第19話 求めるもの
直史とジンの見解の相違は、それほどの議論もなく解消された。
監督とコーチの持つ能力は、同じであることもあれば、異なることもある。
そしてスコアラーに関しては、ジンにとってはそもそも存在するのが大前提であって、その目星もつけていたからだ。
「しかし、科学部のやつらに、敵投手のスピン数まで測ってもらうのかよ……」
どちらかというと文系脳の直史には、ジンと科学部の関係が、不思議なものに見える。
だが将来は野球指導者を目指していると言うからには、そこまでやる必要があるのだろう。
今年の夏を戦うために、そこまでするようにしたのかもしれないが。
監督、そしてコーチに関しては、絶対に必要だ。
高峰監督は結局のところ教師兼任であり、野球経験者ではあるがその知識も経験も深いとは言えない。
キャプテン北村と共に、ジンのやりたい放題にさせてくれたところはありがたいが、試合の指揮を取る能力は平凡だし、定期的に最新の練習方法をアップデートしているわけでもない。
座学での野球教育と、確かな理論。それを持ち試合で指示を出せる人間が必要なのだ。
「コーチも兼任できる監督なら、一人でも問題ないわけか」
「今の部員数規模ならね。でも監督とコーチってのは、役割がけっこう違うんだ。高峰先生は相談役にはなれるだろうけど、監督にもコーチにもなれない」
「そこはお前、親父さんの伝手で頼むしかないと思うぞ?」
「父さんはそういうの、ほぼ許してくれないからなあ……」
「死ぬ気で、殺す気で、土下座で頼んでも無理か?」
直史の言葉に、ジンは意表を突かれた。
「お前だけじゃなく、俺に……あとシニア組全員で頼んでも無理か?」
直史は真剣だ。覚悟した目をしている。
ジンは考える。自分の父親のことを。
野球だけで話が成立する親子。息子のことより仕事を優先する父親だが、ジンはそんな父親が嫌いではない。
そもそも父親が嫌いなら、野球までも嫌いになっていただろう。
「あの人はプロだ。情だけでは動かない。人脈も安売りしたりはしない」
「だけどプロってことは、見返りがあるなら動いてくれるわけだよな?」
「俺らの出せる見返りって何?」
考え込む二人だが、案を出そうとしているのは直史だけで、ジンはそもそも父の欲しいものを知っている。
「直史ってさ、大学行くつもり?」
「おう、国立な。そのために進学校選んだわけだし」
直史の学業の成績は、野球部の一年ではジンの次に良い。
白富東からは毎年コンスタントに10人ほどを東大に送り込むが、声優目指して上京したり、インドに旅立ってしまう生徒も、必ず毎年何人かいる。
「東大が本命?」
「いや、千葉大。通うの大変じゃん。それに東大は、さすがに厳しい。浪人は出来ないし」
「……大学では野球しないの?」
「分からないけど、今は関係ないだろ」
関係はあるのだ。
実のところ東大の野球部はそこそこ強く、プロ野球選手も輩出している。
だが千葉大は、弱いわけではないが、東大とは比べ物にならない。
「特待生で私学行けるなら、行ってみる?」
「学費と寮費が無料なら考えるけど、大学では勉強優先だしな。で、そろそろ話を戻そうか」
「強豪私大に俺と直史が行くなら、父さんとの交渉材料になるかもしれない」
「おい待て」
勝手に人身売買の計画を立てられたら困る。いくらジンに付き合うといっても、それはあくまで野球部内の話だ。
「スカウトってさ、高校の有望株を、大学に売り込んだりもするんだよね。即戦力にはならないにしても、大学で成長しそうな選手とか」
「あのな、俺は負けるのは嫌いだが、ホームラン打たれるぐらいなら敬遠する人間なんだよ。もうちょっと現実味のある未来を用意しろ」
「大学野球で活躍したら、就職では絶対有利だよ。社会人野球なんかでも、特別手当が出る場合が多いし。あと引退してもポストがあるっていうのが一番大きいかな」
「俺は公務員にしかなる気はない。だいたいお前のリードは全国レベルかもしれないが、俺の球にそんな価値はないだろ。七色の変化球なんてのは、分析されたら終わりだ」
「才能のある者は、その才能の奴隷になる義務がある!」
「俺のどこに才能があるんだ? 光園学舎に完投したと言っても、それは相手のデータが揃っていたことと、相手が俺のデータを持ってなかったからだ。春日山に打たれた今日の成績が、俺の実力だ」
「明日の自分は今の自分より上だ。高い目標を掲げずに、出来そうなことばかりしてるのか?」
「お前な、周りがなんでも自分の思い通りにいくと思ってるのか? 俺は自分と、自分の周りの人間が幸せになることを願ってる。それが人生の目標だ。野球はその過程の一つであって、野球に人生を捧げるつもりはない」
軽妙で明るいジンと、冷静な直史がここまで言い合うのは、初めてのことだった。
「直史は夢はないの? わざわざ県下有数の進学校まで来たんだ。野球以外でも、何かないのか?」
ここが直史には分からない。
ジンのように、既に将来を見据えて人生を歩んでいる人間がいるのは分かる。だがどうしてそれを他者にも要求するのか。
「俺は選択肢を増やしたかったんだよ。学歴は分かりやすい履歴書だろ? 本気で野球をする気なら、そもそも白富東なんて選んでない。つーかそれこそ本気で甲子園行きたいなら、強豪行ってりゃ良かっただろ。そのへんお前だって、ちょっとぶれてるぞ」
「野球をやるためにも、野球だけじゃダメだと思ったんだよ……」
前にも言っていたが、確かに本気で甲子園を目指すだけなら、それこそ声がかかっていた強豪へ行くべきだったのだ。
自分の言動が一致していないことで、ジンも少し落ち着く。
「悪かったよ。ちょっと熱くなってた」
「頼むぜキャッチャー」
キャッチャーの背後には審判しかおらず、そして全ての選手を見渡すことが出来る。
最も冷静でいなければいけないポジションなのだ。
まあ、父に話をするのは決定だ。無理だと最初から思うことこそ、ジンにとっては将来を考えていない思考停止と同義である。
「で、それは俺が必死でどうにかするとして、ナオにもやってほしいことがある」
「おう、聞いてやろう」
「変化球、もう一つ増やせないかな」
これは直史にとっては意外だった。
今まで直史の投球を見てきたジンは、配球や緩急、あとストレートの速度に関しては注文を付けてきたが、変化球を増やせとは言わなかったからだ。
「もしかして、ナックルか?」
「あ、それも……いいかもしれないけど、あれって体質的に投げられる人決まってるし、天候とかにも左右されるから、プロ野球みたいな年間で何度も試合する場合じゃないと有効じゃない……て、もしかして投げられるのか?」
パワーカーブやトルネードサイドスローを封印していた前歴があるので、ジンは確認せざるをえない。
あの投げ方でストライクは投げられるけど、実際に変化してるのかは分からないな。なんなら明日にでも投げてみるけど」
「う~ん……ひょっとしたら大介みたいなどうしようもない化物相手には、有効かもしれないな」
ナックルボールは現代でも魔球と呼ばれるような変化球だ。もしくは、唯一の変化しない球だ。
ほぼ無回転という点で、変化球とは言いづらい。しかし実際には揺れるように変化する。
メジャーでは歴史に残るナックル使いが何人もいるが、日本のプロ野球ではほとんど見ないし、いたとしても外国人投手がほとんどだ。
日本のプロ野球で使う硬球が、ナックルの無回転にあまり向いていないとか、爪の硬さが足りないとか、色々と言われている。
だが使えるならば、いざという時の切り札になるかもしれない。
しかしジンが求めるのは、配球の組み立てで有効に使える変化球だ。
「言っておくけど存在する変化球は全部試したぞ。俺の球速だとムービング系はあまり意味ないから、カットぐらいしか使わないけど、フォークも落差のあるやつ投げられるし」
「まああの指の柔らかさならな。でもフォークよりもスプリットなんだろ?」
「フォークは見極められやすいし、本気で落差つけると、ストライク取ってもらえないからな」
あとは分類が微妙なドロップやスクリュー、チェンジアップの派生なども、投げられることは投げられる。
変化が小さいのであまり重視しなかったが、逆にその変化の少なさが、相手を凡退させることにつながるかもしれない。
正直なところ直史のトルネードサイドスローから投げるシンカーや、右打者へのパワーカーブは、魔球と言ってもいいかもしれない。
大介が打ちあぐねたサウスポーのカーブも、左打者限定では有効だ。精度は問題だが。
だがジンの考える変化球は、そういったものではない。
「ストレートより速い変化球だ」
「バックスピンをちゃんとして投げるってことか?」
直史は投球指導を受けてこなかったため、綺麗なバックスピンがかかるストレートは投げられない。彼の認識としては、野球の球は全て変化球であり、ストレートはストレートという変化球である。
今からそれを習得するとなると、さすがに直史が器用と言っても、投球全体のバランスが崩れると思う。
しかしジンは笑った。
「あるんだよ。変化するくせに、ストレートより速い球が」
「マジか? ググったら出てくる?」
「ウィキったら出てくるぞ。まあ、詳しくは明日な」
まだ投げていない球が、この世に存在する。
それは直史の投手としての本能を、大きく刺激するものであった。
☆ 千葉県の高校野球part879 ☆
89 名前:名無しさん@実況は実況板で
春大終わって一週間そろそろ有力校に変化あったりする?
90 名前:名無しさん@実況は実況板で
まずお前が何か言えよ
だがとりあえずトーチバはやばいぐらい練習してます
野球部の皆さんご愁傷さまです
91 名前:名無しさん@実況は実況板で
上総総合が勝ったからなあ。古豪の公立復活と言っていいのか?
92 名前:名無しさん@実況は実況板で
あのピッチはカーブさえ攻略出来れば勝てるって言われてた。夏までには対応されるんじゃね?
そして東雲は大河原の調子が良ければ負けてない
93 名前:名無しさん@実況は実況板で
>92
それ去年の夏も言われたwww
94 名前:名無しさん@実況は実況板で
勇名館負けてたけどまだ吉村故障してるん?
95 名前:名無しさん@実況は実況板で
現地で見てたけど三振取りまくりでほぼ復活したと思う
すっぽぬけが一本ホームランになってそれが結局決勝点
南無
96 名前:名無しさん@実況は実況板で
公立の強いところがほとんど早くに負けたしな
これはトーチバが本気出しちゃって県大会取るかも
そのまま全国制覇すらありえる
97 名前:名無しさん@実況は実況板で
トーチバ本命でいいかね
関東大会でも準決勝まできてたし
あとは東雲と上総総合に勇名館で四強かな
98 名前:名無しさん@実況は実況板で
勇名館がシード取れなかったのが怖い
序盤で有力校同士の潰しあいがあるかもしれんぞ
二回戦とかなら吉村消耗なしで全力出せるし
99 名前:都民の名無しさん
白富東の白石大介って打者について情報求む
100 名前:名無しさん@実況は実況板で
都民は川向こうへ帰れ
つーか白富東なんて進学校どうでもいいし
101 名前:名無しさん@実況は実況板で
知らん。ぐぐっても出てこない
そもそも白富東はスポ薦もない公立なので注目もされてない
102 名前:都民の名無しさん
その白富東が勇名館と光園学舎破ってお前らの県ベスト8に入ってるんだが?
あと全国ベスト8の鷺北シニアのレギュラー半分以上が進学したらしい
捕手の大田はベストナイン候補だった
103 名前:名無しさん@実況は実況板で
なんでなん? 白富東何かやばいドーピングでも始めたん?
104 名前:名無しさん@実況は実況板で
あっこならありえると思えてしまうの草
でもちょっと調べてみたら時々ベスト16ぐらいには残ってるのな
ちゃんとした練習に一年の戦力が加わって爆発したってことか
105 名前:名無しの都民さん
そこが今日帝都一と新潟の春日山とで巴戦行ったんだわ
帝都一とはBチーム相手に4-1で負けてた
春日山とは二番手投手と若干一年相手に10-3の七回コールドで負けてる
ただ春日山の上杉正也は選抜でも投げてた上杉勝也の実の弟で全国準優勝シニアのエースで四番だった
106 名前:名無しさん@実況は実況板で
監督が代わったとかそういうこともあるかもね
ただ白富東なんてこのスレにいるやつでもノーマークだろ
試合結果以外のデータ出てこないぞ
107 名前:名無しの都民さん
その三番打ってた白石ってのが調べたら春大でホームラン四本打ってるのよ
勇名館から二本、光園学舎から二本
そんで今日帝都一の控えから一本、上杉弟から一本
108 名前:名無しさん@実況は実況板で
ぐぐっても出てこないぞ?
シニアだけじゃなく千葉の中学校の軟式大会でも実績なし
名前は日本人だけど帰国子女とかか? アメリカあたりのハーフの強打者
109 名前:名無しさん@実況は実況板で
ピッチャーならともかくバッターだとロマンがないなあ
110 名前:名無しの都民さん
目視した感じハーフっぽくはなかった。身長も165ぐらいかな
でも二試合で七打数五安打二ホームランで犠打含めて打点三なのよ
最後の方は敬遠されてた
上杉弟普通に140km出してたし
111 名前:名無しさん@実況は実況板で
帝都一の関係者かお前?
自前のスカウト情報網使って調べたらいいじゃん。そしてここに報告くれ
112 名前:名無しさん@実況は実況板で
白富東なんて脳味噌特化人間の集団だろ
一人強打者がいても三点しか取ってないんだから打力分かってたら敬遠されて終了
……
「ネットはクソだな。人が必死で探し出した才能が、あっさりと拡散される」
「大介は本当に偶然の発見じゃん。それで監督なんだけど……」
鉄也の機嫌が悪くなった時に、頼みごとをしてしまう。だが機会を逃せばいつ顔を合わせるか分からない。
そして夏の県大会は着実に近付いてくる。技術を身につけるには、一日でも早く指導者がほしいのだ。
「俺はプロだ。それに頼みごとをするってのが、どういうことか分かってるよな?」
「出世払いなら」
「そんな不確定なものいらん」
鉄也は電子タバコを咥えながら、少し遠い目をした。
「一人いる。戦術や技術に関しては、世界最新の理論を持っているやつだ」
日本ではなく世界ときた。父の珍しい高評価に、ジンはおそるおそる問いかける。
「でもお高いんでしょう?」
「持ち出してでも高校野球の監督やりたいって言ってるから、それは大丈夫だ。ただし条件が一つある。そして問題がたくさんある」
どういう問題なのか、心配になるジンは当然である。
「条件は、そいつの理論を信じ、課題を行い、指揮に従うこと。そして問題は、そいつ自身はまともに野球をやったことがなくて、ノックも出来ない。キャッチボールも出来ない。日本の野球用語があまり通じない。指導者の経験もない」
「え、外国人? つーか野球経験なしで指導経験もなし?」
「外国人じゃない。日本で大学在学中にアメリカに留学し、向こうで通訳の仕事をしてたんだが、メジャー球団で働いてた縁でスコアラーを兼任し、野球の魅力に参っちゃったんだな」
さすがのジンも、首を傾げるしかない
それはあれだ。頭でっかちの野球オタクでしかないのでは?
「父さん、その人ってほんとに大丈夫なの?」
「それが一番の問題だ。大丈夫かどうか、やらせてみないと分からない」
それはまあ、究極的には何に関しても、同じなのではあるが。
だがこの父は、勝算のないことは絶対にしない人間だ。
「一日だけ待ってもらってもいいかな? さすがに皆と相談したい」
「分かった。明日中に俺の携帯に連絡しろ」
さあ参ったぞ、とジンは思った。
この父のことだから、無能でないことは確かであろう。だが同時に、成功すると太鼓判を押されたわけでもない。
監督にキャプテンにチームメイト。どれだけの人間を説得しないといけないか。
夏を前にして、また頭を悩ませる参謀であった。
「あとコーチ出来る人って知らない?」
「それはさすがにシニアの伝手で探せ」
「ですよねー」
キャラデータ その1
佐藤直史 15歳 投手 両投両打(基本は右投右打) 177cm 65kg(4月時点)
MAX129km
変化球
カーブ スローカーブ パワーカーブ スライダー 縦スラ シュート
スプリット チェンジアップ サークルチェンジ シンカー カット フォーク
(なお実際はカーブの種類はもっと多く、ムービング系も投げられるもよう)
家族構成
両親と弟、双子の妹の六人家族。
備考
常識外れの持久力、制球力、集中力を誇るピッチャー。中学時代は公式戦での勝利なし。
存在するほとんどの変化球を投げられるが、確実にコントロールできるもの以外は基本的に使わない。
フィジカルにもそれなりに優れていて、特に体の隅々までに至る柔軟性は驚異的。
実は打力もあり、中学時代の打率は四割に迫るほどのものだった。
コントロールに意識を向けすぎているため、実は全力投球が出来ていない。カーブのみは可能。
打者との勝負に対するこだわりは全くなく、試合の勝利を最優先する。
勝利に貪欲なチームメイトをこれまで持たなかったため、味方に期待することがあまりない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます