しだけ考えて答える。

「千葉」

「……近いからか?」

「ああ」

 これである。


 直史がプロを視野に入れない根本的な理由は、ここにあるのではないかと思う。

 惣領息子として、佐藤家の家を守る。前時代的とも、保守的とも言える考えだ。

 何かがあれば実家に戻らなければいけない直史は、だから地元の公務員を就職先に考えていたのだ。

「そんじゃ俺が入るとしたら、どこがいいと思うよ?」

 そこまでプロ野球には詳しくない直史である。ただプロのピッチャーのピッチングは参考にすることが多いため、ある程度は推測出来る。

「セならタイタンズかレックスだろ」

「ほほう。まあ俺の志望とも同じだけど、理由は?」

「ホームランが出やすい球場だからな」

 なるほど。


 大介は器用にヒットを打つことも出来るが、基本的にはホームランバッターである。

 ならばホームランの出やすい球場がホームの球団の方が、成績は残しやすいだろう。

 反対に中京はオススメできない。NAGOYANドームは最もホームランが出にくい球場として有名だ。

「ただ大介の場合は、フライ性のホームランじゃなくてライナー性のホームランが多いから、これも当てはまらないかもしれない」

 甲子園が球場の広さの割りにホームランが出にくいのは、風の影響があるとも言われている。

 ちなみに白富東が一番多く使っているマリスタも、かなりホームランの出にくい球場だ。


 だが大介は、金属バットを使っていたとはいえ、甲子園で場外ホームランを打った、ただ一人の打者である。

 こいつを普通のバッターの基準で考えていいのかという疑問は、確かにあるのだ。

「ガンはどこに行きたい?」

 岩崎もかなりのスカウトの視線を向けられている。

 高卒から即プロ入りか、大学を経てからプロに入るかは、正直迷っているところだ。

「……俺も在京球団かな。正直甲子園より西とか宮城より北とか、生活の実感が湧かない」

 岩崎に注目しているのは、在京球団が多い。

 それに加えて、人間関係の面でも、出来れば関東圏から出たくはない。


 あとは順位縛りというものがある。

 ドラフトの何位までに志望されれば行くが、それ以下だったら行かないというものだ。

 これはプライドの問題とか注目度の問題ではなく、純粋に上位指名された方が、機会も与えられやすく、首を切られる時も若い者は後になる。

「三位までには指名してほしいかな……」

「どうかな」

 ドラフトについてこの中で最も詳しい人間は、当然ながらジンである。

 なにせ実の父が、現役のプロ球団のスカウトだからだ。


 ドラフト人事の最終的な決定権は、現場ではなく球団の編制が持っている。

 だが球団によっては現場の意見を尊重したりもするし、監督の意見が強いか弱いかも考えられる。

「ガンちゃんは正統派のピッチャーで、基本的には先発型。それでローテーションを任せられるようなピッチャーがどこもほしいわけで、あとはチーム事情によるかなあ」

 現場の意見としては、ほしいのは常に即戦力である。

 だが球団として見た場合、若手が育ってきている場合は、数年後に戦力になりそうな高校生を取ることを優先するかもしれない。


 岩崎はピッチャーとしての基礎は、ほぼ固まっている。

 あとはその上限を、少しずつどこまで伸ばしていけるかだ。

 他には新球種である。甲子園には間に合わないかもしれないが、スプリットが使えるレベルに達していれば、さらに投球の幅は広がる。

 セイバー・メトリクスのトラッキングから筋量まで確認してあるので、おそらく現在の練習が、プロに行っても一番合っているだろう。

 ジンとしてはシニアの段階では、岩崎がプロに行くほどまでになるとは想像していなかったし、行くとしても大学を経由して飛躍的な成長が必要だと思っていた。

 だが今の岩崎なら確かにプロでも通用すると、ジンの父である鉄也も言っていた。




 プロに行くであろう選手は二人だけだが、ベンチ入りする三年生は、実はほぼ進学先は決まっている。

 シーナも推薦ではあるが、既に内々定は出ているし、ジンなどは準特待生枠での進学が、内定しているのだ。

 白富東の三年生で、ベンチ入りしているのは鷺北シニアのメンバーである。

 県大会や練習試合ではスタメンで使われることも多いため、大学関係者から声をかけられることがあるのだ。

 あと実は、ジンの父からのコネや伝手もあったりする。

 最低限の学力は考査されるが、主に関東圏で決まっている。

 一応甲子園終了後にセレクションは受けるが、ほぼ決まっていると言ってもいい。


 決まっていないのは目の前の甲子園に集中したいと言っている岩崎と、特殊な事情で受験もしなければいけない直史だけだ。

 もっとも直史の場合は、スポーツ推薦ならぬ普通の推薦でも、合格するだけなら合格する。

 ただ特待生としての扱いを受けるために、勉強もしているというわけだ。

 ちょっと特殊なのは諸角で、学校推薦で国立大学への入学が内定していたりする。


「やっぱ福岡か巨神が給料はいいんじゃね?」

「チームが強くないと、自分の成績も上がらないだろうしな」

「せっかくなら中継が多い球団に行くとかさ」

「や、でも巨神はFAでの戦力獲得が多いから、生き残りが難しいとか聞くぞ」

「でもあっこは生え抜きはなかなか切らないんじゃないか?」

「あとは育成枠あるとこも、下克上激しいとか聞くな」


 色々とチームメイトは言うが、自分たちが大学で活躍してプロにまで行くとは思わない。

 あるとしたらジンである。DH制があって投手のところにバッターを入れられるパ・リーグでは、キャッチャーへの打撃の期待はそれほど大きくない。

 ただジンの体格や筋量、そして打撃センスが弱点であり、何より本人が監督をやりたがっているのだ。


 高校野球の監督は、ある意味ではプロの監督よりも裁量が大きい。

 自分で選手を探して、鍛えて、勝つ。これをジンはやりたいわけだ。

 そのために大学では、念のため教職員免許も取ろうと思っている。




 大介の進路は、本当にどうなるか分からない。

 神奈川だけはと言ってはいるが、相手が指名してきたならば、どうするかは決めていない。

 今更大学に行くのも、勉強がアレなので難しく、社会人野球に進めばプロへの道は三年間遠ざかる。

 独立リーグという手段もあるが、それは野球浪人よりはマシというレベルでしかない。


 大介の獲得を諦めるなら、今年もいい選手は揃っている。

 ピッチャーの補強が必要ならば、上杉弟、城東の島、花巻平の大滝あたりは、かなり傑出したピッチャーだと言える。

 バッティングに関しては大介が突出しすぎているが、聖稜の井口なども評価は高い。


 また高校生だけでなく、大学生や社会人に目を向ければ、それなりに評価の高いピッチャーはいる。

 大学の選手権で成績を残した選手、社会人野球でも、ピッチャーだけならず野手としても、素晴らしい選手は毎年出てくるのだ。

 だが、大介はショートである。

 内野の中でも運動量が多く、視野が広くないと務めらないショートとして、ファインプレイを連発する。

 ショートというポジションはピッチャーとキャッチャーの次ぐらいには大事なポジションで、しかも抜群に打てる選手なのだ。

 これを獲りに行かないという選択肢はあるのだろうか。


 最後の夏を前に、選手たちは完全燃焼しようとしている。

 だがその先にも、野球の道は広がっているのだ。

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