SS3.after.彼シャツはお洒落?

 家に着いて、遥香は早速部屋へと戻った。そして蓮也の許可を得てから服を漁り始めた。


「……楽しいか?」

「楽しいです」

「なら、いいけど」


 自分の服を漁って楽しいと言われるのもなかなかに恥ずかしい。遥香の誕生日でなければ絶対に許さなかっただろう。


「蓮也くん的にはどれが似合うと思います?」

「そもそも遥香は可愛いやつの方が……いや、ありか?」

「適当に着てみましょうか」

「まあ、そうしてみてくれ」

「はい。では、このパーカーなんて……どう?」

「……脱げ!」

「は、はい!」


 どうして蓮也本人よりも着こなせてしまうのだ。悔しさなんかよりも、その格好にどきどきとしてしまった。


「に、似合いませんでしたか」

「いや、似合いすぎてるんだけど。似合いすぎててなんか、うん」

「語彙を失ってますが」

「それくらいかっこよかった」

「……ふふっ、やった。これ、貰ってもいい?」

「いいけど、外では着るなよ?」

「アリでは?」

「アリなんだけど」

「でしょ。私も、結構似合うと思うんだ」

「……ところで、その話し方は?」

「さっきかっこよかったって言ってくれたからさ。そっち方向にしてみようかなって」

「いっそそういうコーデにしてみるか」

「うん、やってみよっか」


 慣れない口調に遥香本人も若干照れていて、とても可愛い。かっこよさの追求の後にもし可愛さの追求をされたら、蓮也はいったいどうなってしまうのか。


「遥香はラインが綺麗だからなぁ」

「急になん……なに?」

「別に無理しなくてもいいんだぞ?」

「いつまでも敬語というのもおかしいから」

「そうか……? そういえば、いつも敬語なのはなんでだ?」


 ごく稀にではあるものの、遥香の敬語ははずれているときがある。卒業式のあとなんかは、どきりとする台詞を敬語ではなく普通に言ったことはまだ覚えている。


「別に理由はないよ? でも、なんかこうして慣れてきちゃって。今更気を遣っているとか、そんなことではなくて……」

「なら、別に俺はそのままでいいけどな」

「……おでかけするときは、練習してみますね」


 どうやら遥香はそれなりに気にしているらしい。大方大学でも同じ話し方だから疑問を持たれたとか、そういうことだと思う。システム上、蓮也と遥香がずっと一緒にいるわけではないから友人と何を話しているかまでは把握していないのだ。尤も、それが普通のカップルの距離だと思うが。

 服漁りが楽しくなってきたのか、遥香は肌着一枚になって蓮也の服を着たり脱いだりを繰り返している。去年の蓮也なら直視できなかっただろうが、もうこんな生活も一年が経った。今更気にはならない。


「……こともないからちゃんと何か着てくれよ」

「はい?」

「いや、いいよ。楽しそうだから」

「そうですか。あ、これなんてどうでしょう?」

「……サイズ」

「………………あ」


 ようやく自分の状態に気づいたらしく、慌てて服を脱ぐ。が、肌着で異性の前にいるという状況も異様だということにようやく気づいてくれたようで、先程脱いだパーカーをもう一度羽織った。


「み、見えてました?」

「なにが」

「……ブラジャーの、肩紐」

「見てなかった」

「うっ、見えてたんですね」

「多分見えただろうけど、本当に見てなかった」

「お気遣いありがとうございます。えっと、ちなみにピンク色です」

「そんな情報はあまり求めてなかったんだけど」


 これも誘惑の一環なのだろうか。だとすれば、なかなか巧妙だ。そう言われると少し気になってしまうから。

 そんな蓮也の心情を知ってか知らずか、当の本人である遥香は顔を真っ赤に染めて、パーカーの袖をきゅっ、と握っている。


「気に入ったみたいだな、それ」

「え、ええ、まあ。ただ、その。根本的な問題がありまして」

「サイズか」

「いえ、それは大きすぎるくらいのが彼氏のを着てるんだ……ってなるのでいいんですが、その……蓮也くんの匂いがして、駄目です。死んじゃいます」

「……そんなに臭う?」

「鈍感にも程があるのでツッコミは省略させてください」

「流された!?」


 もちろん遥香の言いたいことはわかっている。好きな人の匂いはどうにも興奮してしまって、正常な状態ではいられなくなる。

 そして、そんな遥香は蓮也から見ればただただ可愛い。もっと悪戯をしてやりたくなるくらいに。

 匂いがどうと言う割に服に顔を埋めて耳を赤く染めている遥香に、後ろから覆い被さるように抱きつく。


「ぴょあ!?」

「は?」

「はっ!?」


 声がまともに出せないのか、あるいは思考ができていないのか。蓮也にはどちらなのかはわからなかったが、遥香はガタガタと震えるばかりで何も言わない。


「……遥香も、甘い匂いするけどな」

「っ!?」


 シャンプーの匂いと、遥香の匂い。少しでも気を抜けば理性の箍が外れてしまいそうな匂い。

 それを逃がさないように遥香を抱きしめると、腕の中で遥香が暴れだした。遠慮なく手足を振り回して、普段は蓮也に怪我をさせるようなことはしないように心がけている遥香が、今回は蓮也の腕から逃れようと必死だった。

 ようやく束縛から逃れた遥香は、蓮也から逃げるような姿勢をとった。


「それ以上は……もう無理だから!」


 それだけを言って、顔を真っ赤にした遥香は部屋から出ていった。


「……自重しよう」


 もし遥香が暴れ始めなければ、蓮也は何をしていたかわからない。まだそういうことは早いと歯止めをかけているのは蓮也の方なのに、それを自分から曖昧にするようなことはあまりしたくはない。


「って、遥香今出ていったよな……?」


 遥香が蓮也のパーカーを着ていることを思い出して、蓮也も慌てて部屋から飛び出した。

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