SS22.無理をしないでほしいのに
「なんでそこまで言われなくちゃいけないんですか!」
「はぁ!? 心配して言ってるんだろ!」
「……なんでそんなに怒るんですか。私だって、あなたに少しでも楽してもらおうと思って……もういいです!」
こうなってしまった原因は、今朝に遡る。
まだ日が昇りきっていない時刻、蓮也が目覚めると遥香が少しだけ苦しそうにしていた。うなされているにしては息が苦しそうだったので、とりあえず額に手を当ててみた。
「……熱いな」
明らかに普通の体温ではない。急いで水やら薬やらを準備して、遥香の様子を見守る。頭を撫でてやると、心做しか表情が和らいだ。
しばらく遥香の頭を撫でて、蓮也自身も少し頭が痛いことに気づく。おそらく変な時間に起きたことによる寝不足だろう。幸い今日は二人共予定がないので、二人で休むことにしようなんて考えていると、手の中で遥香がもぞもぞと動き出した。
「ん……れんや、くん……?」
「おはよう」
「おはようございます……どうして私の頭に手が?」
「ちょっとな。まずは熱測ってほしい」
「……なるほど、大体理解しました。ありがとうございます」
自分がどうして蓮也に頭を撫でられていたのかを理解したようで、やや申し訳なさそうにはにかんだ。
「まさか風邪をひいてしまうとは……ですが、今回は蓮也くんがいますから寂しくはないです」
「それはよかった。今日は一緒にいるよ」
「過保護ー」
くすくすと笑って、遥香は蓮也の手を握る。
「何か食べれるか?」
「そうですね……お粥作ってもらっていいですか?」
「ん。わかった」
台所に向かう。昨日使ったであろうものは綺麗にされていた。
「苦労かけてばっかだな……」
もちろん、遥香ばかりではない関係になれていることもわかっている。蓮也だってできることはしているつもりだ。
それでも、こうして家事を全てするのは簡単なことではないだろう。慣れているとはいえ、疲れはする。疲労が溜まれば風邪もひく。
「まあ、手伝おうとしたら、いいって言うんだけどな……」
『あなたもアルバイトで疲れているのですから』なんて言って蓮也にはあまりなにもさせないようにしている。あまりにも楽しそうに家事をしているので蓮也も強くは言えなかったが、これからは無理やりにでも手伝った方がいいかもしれない。
粥を作って部屋へと戻る。遥香はベッドに座って本を読んでいた。
「あ、無理はしていませんので。あなたが戻ってくるまで退屈だったから読んでいただけですよ」
「まだ何にも言ってない。でも、没収。寝てなさい」
「はい。すみません」
蓮也が取り上げるまでもなく本を差し出してきた。それを受け取って、蓮也も特に隠したりすることなく机の上に置く。
「食べれるか?」
「はい」
「んじゃ、あー」
「あーん……ありがとうございます。美味しいです」
「それならよかった」
少しだけだらしなく笑った遥香は、あー、と小さく口を開ける。そこに蓮也は冷ました粥を入れる。
「お昼は準備しますね」
「いいから。今日は休んでなさい」
「それは駄目です。あなたにばかり任せていて、こっちが気を遣ってしまいます」
「それで悪化したらどうするんだ。今日のそれはもうわがままだぞ」
「わがままでいいです。やりたいからやってるだけですから」
「それでも駄目だ」
「なんでそんな意地悪言うんですか」
「そういうつもりで言ってるんじゃない」
無理をしてほしくない。蓮也はただその一心で言っている。遥香が蓮也のことを思って言っているというのはわかっていても、それは許容できない。
「そこまでしなくても、俺だってやれるよ」
「なっ……まるで私がいなくてもいいかのような言い方ですね! そうですか!」
「何怒ってんだ。そんなこと言ってないだろ。やっぱりちょっとおかしいから寝てろ」
熱が出ているからか、先程から遥香の言動が若干おかしい。
「だいたい、遥香はちょっと無理しすぎなんだよ」
「……なんなんですか」
言い方を間違えたかもしれない、と思った。そうは思ってもなぜか自分の言葉を撤回する気にはなれなかった。
「なんでそこまで言われなくちゃいけないんですか!」
泣きそうな顔で、遥香はそんなことを言った。その言葉に、なぜか蓮也も感情を抑えられなかった。
「はぁ!? 心配して言ってるんだろ!」
「……なんでそんなに怒るんですか。私だって、あなたに少しでも楽してもらおうと思って……もういいです!」
枕を投げつけられる。力いっぱい投げつけられた枕が顔に当たって、少しだけ痛い。
「……勝手にしろ」
部屋から出る。扉を閉めて、すぐに後悔。
熱が出ている遥香を相手にムキになって反論してしまった。それも、理屈で納得させるわけでもなくただ感情的に。
追い詰めてしまっただろう。だけど、謝る気になれない。
「……はぁ」
水も薬も持って行ってしまったから、わざわざ遥香に会いに行く理由がもうない。心配じゃないと言えば嘘になるが、ここで蓮也が折れてしまったら遥香が無理をすることを肯定してしまうことになる。
そんなことをうだうだと考えながらソファーに座ろうとして、視界が揺らいだ。
「……ぇ……」
耳元で大きな音が響いた。
それが蓮也が倒れた音だと気づくのと遥香の大きな声が聞こえたのはほぼ同時だった。
目が覚めると、目の前に遥香の顔があった。
「れ、蓮也くん……!? 大丈夫ですか!?」
「……大丈夫だよ、ありがとう」
遥香は心の底から心配した様子で、蓮也の額を伝う汗を拭う。
「……すみません、でした」
「俺の方こそごめんな。いろいろと」
「その、本当に。無理ばかり、させて、私なんかだから、やっぱり……」
「違う。それは違うよ」
無理をさせてしまったのは蓮也だ。勝手に体調を崩して、喧嘩をしていた遥香に心配をかけてしまった。情けないことこの上ない。
「ほんとは、無理してました。蓮也くんも頑張ってるんだから、私もやれること全部やろうって」
「知ってる。だから、俺も遥香にばっかりしてもらうのも悪いと思ってたからいろいろやってた」
「それで、けほっ、けほっ……」
「それで、二人揃って風邪ひいたって。馬鹿みたいだな」
「馬鹿みたい、じゃなくて間違いなく馬鹿ですよ」
遥香はくすりと笑う。
「……はぁ」
「遥香」
「なんですか?」
「おいで」
蓮也が眠っていた間ずっと遥香は様子を見ていたようで、額に汗が滲んでいる。ソファーに二人寝転ぶのは些か狭い気がするが、お互いに移動する気力も残っていない。
蓮也が広げた腕に自ら収まった遥香は、胸に顔を埋めた。
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
「怒りますか?」
「怒る」
遥香を抱きしめて、頭を撫でながら。
「無理しすぎだ。今ならわかってくれると思うけど、ほんとに無理をしてほしくなかった。それだけだ。だから、もう無理するな」
「……怒って、ないじゃないですか」
「めちゃくちゃ怒ってるよ」
無理をしたこと。それを伝えてくれなかったこと。そして、自分がそれに気づいてあげられなかったこと。
ただ声を荒らげたりする気力がないだけだ。それだけだ。
「なら、私も怒ります」
「ん」
「休んでください。ずっと私のことを見てくれていることに気づいていないわけがないでしょう。あなたこそ、無理をしないでください」
「怒れてないぞ」
「怒ってます。めちゃくちゃ怒ってます。でも、しんどいんです」
だからもういいです、と言って蓮也の胸に深く顔を埋める。
「……だから、ね。ごめんなさい」
「俺も、ごめん。気づいてあげられなくて。熱出てしんどいのに怒って」
「ええ。私なんてあなたが体調が悪いことにすら気づけませんでした。ごめんなさい」
遥香は顔を真っ赤にして、蓮也のことを見た。その理由は熱が半分、恥ずかしさ半分だろう。
「このまま寝ちゃったら、怒りますか?」
「怒らない。寝よう」
「えへへ……ありがとうございます」
それから約二時間後、ほぼ同時に目が覚めた蓮也たちは恥ずかしさでしばらく目を合わせることができなかった。
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次回はイチャつきます。多分ですが。
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