いつかのお話

SS1.変わらない距離

 鐘の音が心地よく聞こえる時間だ。

 蓮也は除夜の鐘というものが嫌いではない。煩悩が本当にそれだけしかないのかというのは疑問だが、隣にいる彼女が全く煩悩というものを感じさせないのでそうなのだろう。

 一緒に住み始めて、かれこれ一年が経とうとしている。遥香は蓮也に甘えるための口実でわがままを言うが、それ以外は全く何も言わない。蓮也の要求には応えるくせに、自分は相変わらず何も言わない。


「今年もお疲れ様でした。当然ですが、来年もよろしくお願いします」

「そうだな、よろしく」

「今年はどうします? 初詣、行きますか?」

「どっちでも。今年寒いし」

「そうですね……また蓮也くんが風邪をひいたら大変ですし」

「もう風邪はひきたくない」


 記憶に残らないうちに甘えてしまうようなので絶対に風邪はひきたくない。それに、風邪をひく可能性があるのは遥香だって同じだ。


「明日の昼頃にしましょうか。暖かいときなら大丈夫でしょうし。まあ、混雑しそうですが」

「それは仕方ないだろ、正月だし」

「まあそうですね」


 そんなことを言い出したら、そもそも蓮也は寒いこの時期に外に出たくはない。

 もうやることはないので、隣でのんびり読書をしている遥香を膝の上に寝かせて撫でる。


「ん……」


 反応は薄くなった。それでもこれがお互いにとって楽な時間であることに変わりはないし、こうして撫でると遥香はやはり心地よさそうに目を細めてくれる。


「今年は、こうやってのんびり過ごすのもありでは?」

「ありだな」

「お願いくらいはしときますか。今年も、こうして変わらずに二人とも健康で過ごせますように」

「遥香がこれからも愛想つかさずにいてくれますように」

「叶いましたね、おめでとうございます」


 わりと淡々と言われてしまったので少し悲しい。別に反応を求めていた訳では無いものの、最近の遥香は照れたりはしてくれないので蓮也としては物足りない。


「当たり前のことはお願いじゃないですよ? 全く」

「わからないぞ? 俺より魅力的なやつは世の中に腐るほどいる」

「あ、またそういうこと言う。あーあ、そんなこと言うんだ。ふーん」


 ぷいっ、とそっぽ向かれてしまい、蓮也は慌てて遥香の宥めるが、遥香はあまり面白くなさそうに蓮也の膝に頭突きをするばかりだ。

 しばらく頭突きしたら満足したらしく、動きを止める。そして、隣に座り、ニヤリと笑った。


「ばーか」


 それだけ言って、遥香は満足そうにまた蓮也の膝に寝転がった。

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