63.記念日の朝

 ほどよい程度の雪が降った今日、クリスマス。

 なぜかいつもよりも早く目覚めてしまった蓮也は、時間を確認する。5時36分。


「早くてもあと30分くらいだよな……」


 普段、遥香は6時過ぎにやってきて、朝御飯の準備なんかをしてから蓮也を起こしに来てくれる。しかし冬休みということもあり、遥香もそんなに決まった時間には来ていないらしい。

 ベランダに出てみると、頭をはっきりとさせる冷たい風が吹きつけてくる。雪も積もっていて、ベランダにも少しだけ雪が積もっている。

 少し手に取って丸めてみると、ひんやりとした冷たい手触り。残念なことに顔になりそうなものもないのでその場においておく。


「寒……」


 子どもたちは早朝にも関わらず元気に遊んでいる。もしかしたら遥香もこんな感じで遊びたがるのかな、なんて思って、蓮也は部屋へと戻る。

 しかし、遥香がいないとなかなかに閑散としていて、本当にやることがない。ここまでくると、遥香に依存していると言っても過言ではないだろう。

 せっかくだから、ココアでもいれて待っていようと思い準備をする。

 食器棚には、色とりどりの多種多様な食器が並んでいた。蓮也が一人で過ごしていた頃は両手で数えられるくらいの量だった食器も、いつの間にか数を増やした。

 2つのマグカップを取る。


「新しいマグカップとか、買いに行ってみてもいいかもな」


 今使っているマグカップはそれぞれが使っていたもので、共通点はない。でも、せっかくなら色違いとかを使いたいと思う。

 そうこうしてココアをいれていると、玄関扉が開く音が聞こえる。時計を確認すると、5時50分。


「……あ、起きてたんですか」

「おはよう」

「おはようございます」


 恥ずかしそうにはにかむ遥香は、おそらく起きてから着替えだけをして来たのだろう、髪が乱れている。


「ココア飲むか?」

「いただきます」

「わかった。座っててくれ」


 ちょこんとソファーに腰かける遥香はどこかバツが悪そうにしながらクッションを抱えている。乱れた髪型を見られるのが嫌なのか、蓮也が遥香の方を見ると慌てて髪を戻そうとする。

 櫛を手渡すと、恥ずかしそうにしながら受け取り、髪に通していく。

 遥香が髪を整えている間にココアをいれ、2つのマグカップを持って遥香の元へ戻る。丁寧に整えられた髪はソファーに垂れかかっている。


「遥香の髪って綺麗だよな」

「ええ、手入れは欠かさずしてますので」

「あー……それは、撫でろってことか?」

「別にそうは言ってませんけど」


 以前、遥香が髪を整えているのは撫でられたいからだと言っていたのを思い出す。せっかくだからと思い、遥香にココアを手渡し、空いた手で頭をそっと撫でる。


「なんだかんだで撫でたかったのでは?」

「まあな」


 ふーふーと吐息をかける遥香はなんとも愛らしくて、撫でるよりも抱きしめたくなるのは黙っておく。もちろん、行動にも移さない。

 そんなことを考えながら、ココアを啜る遥香を眺めていると、あまり面白くないように遥香は蓮也を睨んでいた。


「なんですか」

「いや、可愛いなって」

「ココアを飲んでるだけで可愛いと言われましても……」

「事実だから仕方ないだろ」

「はいはい。そういうのもういいですから」


 照れた様子を隠そうともしなくなってきた。しばらくして、やはり恥ずかしくなってきたのか目を逸らすが。

 せっかく早く起きたのなら朝御飯でも作ろうかなと思い、ココアを飲み干して遥香の傍を離れる。

 しかし、袖を掴まれてしまって動くことが出来ない。


「どうしたんですか?」

「朝御飯でも作ろうかと」

「えっ」


 なんとも言えない表情で蓮也を見つめて、そのまま動かない。袖を掴まれたままの蓮也は動くことも出来ない。


「あの……飽きてきました?」

「はっ?」

「私の朝御飯では飽きたのかと……」

「違う違う。遥香の料理は一年以上食べてるけどずっと美味しいしむしろそれは毎日の楽しみだしだから飽きる訳もなくて……」

「わ、わかりました、ありがとうございます。でも、ならどうして……?」

「たまには作ってみようかなって。遥香が好きでやってくれてることはわかってるんだけど」

「そういうことでしたら、手伝いますよ」

「意味ないだろ……」


 しかし手伝いたいらしく、蓮也は連夜の指示を待っている。あくまで蓮也の手伝いということらしく、自主的に動こうとはしない。


「えーっと、フレンチトーストでも作ろうと思ってるんだけど」

「なるほど。作り方は?」

「大丈夫だと思う」

「蓮也くんを信じましょう」


 やることはないと思ったのか、遥香はソファーに座り直して持ち込んでいた本を開く。


「珍しいな」

「あまり蓮也くんの前では読みませんからね。朝はこうして時間を潰すことが多いんです」

「そっか」


 ただ本を読んでいるだけで様になっていて、まるでドラマの中の世界にでもいるような気分になる。

 あまり遥香を見つめていては朝食が遅れると思い、蓮也は材料を準備して調理を始める。チラチラと遥香が蓮也を見ているが、それはあえて気にしないでおくことにして。

 手際は遥香と比べると明らかに悪いものの、問題があるほどではない。それでも遥香は気が気でないようで、途中から本を手放してずっと蓮也を見つめていた。


「そんなに危なっかしいか?」

「い、いえ。ただあまりにもお呼びがかからないと寂しいなと思いまして」

「できたけど」

「……まさか一人で作れるとは。偉いですね」

「馬鹿にしてるだろ」

「してませんよ。そういえば、元々多少の料理はできたんですっけ」

「ほら。最初から俺が遥香に頼ると思ってたんだろ」

「……バレてましたか?」

「むしろなんでバレないと思ったんだか」


 しかし、遥香ほど手際はよくないのでそこで話を終える。フレンチトーストをテーブルに並べると、遥香はフォークやバターを準備してくれて、見栄えが少し良くなる。


「なんというか、ドキドキしますね」

「クリスマスだからな」

「それはそうなんですが、今はそっちじゃないです。蓮也くんが作ってくれた朝御飯を食べるのがです」

「料理多少はできるって言ってるんだけど。泣いてもいいか?」

「いやそうではなく……うーん……」

「ぷっ」

「あっ! 笑いましたね!?」


 言いたいことはなんとなくわかったが、あまりにも真剣に悩んでいる遥香に思わず吹き出してしまう。本人としてはあまり見られたくないらしく、二の腕に頭突きをしてくる。


「もう……」

「ごめんって」

「はいはい。早く食べますよ」

「不味くはないから安心してくれ」

「ふふっ、知ってますよ」


 美味しそうに食べてくれる遥香を見ながら、蓮也も一口食べた。当然、いつもの朝食の方が美味しかった。

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