SS4.春休みのとある日
一年経って、大学生活にもようやく慣れてきた頃。少し長めの春休みの真っ只中である。蓮也も遥香も別段勉強が嫌いなわけではないので、少し退屈ではある。
せっかくの休みなら家で遥香とのんびりしていてもいいのだが、いつもシフトを調整してもらって迷惑をかけているのでバイトを入れることにした。
「蓮也くん、大丈夫かい?」
「はい?」
「春休みだろう。わざわざこんなにバイト入れなくてもいいのに……あ、お給料足りないのかな?」
「ああ、いえ、そんなことは! 十分すぎる程頂いてますよ」
「それならいいんだけどね」
優しい人だな、と思う。
蓮也のバイトは、他の人が苦労しているような苦労がない。スケジュール云々をかなり寛容にしてくれるからだ。それは蓮也に対して、というより遥香に随分甘いように感じる。
そして当の本人である遥香は、五分ほど前に店の前を通り過ぎた。おそらくまだその辺から蓮也を見ているのだろう。
「またいたね」
「放っておいて大丈夫ですよ。前にちゃんと注意したので」
「可愛らしいからいいじゃないか」
「あんまり甘やかしすぎるのもよくないんですがね……」
「でも、いつもいろいろとしてくれてるんだろう?」
「そりゃあ、まあ。いつも食事は頼りきりだし掃除もやらせてるし、朝も寝坊しないように起こしてくれてるしで迷惑かけてばかりですけど……」
「惚気話にすり変わったのかな?」
「ごめんなさい」
そんなつもりはなかったものの、他所からすればこれはただの惚気だ。蓮也にとってはここの夫妻もなかなかなのだが、話の論点がずれてしまったのは申し訳ない。
結局それからしばらく仕事をして、予定通りの時間に帰ることになった。遥香は一時間ほど見たら気が済んだのか上機嫌な様子で帰っていた。
せっかくなのでケーキを二つ選んで買うことにした。
「割引券、いるかい?」
「いえ、大丈夫ですよ。さすがに申し訳ないです」
「そうかい」
といいながら、値段は引かれている。ここでまだ何かを言うのも逆に申し訳ないのでありがたく厚意に甘えることにした。
ケーキを片手に家へと向かう。考えるのは遥香のことばかりで、少しばかり恥ずかしい。けれどそれも蓮也にとってはもう慣れたことだ。
マンションの前では遥香が待っていた。小さく手を振って出迎えてくれる。
「あ……おかえりなさい!」
「……ただいま。ありがたいけど、部屋で待ってなさい」
「いいじゃないですか。今日もお疲れ様でした」
「ありがとう。ああ、でも。本当に店に様子見に来るのやめろ」
「……わかってはいるのですが、どうにも気になってしまって。自重します……」
「まあ、そうしてくれ」
申し訳なさそうに肩を落とす遥香の頭を撫でてやると、気持ちよさげに目を細める。ただ、人前ということもあるので少しだけにしておく。
代わりにケーキを手渡すと、嬉しそうに微笑んだ。
「さすがです。私のご機嫌取りが日に日に上手になっていきますよね。このままではお互い駄目人間まっしぐらです」
「それはそれでありだな」
というか、既に蓮也は駄目人間だ。
「晩御飯、どうします?」
「なんでもいいって言ったら困るか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「じゃあ、なんでもいいよ。遥香の作ってくれたものなら」
「……そういうの、本当にずるいですよね」
「なにが?」
「どうせ言っても治らないので結構です。ほら、部屋入りましょうよ」
顔を見せないままの遥香に腕を引っ張られて無理やり連れていかれながら、蓮也は何が悪かったのかを必死に考えるのだった。
夕食を食べ、ソファーでのんびりとくつろぐ。
「最近、遥香ってナチュラルに膝枕の状態をとるよな」
「あ、駄目でしたか」
「いやいや、駄目じゃないけど。前までは照れたりしてたのになぁ、と」
別に照れることがなくなったわけではないし、今でも蓮也にすらなかなか見せてくれない表情はたくさんある。むしろこうして幸せそうに膝に頬を擦り寄せる遥香は可愛らしいと思う。
「私をなんだと思っているんです?」
「可愛い彼女」
「……ありがとうございます」
照れた様子で蓮也の膝に顔を埋めた遥香は、自分がまた照れてしまっていることに気づいたらしく器用に膝に頭突きをする。
「痛いって」
「謀りましたね、許しませんよ」
「別に意図したわけじゃないんだけどな」
「またまた、本音で蓮也くんがそんなこと言うわけないです」
「……ん?」
かなり心外だ。これでは、蓮也が他人を素直に褒められないようにしか聞こえない。
ここまで言われてしまっては黙って聞き流すのも嫌だ。
「めちゃくちゃ可愛い」
「はいはい」
「可愛い」
「ん」
「とんでもなく可愛い」
「そう何度も言わなくていいんですが」
「好きだよ」
「その言い方は反則では!?」
今度は頭突きではなくパンチだった。痛みこそないものの、そのうち怒りそうなので撫でておく。
「撫でれば許されると思ってますよね」
「今回ばかりは撫でて許してくれたらなぁ、とは思った」
「ほら、ほら! 駄目ですよ、流されませんからね」
「駄目かぁ……」
「……い、いいですよ。許してあげます」
「チョロいぞ」
「やっぱり許しません」
「ごめんって」
それでも許すつもりはないらしく、ずっと膝の上でパンチを繰り返している。若干痛くなってきて膝の位置をずらすと、遥香は顔面からソファーに突っ込んだ。
「わぷっ……」
「ぷっ……」
「あの!?」
「ごめん、ちょっと痛くて」
「あ……それはごめんなさい。大丈夫でしょうか?」
「そこで折れるからチョロいんだぞ」
「それとこれとは話が別でしょう。冗談でも相手を不快にさせたり、怪我をさせるのは駄目です」
「そりゃ、そうだな。うん。俺もごめん」
「私は不快になってないので大丈夫ですよ?」
「わかってる。でも、ちょっとやりすぎたなって」
「そこはまあ……はい。許します」
だからもっと撫でてくださいと言わんばかりの視線だったので、さっきよりも丁寧に頭を撫でる。最近はこんななんでもないやりとりが楽しくて、本当はどっちも怒ってもいなければ不快にもなっていないことがわかっているから、ついついこんなことを言い合う時間ができてしまう。けれど、それが幸せなのだ。
「さて、と。そろそろお風呂に入りますね」
「わかった」
少し名残惜しい。こうして頭を撫でている時間はいつだって幸せなのだ。
「そんな顔しないでくださいよ……」
「悪い。もうちょっと一緒にいたくてさ」
「そんなことを言われても、今からお風呂に入るところですので……あ」
「ん?」
「……来ます?」
「どこに」
「いや、だから、その……寂しいなら、その、一緒に入ります?」
「……は?」
「い、いやなら……構いませんが」
「い、嫌じゃない! 嫌じゃない、けどな……?」
「冷静になって考えてみてくださいな。この前も言ったような気がしますが、もう付き合って二年ですよ? いい加減こんなことでお互い引き合ってるのもよくないと思うんですよね」
「言われてみれば……」
それでも、遥香が思っているほど蓮也の理性は強くはない。むしろ、今なら遥香に嫌われたくないと思っての行動を心がけていた以前よりもずっと自制心に関しては自信が無い。
そもそも、遥香としてはそれも狙いなのだろう。少なくとも、この頃遥香の様子が少しだけにおかしいのは確かだ。
「ではでは、行きましょうか」
「えっ、ちょっ……なんか準備とか」
「いります?」
「いえ……大丈夫です」
いろいろと心配を抱える蓮也とは対象的に、遥香は随分と楽しそうで、脱衣場にさっさと入ってしまう。しっかりと蓮也の手を握ったままで入られてしまったので、遥香の脱衣の瞬間をしっかり見てしまった。
「……せめてバスタオルくらいは……」
「嫌ですが」
「なんでだよ!?」
「さあ。自分のこの二年間の行動を振り返ってくださいな」
「意気地無しって言いたいんだろ! もうそれでいいから許してくれ!」
「嫌ですが」
「なんで……」
どうやら、今日という今日はもう引いてはくれないらしい。
一糸まとわぬ姿になった遥香は、やや恥ずかしそうに、それでも逃げだしたりはせずに蓮也と向き合う。視線で早く脱げと訴えてくるので、仕方なく上着を脱ぐ。
一応腕で隠すべき部分は隠してくれているから、まだ理性を保つことができた。
「先に入ってていいんだぞ」
「逃げるでしょう」
「逃げません。女の子にここまでさせて、さすがに逃げれるわけないだろ」
「……紳士的というのも困ったものですね」
「別に、そんなつもりはない」
そもそも蓮也は紳士的ではない。無論そういう欲だって人並みにはあるし、抑えられる保証もない。
それでもきっと、遥香は受け入れてくれるのだろう。甘えてしまいそうなのが怖い。
蓮也の言葉を聞いて安心したらしい遥香は、鼻歌を歌いながら浴室へ入っていった。
「……ふーっ……」
言ってしまった手前、もう逃げることは出来ない。ズボンや下着も脱ぎ、深呼吸をして浴室の戸を開ける。
「おや、案外早かったですね。もう少し葛藤するものかと思っていました」
「本音を言うと今からでも逃げたい」
「ふふっ、無理です!」
「知ってるよ」
なるべく視線を遥香から外して椅子に腰かける。
「こっち見てくださいな」
「おま……恥ずかしくないのか」
「はい? 恥ずかしくないわけがないでしょう?」
「ならそんなに堂々と見せつけるのはやめてもらってもいいか!?」
「嫌ですが」
隠す様子がない、というわけでもないのだ。むしろ隠してしまいたいのを必死に我慢しているのがわかってしまう。
なるべくいやらしくならないように、それでも見ないというのも逆に失礼かとも思ったので少しだけに見る。細い身体のラインは、服越しに見ていたよりもずっと細く見えて、一言目には美しいという感想が出た。
ふと、腰に小さな黒い点を見つける。
「……腰に、黶なんてあったんだ」
「えっ」
必死に身体を捻るが見えるはずもなく、逆に蓮也としては今はあまり見るべきではないものが姿を見せそうになり、咄嗟に目を逸らさざるを得なくなる。
「あ……すみません。不用意に動くと蓮也くんが大変なようで」
「気づいてくれてなによりだ」
どうやらこれ以上は蓮也も遥香自身も得はないと悟ったようで、今度はちゃんと背中を向ける。
「……背中、流してもいいか?」
「えっ? か、構いませんが……あなたにしては攻めてきましたね」
「こんな機会、そうそうないから」
「誘われればいつだって一緒に入るのですが……」
かなり遠回しに意気地無しと言われてしまったような気がするが、それでも否定することはできないので仕方ない。
けれど、これだけ一緒にいてもまだ遥香について知らないことがあると思い知らされた。黶に関しては本人も知らなかったことのようなので、蓮也が知っているのもおかしな話なのだが。
「どうしました?」
「まだまだ遥香のこと知らないんだなって。黶もそうだし、まだ知らないこととか、表情とかあるのかなって考えてた」
「……それは、誘ってるつもりですか?」
「は?」
「いえ、もういいです」
呆れた様子でため息をつかれてしまい、意味がわからないまま背中を流す。
白い肌はその細さに似合わない弾力があり、女の子の肌なのだと嫌でも実感させられてしまう。不埒なことを考えてしまわないように別のことを考えようと必死に思考を変える。遥香と二人で初めて出かけた日のことはどうだっただろうか。
「……映画館、か」
「はい?」
「なんでもない」
よく考えれば、付き合ってから初めてのデートもちゃんとした記憶がない。あれも状況としてはデートと呼べるものだったのかもしれないが、条件としてはそれほど良いものではない。あくまでお礼。というか、これだけ近くにいてそれほどデートをしたことがない。
「また今度、デート行こうか」
「……大丈夫ですか?」
「なんで俺心配されてんだ……」
「そんなこと言うタイプじゃないでしょう。なんですか急に」
「ちゃんと初デートとかしたことなかったな、って」
「……ああ。本当ですね、確かに。ですが、そんなことよりも大切なことが今はあるはずなのですが」
「ん?」
「私の身体はいかがですか?」
「……あ」
思い出した、というよりは強制的に思い出されてしまった。
遥香は本当にただ感想を求めて蓮也に期待の視線を浴びせている。そんなことをされたら、思っていることを言わざるを得なくなる。
「……綺麗だし、その、柔らかくて、女の子らしいと思う。わからないけど。えっと、俺は好き……だな」
「そ、そですか……それが聞けただけで満足です……」
しばらく遥香の背中を流して、遥香は恥ずかしそうにしながらも満足そうに場所を移動した。
「次は私が」
「じゃあ、よろしく」
こうしていると、二人で温泉に行ったことを思い出す。ちゃんと二人きりでどこかへ遊びに出かけたというのは、日頃のお礼という名目だった映画館を除けばあれが初めてだったはずだ。
こうして思い返してみると、付き合ってもいなかったしまだそれほど深い好意を持っていたわけでもないあの時期になにをしているんだという気持ちになる。それでも、あの時買ったネックレスは未だに大切にしてくれているし、悪くならないようにしっかりとメンテナンスをしてくれている。
それは嬉しいのだが、些かこそばゆい。
「二年半前と同じですね」
「あのときはタオルぐらい着けてたけどな!?」
「そんなこと忘れましたね」
「都合が良すぎる記憶だな……まあいいけど」
「でしょう?」
細かいことを気にするのは良くない。それに、今の今まで何もしてこなかった蓮也に全面的に責任があるのだ。
「最近運動を怠っているわりに、意外としっかりとした身体してますよね」
「筋トレはしてる」
「なんと。その話は一緒に家にいる私も知らなかったのですが……一体いつ?」
「遥香が料理してるときとか」
「ああ……どうりでたまにふらっとどこかへ消えているわけです」
「その時間じゃないと遥香と一緒にいられる時間減るし」
「……あっそ」
気に入らなかった、というわけではないらしいがご立腹だ。素直な気持ちを述べただけなのでここで機嫌を損ねられたところでどうすることもできないのだが。
シャワーで背中を流してくれた遥香は、先に湯船に浸かるように促してくる。
「足の間、入れてくださいな」
「……えっ」
「どうしました?」
「それは近すぎる気がする」
「ああ、それならご心配なく。蓮也くんが、その……我慢できなくなったときの心の準備まで出来ています」
「もう言っても無駄なことはわかったから好きにしてくれ」
蓮也が湯に浸かったのを確認してから、遥香は立ち上がって湯船に片足を入れる。かなり無防備な姿を目の当たりにしてしまいそうになり、咄嗟に目を瞑る。
「あ……粗末なものをお見せして申し訳ありません……」
「そんなこと、なかった」
「ちゃんと見たんですね」
「見えたんだ、見たんじゃない」
「そういう言い訳が蓮也くんから聞ける日が来るとは」
「うっせ。今のは遥香も悪いだろ」
「だからきちんと謝ったじゃないですか。もちろん、存分に見て頂いても構いませんがね?」
「絶対に目を開けないからな」
「はいはい。ちゃんと蓮也くんが危なくない位置にいますから、目を開けて大丈夫ですよ」
遥香の言った通り、目の前には遥香の頭があった。腰の辺りから手を回して、後ろから抱きしめる形をとる。
「ひゃっ……」
「ごめん」
「い、いえいえ。少し驚きました。てっきり、素肌に触れるのは駄目なのかと」
「いや、別に。というか、遥香が揶揄ってくるからなんかそんな気が無くなった」
「……ほう?」
「ごめん嘘だ」
今の遥香は本気でなにをするかわからないので先に制して、やはり不服そうな遥香の頭を撫でる。濡れた髪でもいつもの指通りはそのままで、遥香も心地良さげだ。
「なんででしょうかね……」
「なにが」
「ここまでしてるのに、どうして蓮也くんが手を出す先はいつもと同じで頭なんです? もっとあるでしょう。その、あー……胸、とか」
「逆にいいのか」
「いいのかと聞かれればいいと答えざるを得ないのですが。恥ずかしいので嫌ですと言えばそれを口実に蓮也くんが逃げますので」
「……よくお分かりで」
確かにそうなる自信がある。我ながら情けないものだ。
「まあいいです。もう十分ですので先にあがりますね。目、また閉じてください」
一応、蓮也の理性に対して配慮はしてくれるようで、目を閉じたことを確認してから立ち上がった。浴室の戸が閉まる音が聞こえたので目を開く。
鼓動の高鳴りをようやく我慢しなくてもよくなったらしい。
「……はぁ……」
情けないのも、悪いのも蓮也だとはわかっている。それでも、遥香に手を出すのは躊躇われた。
欲求と過保護な自制心が葛藤してしまっている。そのどちらに身を任せても、きっと遥香は怒らない。結局頼りになるのは蓮也自身なのだ。
「……遥香」
呼びかけてみるが、返事は帰ってこない。シルエットは見えなくなってしまっているので、蓮也があがってもいいように早く退いてくれたのだろう。
あまり長風呂になってしまってもよくないのと、せっかく遥香が退いてくれたこともあるので早めにあがることにする。身体がいつもよりも熱い気がするのは、ただのぼせただけではないだろう。
「さっき、呼びましたよね」
「……どこにいる?」
「扉の裏です」
どうやら蓮也の呼んだ声は聞こえていたらしい。
「お悩みなら、一応聞くだけ聞いてあげます」
「じゃあ……遥香は、その、したくて誘ってるのか?」
「はあ、当たり前ですが」
心底おかしなこと聞いたようにため息をついて、遥香は話を続ける。
「心の底から愛する人、それも初めて好きになった殿方と身体を交えたいと思う私は、間違っていると思います?」
「そんなこと、ないけど」
「そうでしょう。ですが、大好きな相手だからこそ傷つけたくない、そんな人がいることを否定はしませんし、とても綺麗な考えだと思います。どちらも素晴らしいことでは?」
やはり遥香は蓮也を肯定した。わかっていたけれど、それでは何の解決にもならないのだ。いっそ蓮也のような意気地無しは嫌だとはっきりいってくれた方が決心ができたかもしれない。
蓮也が苦悩し始める中、遥香は話をもう一度始めた。
「と、言いたいところですが……蓮也くんに限っては例外ということにさせていただきます」
「……ん?」
「早く私を襲ってよ、ばーか!」
「……えっ」
かなり直接的な表現で罵倒を残して、遥香は浴室の前から立ち去った。
まず、頭を整理する。あの『ばーか!』がとても可愛かったなんて話は後でいいだろう。
遥香が蓮也を求めた。それは今までだってそうだが、今回に限ってはいつものように蓮也のペースに合わせるというわけではなく、もう待てないという意思表示がしっかりとあった。
「……もう、逃げられないなぁ……」
いつかのクリスマスを思い出す。必死に退路を絶って、鼓動が張り裂けそうだった告白の直前と似た感覚に襲われる。所謂緊張というやつだろう。
少しだけ勇気を出すのは、あのときと同じだ。
それから二時間ほど。
ドライヤーで髪を乾かして二人でしばらくソファーでくつろいでから、部屋のベッドに横たわる。
「……いや、ここまでしてもなにもしないとは。意気地無しを通り越した紳士的も、ここまで来れば逆に失礼な気が。まあ、私は構いませんが」
「そこで妥協するから……いや、いいや。ちょっとこっち来て」
「えっ? 蓮也くんのベッドに行けばいいのですか?」
「そうそう」
明るく返事をしながら転がってくる。ベッドを隣合わせにしていると、こういうときに便利だ。いつか二人で寝られるベッドにしたい。
「夜って、いつまでだろうな」
「どういう質問ですか。一般的には日没から日の出まで、家電なんかだと十八時から二十七時までを夜とするはずです」
「真面目に答えられた……えっと、だからな。夜はまだまだ……いや、いい」
それっぽいことを言おうとして、なんとも恥ずかしくなってやめる。一方で遥香は意味のわからない言葉だけを残されて不思議そうに首を傾げている。
きょとんとした表情の遥香を抱き寄せて、服をはだけさせた。
「……おやおや。随分積極的ですね」
「お前がこうさせた。責任はとってもらう」
「それは私が言うものなのでは……」
柔らかく微笑んで、遥香は蓮也の上着に手をかけた。
「夜は、これからですね」
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