62.イルミネーション
12月半ば、クリスマスも近くなってきたから寒い。遥香は、ソファー横に置いてあるブランケットを広げて寛いでいる。
「外に出たくなくなりますね〜」
「わざわざ出る必要も無いから余計にな。何か必要なものがあったら買ってくる」
「いえいえ、そのときは私も行きますから」
「別にいいんだぞ?」
「蓮也くん、将来お嫁さんの尻に敷かれてそうで心配です」
「お嫁さん、ね」
「も、もちろん私はそんなことしませんよ!?」
「言ってないから」
あたふたと手を振る遥香を静止させ、遥香の隣に腰かける。その瞬間に、遥香は蓮也の膝の上に頭を置いてきた。
「今日も甘えん坊か?」
「今日もってなんですか。普段から私がそうみたいに聞こえるじゃないですか」
「間違ってはないと思うぞ」
「間違ってますね。蓮也くんこそ、たまの甘え方が可愛らしいですよ」
「うっせ」
悪戯っぽく笑う遥香に軽くデコピンをすると、少しだけ痛そうに額をさする。もちろん、力はほとんど入れていないのでさほど痛くもないだろう。
「酷いですね、事実を述べただけなのに」
「否定できないんだよな……」
「そうでしょうそうでしょう。ここで一つ甘えておきますか?」
「嫌だ」
今既に甘えている人には言われたくないな、なんて思いながら膝を陣取っている遥香の頭を撫でていると、突然遥香が興奮気味にスマホの画面を見せてきた。
「外に出たいです!」
「イルミネーションか」
スマホに映っていたのは、近所ではあるがかなり大規模に装飾された道路だった。
「綺麗じゃないですか?」
「ここで遥香を撫でてる方が魅力的だけど」
「うっ……いや、駄目ですよ。駄目です」
「わかった。じゃあ見に行くか」
「やった」
無邪気に笑う遥香が相手なら、そもそも蓮也の選択肢はひとつに絞られていた。
当然の事ながら外は寒く、かなり密着していても身体が凍えそうになる。遥香は言い出したことを気にしてか、決して寒いとは言わないもののときどき手足をすり合わせたりして寒さを和らげようとしているのが見える。
「ほら」
「あ……ありがとうございま……いや、駄目ですよ。その服装じゃ風邪ひきます」
上着を被せてやると、蓮也もあまり着込んでいなかったから断られてしまう。なんとか無理やり押し付けると、渋々といった感じで着てくれる。
「風邪ひいたら遥香が看病してくれるんだろ?」
「ええ、まあ。看病はしますよ」
「なら大丈夫だ」
「なにが大丈夫なんですか……」
ため息をつきながらも少し嬉しそうな辺り、やはり遥香はときどき素直じゃないななんて思う。それを蓮也が言うとまた文句を言われてしまうので止めておくが。
やはり薄着な蓮也が気になるらしく、チラチラと蓮也の方を見ては引っ付いたり離れたりを繰り返している。可愛らしかったので抱き寄せると、驚いたような表情で、でも身を預けてきた。
「暖かいです、蓮也くんの服」
「ならよかった」
「でも……」
「大丈夫だから。これでも身体には自信がある」
「この前風邪ひいてた人が何を……」
「だいぶ前の話だろ」
それでも納得がいかないらしく、腕に抱きついて目を逸らしている。至近距離になったためふわりと遥香の髪から金木犀の匂いがして、咄嗟に顔を逸らしてしまう。
「あ……嫌でしたか?」
「そんなわけないけど、いきなり距離を詰められるとちょっと。心の準備とかいろいろあるから」
「ピュアですねぇ〜」
「うっせ」
誤魔化すために遥香の頭を撫でるが、気持ちよさそうに目を細めるだけなのでむしろ蓮也が恥ずかしくなってくる。
そんなやり取りをしながらしばらく歩き続けていると、きらきらとイルミネーションが光る道に出る。
「わぁ……」
「綺麗だな」
「そうですね……」
まるで子どものように目を輝かせている遥香は、イルミネーションなんて見たことがなかったのかかなり興奮気味に、それでいて静かに眺めていた。
「写真でも撮るか?」
「賛成です」
「じゃ、撮るからもうちょっと向こういけ」
「はい?」
「ん?」
せっかくだからイルミネーションも綺麗に写る位置で取ろうと思ったのに、遥香は蓮也の服の袖を掴んでしまって動かない。
全く意図が分からないその行動に頭を悩ませていると、遥香は近くを通りかかった見知らぬ人にスマホを手渡して戻ってくる。
「ほら、撮ってもらいますよ」
「……俺と撮りたかったのか」
「私一人で撮ったってなんの意味もありません。待たせるのも迷惑ですから、早くしてください!」
「そうだな」
蓮也の隣に写る遥香は、心做しかいつもよりも少しだけ笑顔が輝いていた。
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