Ex11 戦う乙女達 明日女会
第三部の99話を読んでから、こちらはお読みください。
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聖ミカエル女学園。その発祥は明治時代にまで遡るこの名門高校、及び中学には、本人以外には秘密の権藤明日美ファンクラブが存在する。小等部にまで広がる動きを見せ、大学でも複数の支持者が現れている。
単純に大人びて、そして整った容姿というなら、名誉会長であり会員ナンバー0番の、恵美理の方が優れているだろう。
だが写真を撮ったり、絵画のモチーフにしたり、動いている映像を見れば、明日美には不思議な華がある。
そのあまりにも純粋な明るさに耐えられないという人間はごく少数存在するが、ほとんどの人間は彼女のことが好きになるし、彼女を守りたいと思ってしまう。
特に寮に入っている女子は、教師以外に男性と接触することも少ない。
明日美は頭もいいし性格もいいのだが、どこか幼さというか真っ正直さを持っており、そこが年上の人間にとっては可愛らしく、運動面での活躍は同年代や年下から憧れの対象となる。
女の子アイドルが好きだと変な意味でもなく広言する明日美。
だが聖ミカエルの生徒に言わせれば、明日美こそがアイドルであるのだ。
わざと暗幕を使って昼なお暗くした一室で、薄暗い中その会議は行われる。
「さて、では本日の議題ですが」
会員ナンバー1番。ファンクラブの発足者であり会長でもある漆原聡子が発言する。
彼女は中学入学当初において明日美の横の席にいた女子であり、ソフトボール経験を活かして現在では野球部で内野を守っている。
「あんなに、あんなに可愛いのに、なぜかこれまで全く男の気配がなかった明日美ちゃんに! とうとう! とうとう男が忍び寄ってきました!」
深刻な話題であるのだが、同席している恵美理は「あれは堂々と歩み寄ってきてたな」と思う。
大袈裟なのだ漆原は。いつも。
だがそんなことは些細なことである。
「では川谷ちゃん、対象二名の説明を」
「はい」
ナンバー3番、川谷優は野球部のマネージャーであり、同時にその記録を残すカメラマンでもある。
一般には大人しい優等生と思われている彼女だが、立派な明日美信者である。平然とテストで満点を取る裏で、息を荒くしながら明日美の写真を撮る。
写真部と兼部していて、明日美を題材に中学生の頃から、散々に写真を撮りまくっているのは秘密でもなんでもない事実だ。
ホワイトボードに映し出された二人の少年。
「右がトニー・健太郎・マローン。沖縄の米軍基地に勤務していた男性と、当地の日本人女性の間に生まれた日米ハーフ。2mを越える巨漢です」
お嬢様たちにはなかなか接する機会のないタイプの人間だ。
「左が佐藤淳一郎。あの佐藤兄妹の弟ですが、実は従弟であって、白富東に入学するために養子縁組をしてきたという曰くつきの人物です」
ごくり、と喉を鳴らす一同であるが、淳は割りと見た目は女受けしやすい。
「あら、この人はあまりそんなに怖くなさそうな」
「でも少し冷たい感じがしない?」
「それは写真だからでは?」
お嬢様たちにとって淳は、やはり受け入れられるタイプの容姿であった。
だが、問題はそんなところにはない。
「この人は会ったその日に、いきなり明日美ちゃんに結婚を申し込んだんです!」
「まあ!」
「信じられない!」
「今どきそんな人もいるの!?」
その情熱にうっとりとしている者もいて、案外悪い印象ではない。
明日美のファンクラブ。勝手に名誉会長にされてクラブナンバー0を割り振られた恵美理としては、明日美のファンになるということ自体はまあ自然かなと思える。男女を問わず。
だが最近の活動はかなり暴走気味だ。
そもそもファンクラブの名称が「明日美ちゃんの処女を守る会」なのである。通称明日女会。
最初はもうちょっとだけおとなしく「明日美ちゃんの純潔を守る会」だったのであるが、アメリカの運動や宗教との関連性がありそうなので、より直接的な名称に決定した。
もちろん秘密結社である。特に正式な名称は、当の明日美にさえ知らされていない。
恵美理としては同じく明日美の一番の親友として、変な男に明日美が引っかからないようにすることに異論はない。
明日美は小学校までは過疎の地域の学校にいて、周囲は父より年配の男ばかりで、中学からも女子校と、男性に対する免疫があまりないのは確かだ。一番かっこういい男性はお父さんという少女で、実際に会った恵美理もかっこいいお父さんだとは思った。
女性アイドルの可愛さに興奮して、その歌とダンスを完コピしたりもしている。ダンスの方はともかく、歌のほうはあんまり音程が合っていなかった。
だが別に男嫌いというわけではないし、女性が好きというわけでもないのだ。
冷静に考えればこのお嬢様たちの伝手から、明日美に相応しい家柄や人柄の、親類縁者を探せばいいと思うのだが。
(でも明日美さん、ちょっとおサルさんなところがあるから)
親友でも遠慮のない恵美理である。だが明日美が良いところの奥様になるというのは、想像できないのも確かなのだ。
明日美が可愛い物を好きなのは女の子っぽい事実だが、行動がおサルさんなのもまた事実だ。そこが可愛いのだが。
「というわけで夏休みは、敵情視察のために千葉県に行きたいと思います!」
熱弁する漆原であったが、恵美理は手を上げる。
「無理。その時期には私たちも大会があります」
女子野球の選手権大会は、七月の下旬から、八月の上旬にかけて行われる。
正確に言えばぎりぎりずれているのだが、大会を前に練習をしないわけにはいかない。
副キャプテンである恵美理は知っていたが、漆原はけっこうその場のノリで言うことが多い。去年も同じ時期に大会はあったのに。
あれ? といった顔をする一同である。冷静な者は頷いているが、その数は少ない。
「それと練習試合が組まれているので、他の土日をあてるのも無理よ」
「え、練習試合って、どこと?」
近辺の学校では、なかなか練習試合も受けてもらえなかったのに。
「男子のチームから試合の申し込みがいくつかあり、その中から教頭先生が決めました」
「また男子!?」
うへえ、となる野球部員たちである。
はっきり言って聖ミカエルは、権藤明日美のワンマンチームであり、オールフォアワンであり、ワンフォアオールのチームだ。
明日美以外に女子の試合でも打率が二割を超えてるのは、恵美理とショートの一堂だけであり、外野の守備もセンターの鷹野以外はかなりお粗末だ。
センバツを優勝した男子のチームに勝ったと言っても、それは明日美一人が凄いのであって、他のレベルは男子の弱小と比べても劣るぐらいだろう。
白富東との試合では、田村光と秦野珠美がポジションを埋めてくれたおかげで、比較的フライを捕れるファーストとサードを、外野に送ることが出来た。
だが今の九人ぎりぎりという体制では、一人でも欠けたらアウトである。
最悪選手登録もしてある川谷を外野に入れて、明日美には外野に飛ばせないピッチングをしてもらうことさえ考えている。
「男かあ……」
「打てないよね……」
「でも明日美なら打たれないと思うぞ」
野球部唯一の三年生、そして当たれば飛ぶセンターの鷹野は、本職はバレー部である。
明日美による男子選手を薙ぎ払う無双。
ファンクラブの会員としては、見てみたいに決まっている。
(と言ってもあちらも考えて打ってくるから、何か考えないと)
全く情報を持たず、そして指示ももらえなかった白富東とは、条件が違うのだ。
(せめて光さんに、また助っ人をお願いできればいいのだけど……)
あちらは東東京なので、それなりに不便である。さすがに白富東ほどの餌は用意出来ないのだ。
明日美の溌剌としたプレイを一番正面から見るために、恵美理はキャッチャーをやっている。
だがこんなにも考えることが多いポジションだとは知らなかったのだ。
(強いチームだから逆に、データがあるのはいいのだけど)
悩む副キャプテン、恵美理の苦悩は続く。
なおこの土日の二日で、練習試合は無事に行われた。
九回延長なしで、一勝一分。スコアは1-0と1-1だ。
得点は二点とも明日美のホームランで、失点は外野のエラーであった。
女子野球界において権藤明日美の名前は、どんどんと大きなものになっていく。
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