SS16.いつかの未来のことを

「遥香ちゃん、お菓子食べる?」

「あ、えっと。はい」

「月宮さん、何か欲しいものはないかい?」

「いえ、特には……」

「おい。困ってるからほどほどにしてやってくれ」


 大晦日の晩、蓮也と遥香は蓮也の実家に帰省していた。遥香も実家に帰省するべきかを迷っていたが、やはり蓮也と離れるわけにはいかないということでついてきてしまった。

 遥香も一緒だということを伝えていなかった結果、何の準備もしていなかった事を申し訳なく思った両親が遥香をあの手この手でもてなそうとして、今のような状況が出来上がっている。


「なによ。蓮也はいつも遥香ちゃんと一緒なんだからいいでしょう」

「そういう問題じゃなくて。性格的に押されると負ける方だからやめてやってくれ。せめて一人ずつにしてくれ」

「あの、すみません。気持ちはありがたいのですが、事前に連絡をしていなかったこちらが悪いですから」

「そんなこといいのよ。どうせもうすぐうちの子になるでしょう?」

「それは……まあ、あと数年で」

「あら、そんなに? 数年後には孫の顔を見れるのかと思っていたわ」

「ごめんなさい。孫の話は数年どころか十数年後になるかもしれません」


 遥香が蓮也を睨んだような気がしたが気づかないふりをしておく。触れたら意気地無しと言われるのは目に見えている上に、今回は凛子と桐也もいるのだ。蓮也には勝ち目がない。


「しかし、月宮さんもだいぶ砕けてきたな。以前来たときよりもずっと蓮也と近くなっている」

「どうでしょうか。私はいつも通りしているつもりなのですが……」

「自分たちじゃ気づかないもんだろ、そういうのって。まあでも、遥香は確実に変わった」

「えっ? それは良い方向ですか? もしかして、悪くなってますか?」

「ほとんどいい方向」

「ちょっと駄目になってるじゃないですか!?」


 もちろん、それは大した問題ではない。悪いところというよりは、人として変化したというだけだ。蓮也にとっては理性的につらいというだけであって。


「前の遥香ちゃんもとっても可愛かったけど、今の方が素敵よ?」

「そう言ってくださると助かります……蓮也くんにも可愛いと思っていてほしいのですが」

「可愛いよ」

「取ってつけたようなのはいらないです」

「本音なんだけどなぁ」


 お気に召さなかったらしく、遥香は凛子と話し始めてしまった。


「フラれたな」

「うっせ。父さんこそ、ほっとかれてるだろ」

「ははっ、そうだな」


 桐也はその二人の様子を暖かい眼差しで見守っている。楽しそうに凛子と話す遥香は、まるで母親と話すかのようにしている。

 その楽しげな様子を見ていると、蓮也も連れてきてよかったと思った。凛子ではないが、いつかは遥香もうちの家族になるはずではあるのだ。こうして楽しく過ごせるのは蓮也としても嬉しい。


「何ニヤけてるんですか。ちょっと気持ち悪いです」

「そんなこと言われると思ってなかったから普通に傷ついた」

「あ……えと、ごめんなさい」

「冗談だよ。にやけてたのはごめん」

「……蓮也が素直に謝ってるのも不気味ね」

「実の息子に言うことか?」

「冗談よ」


 蓮也自身では素直な方だと思っているが、そう言うといつも遥香に頬を引っ張られてしまうのでどうやら蓮也は素直ではないらしい。だが、自分に非があるときはちゃんと謝るくらいの常識はある。


「ああ、月宮さん」

「あ、えっと。遥香で大丈夫ですよ、お義父さん」

「なら遥香さん。星が見えるだろうから、寒いけど外に出てみないかい?」

「星、ですか?」

「ここは夜になるとかなり暗くなるから、よく見えるんだよ。何も無いけど、せっかくなら遥香にも見てほしい」

「あなたがそういうのでしたら、是非」


 四人で外に出る。寒そうに身体を震わせた遥香を抱き寄せると、少しだけ驚いたような表情で蓮也の方を見た。


「あ、ありがとうございます」

「ん」

「ですが、急にそういうことをされると心臓が破裂しそうになりますので……」

「そろそろ慣れてくれないか?」

「急にされると駄目なんです!」


 頬を抑えながら俯く遥香に、空を見るように促す。幸いにも雲ひとつない空だったので、満天の星空が拡がっていた。

 その光景を見た遥香は、瞳を輝かせて息を漏らした。


「すごい……」


 いつの間にか顔を真っ赤にしていたことも忘れて、夢中で空の星を見つめる。

 そんなとき、星空にひとつの閃光が過った。


「あっ!」

「流れ星か」

「素敵、ですね。こんな光景、今までに見た事もありません」

「それはよかった。願い事とかよかったのか?」

「あ……忘れてました。まあでも、いいです。今は特にありませんし」

「そっか」


 もし遥香が叶えてほしいことができたときには、蓮也が叶えてやれたら、なんてことを考えていると、凛子が温かい笑顔で言った。


「年、明けたみたいよ」

「あ、忘れていました」

「あけましておめでとう。母さんも父さんも、遥香も、今年もよろしく」

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 ぺこりとそれぞれに向かって頭を下げる遥香に、両親も新年の挨拶をする。


「さて! せっかく遥香ちゃんもいるんだし、初詣にでも行きましょうか!」

「張り切っているな。付き合ってもらってもいいかな、遥香さん?」

「もちろんです! 是非、ご一緒させてください」


 寒天の中、四人で歩き出す。久しぶりの家族での初詣に、蓮也も少しだけ懐かしさを覚える。その頃は隣に遥香はいなかったが、いつも一緒にいるからかあるいはもう既にこの家族に馴染んでいるからかはわからないが、違和感なんかを感じることはなかった。

 歩いていると、また夜空を星が流れた。立ち止まって、遥香と一緒に空を見上げる。しばらくして遥香の方を見ると、何かを祈るように胸の前に手を組んでいた。


「遥香?」

「はい、待たせてすみません」

「いいけど。もしよかったら、何を願ったのか聞かせてくれないか?」


 さっきまでは何も無いと言っていたから、少しだけ気になってしまった。そんな蓮也に、よくわからない表情をしながら遥香は答えた。


「蓮也くんはまた馬鹿って怒るかもしれませんが」

「言わないから。まあ、教えたくないなら無理にとは言わないけど」

「……またこの星空をみんなで見たい。そんなお願いですよ」

「そっか」


 勘違いとはいえ、遥香にはこうしてみんなで過ごすということがあまりなかったことを蓮也は知っている。だから、そんな遥香の願いにも納得できた。


「やっぱり、馬鹿だな?」

「ほら言った。言うと思いました」

「いつだって来ればいい。二人とも歓迎してくれる」

「それは、わかっていますが」

「前にも言ったけど、遥香はもう家族みたいなもんだろ。だから母さんはああやって遥香を歓迎する。父さんもまだ距離はあるけど、大切にしようとしてる。それに遥香も応えてあげてほしい」

「……もう。嬉しいじゃないですか」


 前を向いた遥香は、少し前で蓮也たちを待っていた凛子たちの元へと駆け足で向かう。


「行きましょう、蓮也くん!」

「はいはい……」


 その笑顔を傍で守っていきたいと心から思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る