74.卒業式

 遥香の誕生日の翌日、卒業式。

 卒業生はほとんど集まっていて、蓮也たちはいつもの4人で雑談をしていた。


「はよー」

「悠月ちゃん、卒業式くらいびしっとしましょうよ」

「天宮ってほんとに驚くほどマイペースだな」

「それに比べれば、蓮也はほんと変わったよな」

「ほんとね。あたしらしか話す相手がいなかったときが懐かしいや」

「その頃のことが少し気になる気もしますが……そうですね。私も、蓮也くんがいてくれたから変われました、少しだけ」

「そっか」


 その言葉には心当たりが一応蓮也にもある。遥香の見せる笑顔が柔らかくなったのはそのひとつだろう。

 それが蓮也への気持ちの変化とか、信頼とかがないわけではないのはわかっているし、蓮也にだけ見せる表情もまだたくさんあることだってわかっている。それでも、遥香は変わっただろう。


「そういえば、遥香は答辞読むんだっけ」

「僭越ながら。私は蓮也くんがいいと思うんですがね」

「そんなの男子が許さないと思うぞ。つか、蓮也は絶対やらねぇだろ」

「蓮也くん以外は二の次ですから、蓮也くんがどうして欲しいかですかね」

「俺も遥香にやってほしいかな」

「はい、わかりました。というか今更うだうだ言っても仕方ないのでやりますがね」


 その通りだ。今更蓮也に押し付けられたところで、蓮也は無理だ。向いていないにも程がある。

 クラスの招集が始まったので、蓮也たちも翔斗たちと別れて自分たちのクラスへ向かう。


「ああ、そういえば」

「ん? どうした?」

「ラブレターが入ってたのを忘れていました。読んでませんが、先週の登校日には何も無かったので多分今日かと」

「……まだ来るのか」

「隣に蓮也くんがいつもいるのに、脈があるわけないのに。まあちゃんと受けてきますが」

「ちなみに、何通くらい?」

「三通。多分下級生ですね」

「まあ、さすがに同級生はないか」


 これだけ蓮也が傍にいてまだ遥香に言い寄るのならもう手の打ちようもない。悠月によく人前でイチャつくなと言われるので、蓮也たちに自覚は無いもののかなり距離は近いはずだ。

 思い出したときに読んでしまうべきだと思ったようで、遥香は三通のラブレターに目を通し始める。


「なんだかんだ文句言うわりに、遥香ってやっぱり律儀だよな」

「一応、容姿だけでも好きになってくれたなら、それに応えるのは礼儀です」

「そういうところが律儀だって言ってるんだけどな」

「でも、蓮也くんも同じことをしたでしょう? 決して無下に扱ったりはせずに」

「……まあな」


 思い出すのは、篠崎遥のことだ。蓮也のことを好きだと言ってくれた、容姿だけでも好きになってくれた。だけど、蓮也には応えることは出来なかった。それでもたしかに、無下にはしなかった。

 だが、たとえ蓮也と同じだとしても毎回そうきちんと向き合うのは面倒というのもあるだろう。やはり遥香はすごいと思う。


「あ、心配しなくても私が蓮也くん以外に心動かされることなんて有り得ないので、安心して大丈夫ですよ。お断りの返事だけしてきますから」

「それはわかってる……っていうのも変だけど、心配してないよ」

「ふふっ、そうですか」


 整列の号令を担任がかけだしたので、遥香とも離れて整列。結城と月宮では随分と番号が離れている。当然ながら列でも離れていて、遥香の姿を蓮也の位置から見ることは出来ない。

 このクラスで友人と呼べる存在は委員長こと南彼方くらいだが、その彼方も遥香ほどではないが蓮也とは距離がある。友好関係が狭いことに久々の後悔。

 しばらく暇な時間を過ごして、教員の指示に従って体育館へ。

 卒業生として、できるだけ胸を張って歩く。別に卒業生の威厳だのはいらないが、高校生として卒業式に参加するのはこの一度だけだ。せっかくならきっちりやりたい。

 それから淡々と卒業式は進んでいき、遥香の答辞の番になる。

 堂々とした態度で壇上に上がり、ぺこりと一礼。

 すらりと長い髪を靡かせて、遥香は答辞を読み始める。


「暖かい陽の光が降り注ぐ今日、私たちは…………」


 淡々と読み進める。答辞の内容は遥香が考えたそうだが、蓮也もまだ聞いていない。


「この学校では多くの恩師と出会いました。先生方、そして仲間たち。行事ごとに互いを知り、尊重し合い…………」


 それは、遥香の思い出だった。

 悠月たちとの、蓮也との思い出。懐かしいのか、うっとりと表情を緩ませる。

 建前や取り繕ったものではなく、遥香の本心であるのは伝わってくる。


「……更なるご発展を心より祈念して、答辞とさせていただきます」


 最後にもう一度礼をして、舞台から降りる。降りてすぐに蓮也に向かって小さく微笑んだように見えたが、距離もあり席の位置もわからないはずなので気の所為だろう。

 それからも何事もなく進行し、終わる。

 全員が無事に卒業式を迎えられたことは素直に嬉しい。翔斗なんかは卒業すらも危ういと思っていた。

 教員の話も終わり、今度こそ卒業。

 それから遥香と合流しようとすると、きょろきょろとなにかを探している様子だったので急いで声をかける。


「なんか失くしたか?」

「あ……いえ、いました。蓮也くんを探してたんですよ」

「俺?」

「解散と同時にふらふらとどこかへ行ってしまったので、クラスのみんなで探してたんです。ほら、みんなで写真、撮りますよ」

「それ、俺も入っていいのか?」

「はい? あなたもクラスメイトですから、当然ですよ?」

「いやまあそうなんだけど……」

「月宮さん、結城くん、みんな待ってるからはやく!」

「あ、はーい! すぐに連れていきます! ということで、早く行きますよ」

「わかった」


 あまりクラスメイトと話す機会はなかったが、それでも蓮也のことを輪に入れようとはしてくれるらしい。遥香や彼方が言ったのかもしれないが、どちらにしろ嬉しい話ではある。

 カメラを構えた女子生徒の声とともに各々が表情だったりポーズをとる。聞き覚えのある声なのは、気のせいではない。


「……あのさ、結城。表情酷すぎるわ」

「やっぱり天宮か。あと、俺が仏頂面なのはもうどうしようもないから」

「んー、まあ結城くんに関しては隣の遥香ちゃんがどうにかしてくれるとして。みんなもうちょい笑お? 別れは悲しいけど、最後くらい笑って撮ろうよ」


 悠月の言い分は尤もだろう。だから蓮也も笑顔を作ろうとしてみるが、どうにも自然な笑顔にはならない。

 別に別れが辛いなんてことはない。遥香とは当然これからも一緒だし、翔斗や悠月とも会う。彼方や体育大会で一緒になったメンバーとはあまり会うことは無いかもしれないが、なんだかんだで連絡は取り合っている。関わりがある人とはそれなりに卒業式してからも会えるのだ。


「……ふふっ……」

「人の顔見て何笑ってんだ」

「いえ……その……必死に笑おうとしてるのが面白くて、つい……ふふっ……」

「これでも頑張ったんだけどな」

「あ、それです。自然な笑みですよ。私が好きな笑顔です」


 そんなことを言われたら、自然と笑みがこぼれるのだ。その瞬間を見て、悠月がシャッターを切る。


「後で遥香に送っとくから各々貰ってね。で、遥香と結城と委員長はこっち」

「えっ、私も?」

「そ、委員長も」


 今回は四人で雑談というわけではないらしい。

 悠月に連れられて行くと、そこには蓮也の数少ない友人が集まっていた。


「次はこっちで撮るから」

「……どういう面子だ?」

「結城が中心で広がった輪、かな。ほら今永とか伊藤も、あたしらは結城繋がりだし。もしかしたら、結城は主人公かなんかなのかもね。ほら、なんだかんだであたしらも助けられてるし」

「だとしたら、私はヒロインでしょうか。ふふっ、いい立ち位置を貰えました」


 にこにこと笑みを浮かべる遥香は、随分と楽しそうに見える。


「さて、では撮ってしまいましょう! ほら、蓮也くんは真ん中ですよ」

「なんで」

「いやさっき説明したじゃん。『結城いつもありがとね』の写真だから、結城が真ん中」

「……まあ、わかった」


 遥香と悠月だけでなく他も譲る気は無いようなので、大人しく真ん中に入る。

 遥香がセルフタイマーを設定して蓮也の隣に。


「あ、さっきみたいなのはなしだよ結城くん。笑顔笑顔」

「わかってるって」


 自然な笑顔は難しいが、なんとなく、今は簡単に作れた。

 フラッシュが光り、遥香が確認しにスマホの元へ向かう。


「ちゃんと撮れてました! あとで送っておきますね!」

「じゃあまあ、今日のところは解散かな。遥香も忙しそうだし」

「ああ……すみません。ただ、やはりすっぽかすというのはどうにも」

「月宮がそういうとこちゃんとしてんのもわかってるって」

「ありがとうございます、八神くん」


 それからは各々で行動した。翔斗と悠月は帰るらしいが、彼方はまだしばらくいるらしい。なんでも、最後に教室を綺麗に掃除して帰るそうだ。

 蓮也は遥香の返事が終わるまで待っていることにした。






 時間は三十分程度だったが、遥香は随分と疲弊した様子で帰ってきた。


「大丈夫か?」

「ええ、まあ……なかなかしつこかったです。女性に嫌われますよ、あの人」

「まあそれ以上は遥香には関係ないだろ。じゃあ、帰るか」

「はい!」


 卒業証書を抱えるように持って、遥香はゆっくりと歩き出す。


「この帰り道を歩くのも、もう最後なんですよね」

「そうだな。そう考えると、ちょっとだけ寂しいかもな」

「ですね。では、ゆっくり歩きましょうか」

「賛成。せっかくだからな」


 手を出すと、柔らかい手に握られる。

 どれだけ頑張って遅く歩いても近い距離は伸びてはくれず、すぐにマンションが見えてしまう。


「卒業は、少しだけ寂しいですけど」

「……けど?」

「私たちはずっと一緒ですからね」


 柔らかく微笑む遥香に、蓮也も笑みを返した。

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