Ex14 白富東高校野球部・裏の軌跡4 最後の応援1

 第三部最終章122話を読んでからお読みください。


×××


 夏の女子高校野球選手権大会が終了した。

 決勝は昨年と同じく、埼玉新栄高校と、聖ミカエル学園の戦い。

 そしてここでもまたスコアは、去年と同じく1-0で新栄高校が優勝した。


 聖ミカエルの最強投手にして最強打者、権藤明日美はこの試合無安打に終わり、ピッチングでは七回の21個のアウトを、15個の三振で奪った。

 聖ミカエル側は、打ったヒットは神崎恵美理の一本と完全に抑え込まれたが、打たれたヒットも一本と、本当なら負けるような内容ではない。

 それでも負けたのは、選手層の薄さから。

 外野フライを捕球したライトがフェンスに衝突して脳震盪を起こし、その場でドクターストップ。

 選手は九人、念のため選手登録もしていたマネージャーがライトに入り、試合は再開。

 この日、明日美が外野まで飛ばされたのは三度だけであったが、その三度目が、代わったばかりのライトへと放たれた。

 フライを捕る練習をしていなかった素人が、それを捕ることは出来ない。

 完全な万歳エラーで点が入って、これが決勝点となった。


 決勝まで全ての試合を投げぬき、自責点は0という権藤明日美は、優勝できなかった部分も含めて、女上杉と呼ばれた。

 もっとも本人はさっぱり笑って、最後のエラーをしたチームメイトの肩を抱いて整列したが。

 かくして明日美の二度目の夏は終わり、即ち恵美理の二度目の夏も終わったのである。

 一応野球関連では、夏休みの後半にまたイベントがあるのだが。




 夏休みが、長期休暇が嫌いになったのはいつからだったろう。

 いや、別に今でも、休み自体が嫌いなわけではない。

 明日美に会えないのが寂しいのだ。

「暇……」

 怠惰にベッドに横たわり、恵美理は呟く。

 寮生である恵美理は、長期休暇中は基本的に実家に戻る。

 ここしばらくは明日美が来てくれたり、明日美の家に泊まったりしたのだが、今年は久しぶりに両親がそろうので、予定を空けておいたのだ。

 しかし父がまたイギリスに行ってしまえば、やはり暇と感じるのは仕方がない。


 ちなみに他の女子野球強豪校は、普通に練習をしている。

 聖ミカエルの選手が、才能だけで野球をやっていると言われる所以である。


 テレビを点けてみれば、ちょうど甲子園などをやっている。

「ん?」

 音声だけを聞いていた恵美理だが、ぐるんと回転する。

 画面を見れば、あのありふれたユニフォーム。

「一年なのに、投げてるのね……ってそれは明日美さんもだけど」

 画面の中ではトニー・健太郎・マローンが、六回を投げ終わった頃だった。


 同じ部員でも勘違いしている者が多いが、恵美理は根っからの野球好きというわけではない。

 ただ明日美がやっているから自分もやっているだけで、そして明日美を勝たせるために、色々と勉強しているだけだ。

 だが白富東に関しては、当然ながら扱いは違う。

 日本一のチームが、主力を数枚抜いたとは言え、女子のチームと試合をしてくれたのだ。

 それに今日は投げていないようだが、白富東には明日美の投球を見たときに、参考になるピッチャーがいた。


 既に大差で勝っているこれは、アナウンスによると準々決勝進出を賭けた試合。

 そして七回、白富東のマウンドには、佐藤武史が登った。

「やたっ」

 小さめの声で叫び、ガッツポーズを取る。


 明日美のボールを受けるキャッチャーとして恵美理が意識した投手が二人いる。

 一人は上杉勝也。言わずと知れた、日本野球界の至宝。

 プロ二年目にして既に伝説となりつつある、ストレートだけでプロ野球で簡単に三振を取る姿は、まさに圧巻。

 そして高速チェンジアップを使うと、手がつけられない。

 ストレートとスプリットだけの明日美に、似てなくもない。


 そしてもう一人が、この佐藤武史だ。

 彼も明日美と似たところがある。

 それは、フォームが変化するということだ。


 センバツの試合、簡単に三振を取っていくその姿で、初回と最終回近辺を比べていて偶然に気付いた。

 序盤から終盤に向けて、少しずつフォームが変わっていったのだ。

 明日美の場合は一球一球がフォームが違うので、その意味では似ているわけではない。

 しかし同じ試合の中で、フォームが変わっていくので打ちにくいのだと、恵美理は直感した。

 その直感は間違ってはいない。




 大差で試合は終了したが、武史のピッチングは圧巻だった。

 150kmというスピードは、女子野球の世界では当然ながら未体験である。

 三イニングを投げて、ヒット一本と四球一つ。

 明日美に似ているが、おそらくあれが明日美の目指すべき未来の姿なのだろう。

 フォームなどは下手にいじらないほうがいいとも言われたが、恵美理もそれなりに考えるのだ。

 明日美のフォームはもっとコンパクトにして、使うスタミナを減らすと共に、もっとコーナーに投げ分けられるようにするのだ。


 けれどやるのは明日美だ。

 やると決めたらいくらでも付き合うつもりの恵美理であるが、自分から言い出すのは勇気がいる。

 それにこの夏は、まだ一つ大会が残っている。

 聖ミカエルから参加するのは自分と明日美だけだが、日米に韓国と台湾の四カ国からなる、女子野球のリーグ戦である。

 本当なら今年から大々的に、世界の女子高校野球選手を集めて行いたかったらしいが、さすがに会場や組織の手配が間に合わなかった。

 来年、自分たちが最終学年の年に、世界中の女子高校野球選手を集めて、大きな大会をするらしい。


 あのイリヤが動いていたのだ。

 彼女は音楽家であるが、周囲を動かしてしまう力にも長けている。

 日本チームのエースは、もちろん権藤明日美になるだろう。

 その余りで、自分も呼んでもらえそうではある。


 神崎恵美理は、まだ自分の才能に気付いていない。




 その時、歴史が動いたわけではないが、恵美理のスマホが震動した。

 何も用がなくても話したい、明日美からのメッセージ。

『今話せますか?』

 音速で恵美理は電話をかける。


『はい、明日美です!」

「明日美さん、メッセージ見たのだけれど」

『うん、あのね恵美理ちゃん、18日から22日までって予定ないかな?』

「ないわ」

 あっても明日美のためになら空ける。

『それじゃあ一緒に、甲子園に行かない?』

「行くーっ!」

 コンマ一秒もなく、返事をする恵美理であった。

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