Ex13 魔女と双子の歌姫2 双子の日常

 時系列的にはかなり早い、二年目、夏の大会前あたり


×××


 朝の気配がして目がさめる。

 並んで寝ていたベッドは、当然ながら陽光の入り具合が違い、今日はたまたま椿が先に目を覚ました。

 隣には自分の半身である桜が、自分と同じ半裸で眠っている。

 お互いの体温を感じあいながら眠る。まあ問題になることではない。


 寝顔を視線に晒すと、ぴりっとした電気が走る。

 桜はそれに反応して、ゆったりと目蓋を開いた。

「おはよ~」

「おはよ」

 まだ眠そうな桜に、椿は顔を近づけてキスをした。

 ゆっくりと一度舌を回すと、それでズレが修正される。

 記憶と感覚の共有。いつものルーチン。

 双子は珍しくもバラバラな動きで、身だしなみを整えだした。




 日曜日もまだ朝早いというのに、二人の兄は既に出かけているらしい。

「お兄ちゃんは?」

 父が畑を手伝っているため、家に残っているのは母だけである。

 ご飯と味噌汁にサラダを添えて、納豆をぐいぐいと回しながら問いかける。

「図書館に行くって言ってたけど、武史の方は女の子と出かけたみたい」

「女の子?」

「ええ、バスケットボールの」

「ああ~」


 それで二人には分かった。中学時代わずか一ヶ月だが、同じ部活にいた少女。

 二人が先輩たちのチームをギタギタにして再起不能なぐらいにダメージを与えた試合で、ほとんど唯一味方をしてくれていた同級生。

 あの後女子バスケ部は随分と風通しが良くなり、彼女ももう一度やろうと誘ってくれたのだが、もう興味が持てなかったし、興味を持ってもやってはいけないと知った。

「オカリナか~」

「タケのやつ、気付いてるのかな~」

「いや無理でしょ」


 そんな双子の会話を聞いて、洗い物を取りに来た母がぐいと顔を寄せる。

「武史の方、そういう話なの?」

 この母は圧倒的に、長男よりも次男の方を可愛がっている。

 色々な事情を知っている妹としてはもどかしく思うこともあるが、分からないでもない。それに母親の分の愛情は、祖母や自分たちが注いでいる。

 もっともそれも、そろそろ必要なくなってきたようである。

「あいつそれなりにモテるし、鈍いわけでもないのに、気付いてないんだよね」

「え、どんな子、どんな子」

「同中の女バスのキャプテンしてた、身長170cmある子。ちなみに中学時代のモテランキングでは、男子生徒をぶっちぎって一位だった」

「ああ、同性にモテるタイプの子ね」

 うんうんと頷く母は、なんだか楽しそうであった。


 双子は別にこの母が嫌いではない。

 ただ、どうして自分が、こんなにも普通の存在から生まれたのか、時々不思議には思う。

「タケはともかく、お兄ちゃんの方はいいの?」

 その問いに母は、少し困ったような顔をした。

「直史は、全部自分で決めちゃってから言ってくるからねえ。相談なんかもお爺ちゃんとお婆ちゃんの方が向いてるみたいだし」

 母ももちろん、直史を嫌っているわけではない。ただ直史は内孫の長男として、祖父母に一番可愛がられているのだ。いや、可愛がると言うよりは、特別視しているというべきか。

 それでも母が、いざとなれば家を継ぐとかどうとかは考えず、ここから出て行ってもいいというぐらいに父と話しているのは知っていた。


 双子達にとっても、直史は特別だ。

 少し前まではどうにかして、兄であっても結婚できないかと考えていたぐらいなのだ。

 残念ながら世界には、重婚を許可する国はあっても、兄妹婚を許可する国は無い。

 それでも二人は出会えた。自分たちを両方受け止められる人間に。

「そういうあんたたちはどうなの? 折角可愛く産んであげたのに、全然浮いた話は聞かないけど」

「好きな人はいるよ」

「大介君にお嫁さんにしてもらうから」

 そんな双子の言葉に、ああと母は苦笑いする。


 白石大介。息子たちと同じ野球部に所属している。いかにも少年らしい少年だった。

 明るくて、けれど少しがさつ。あまりこの年代の女の子にはモテないタイプと思っていたのだが、双子の評価は違う。

「あなたたち二人を、同時に受け止められるならいいんだけどね」

「仕方ないよ。二人同時なんて、普通は無理だし」

「でも二人一緒にいないと、私たち死んじゃうし」


 双子の言葉は、彼女たちがこの世界から異物として認識されているかのように思える。

 この二人は、一緒にいなければ生きていけない。

 以前にあった事故で、それは分かっている。精神的なものや抽象的なものではなく、単なる事実として。

「そんなに好き?」

「運命だよ」

「運命だね」


 この二人は普段は散文的な思考をする割りに、大事なところでは感覚的になる。

 そしてそれを納得してしまうところが、この二人の恐ろしいところだ。

「あ~でも」

 桜が呟き、椿が溜め息をつく。

「イリヤがね……」

 イリヤ。

 双子の口から出る人名としては、大介に次いで多い。入学してからの知り合いということであれば、頻度では一番だ。

「お友達?」

「友達って言うか……」

 桜と椿が揃って、頭を掻いている。




 この二人にとって、友達という立ち位置の人間は存在しない。

 誰もが下で、誰もが愛玩対象であった。それこそ大介に出会うまでは。

 二人には分かっている。自分たちが、いずれは大介に愛されることを。

 だからといってそれをおとなしく待っているわけでもないが。


 そしてそれと比べても、イリヤは別格である。

 大介の存在は、自分たちが幸せになるために必要なのだ。

 しかし自分たちがイリヤのために生きるのは、ほとんど使命のようなものだ。

 大介に出会えたとき、自分たちの幸福を見つけた。

 そしてイリヤに出会えたとき、彼女のために生きなければいけないと思った。


 イリヤのために生きるのは、苦痛ではない。

 これだけは誰にも言えないが、二人には分かっている。


 イリヤは、長く生きられない。


 死因も、残された時間も正確には分からないが、早ければあと十年。長くてもおそらく40歳の手前ぐらい。

 それまでに、イリヤは死ぬ。

 イリヤという人間を知り、彼女の音楽を知り、そしてその余命を悟った時、双子は泣いた。

 誰だって、最後は死ぬ。けれどそれが明確に分かってしまえば、性質の違う悲しみが生まれるのだ。

 だから二人は、イリヤに尽くす。




 黙ってしまった娘たちに、母は溜め息をつく。

 長男とはまた別に、この二人も母親の常識の範疇外にいる。

 これだけあらゆる分野でなんでも出来る人間が、どうして自分の娘として生まれてきたのか。

 奇しくも彼女は、双子と同じような感想を抱いていた。


「まあ貴方たちは特殊だから、頑張って大介君を捕まえなさい」

「それは大丈夫」

「未来は決まってるから」

 そういう双子であるが、一つだけ決まっていない未来がある。

 それはもう一人の兄である、武史のことだ。


 武史は双子にとって、平凡な人間だ。

 たとえばプロ野球に進めば、かなりの成功を収めることまでは予測出来るが、これは予知ではない。

 彼女たちは武史を見ると、自分たちに見えている未来が歪んでいくのを感じる。

 それが嫌で、武史にはつれない態度を取っているのだが、家族としての最低限の情はある。

 あとは――武史には、一つだけ期待している。

「お母さんは、タケのお嫁さんってどういう子がいいと思う?」

 その質問には、さすがの母も動きを止めた。


 直史に関しては、ある意味諦めている。だが実際に連れて来た少女は、控え目そうでいて芯の強そうな、緊張感はあってもなんとかやっていけそうな子であった。

 おそろしく頑固なところのある息子は、たぶんあのままあの子と結婚までするのではないかと思っている。

 それに対すると武史は、やんちゃで手がかかっただけに、心配もしている。

「あの子はねえ……その、今日出かけてる子は、いい感じなの?」

「オカリナはいい子だよ。困ってる人とか助けるし、弱い者いじめとか大嫌いだしね」

「あと、中身はけっこう乙女だよね。お母さんとの相性は悪くないと思うんだけど……」


 武史の存在は、双子にとってイレギュラーだ。

 直史は絶対的な存在だが、武史は不確定の要素が強すぎる。

 だから武史をイリヤとくっつければ、イリヤの運命は変えられるかもしれない。

 イリヤのために武史の人生を使うことを、双子は全く悪いこととは思わない。


 ただ、イリヤは母親の受けは悪いだろうな、とも思う。

 武史のことだから、告白されればそのまま付き合ってしまう可能性は高い。それがよほどに問題がある相手でなければ。

 肝心のイリヤの気持ちは、武史に対しては好奇心というものだ。

 人間を圧倒してしまうイリヤの洗脳的な音楽を、武史はただ心地よく感じてしまう。

 だが二人の相性は、悪くないと思うのだが。




 双子はこの後、世界を広げて様々な人間と出会う。

 だがその多くの発端は、イリヤとの出会いから始まっているのであった。


×××


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