53.頑張るのは誰の為?
新学期だ。そろそろ勉強にも本腰を入れる、には既に遅いような気もするが、蓮也の場合はかなり準備が整っているのだ。
「結城、遥香、おは」
「ああ、天宮。おはよう」
「おはようございます」
「順調?」
「まあ、ぼちぼち」
「ん、よかった。志望先はあんたら高いからさ」
「まあ、やれるだけはやってみるつもりだからな」
「ふーん……さすが、遥香の為となると違うね」
「まあ、それもあるけど。あくまでこれは自分の為」
「……そっか」
「かっこいいですね」
「そんなことない」
ただ、遥香の為だって言ってしまえばなんとなく自分に言い訳ができてしまいそうだから。それに、将来の夢なんてものもないからこうして志望先を変えれているんだ、それほど誇っていいものでもない。
しかし遥香にとってはそれが嬉しいらしく、ずっとにこにことしている。
「偉いです、偉いです」
「おい、俺をなんだと思ってるんだ。馬鹿にしてるだろ」
「なんのことでしょうか?」
「……まあいいけど」
本気で言ってるあたり調子が狂わされる。別に遥香に甘やかされること自体は慣れてしまっているので構わないのだが、こういうのは違う気がしてならない。
「相変わらず仲良さそうでよかった。なんか元気出た」
「お、おう……?」
「なによりです。悠月ちゃんも頑張って」
「ん、ありがと」
「じゃね」と言いながら悠月は教室から立ち去って行く。結局何をしに来たのかはわからなかったが、楽しそうだったので良しとしよう。
「あ、結城くん、月宮さん。ちょうどいい所に」
「委員長、どうした?」
「ごめん、朝からで悪いんだけど……」
机の上に広げられたのは、一冊のテキスト。指差す部分の周辺には赤いペンで修正した跡があって、普段の努力が伝わってくる。しかし、蓮也たちに声をかけてきたのにはなんらかの理由があるのだろう。
「ここ、結局わからなくて……教えて貰ってもいい?」
「ああ、そういうことか。俺たちでよければ。いいよな?」
「当たり前です」
「ありがとう!」
委員長こと南彼方が悩んでいた問題は確かに複雑だった。実際蓮也も解くのにかなりの時間を使ってしまい、結局教えるのは放課後ということになった。
「……で、ここを変形させると……」
「……おお、できた! ありがとう!」
「その手の問題は類似問題が多いと思うから、一応他の問題でも確認しといて欲しい」
「うん、わかった。月宮さんも、付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、私は何もしてませんので」
「でも、月宮さんがいないと結城くんも付き合ってくれなかったかもしれないし」
「そんなことありませんよ。蓮也くんは優しいですし、教えることで自分も理解できるはずですからね」
「おお、なんかやっぱり月宮さんって、結城くんのこと全部わかってる感じするね」
「当然、私は誰よりも蓮也を近くで見てますから」
少しこそばゆい台詞に恥ずかしさを覚えるが、実際別に遥香がいなかったとしても勉強には付き合うつもりだったし、それが力になるのも事実だ。
「では、帰りましょうか」
「またね」
「えっ? 委員長は一緒に……」
「さすがに二人の時間をずっと邪魔するのも悪いじゃない?」
「……そういうことなら」
荷物をせっせとまとめた遥香は、いつもよりも少し近い距離で蓮也の隣に引っ付く。ふわりと香る髪の香りがいつもよりも近くて、少しやりづらい。当然ながら嫌なわけではないので、距離を置いたりはしないが。
帰路、遥香は嬉しそうに口を開いた。
「蓮也くんがちゃんと、自分のために頑張ってくれててよかったです」
「えっ?」
「私のためだと言ってやってくれるのも嬉しいんです。それでも、あなたにはあなたの人生があるんです。だから、蓮也くんが自分のためだと言ってくれて、少し気が楽になりました」
「……そっか。でも、俺はいつも自分のことばっかりだぞ?」
「またまた、何を言ってるんですか?」
「遥香の隣にいるのも、遥香のためにやることも全部俺がしたいから。遥香が嬉しかったり楽しかったりすれば、俺も楽しいから。遥香も好きでやってるんだろ?」
「……なんでそういう恥ずかしいこと、さらっと言えるんですかね」
「悪いか?」
「いえ、そういうところも好きですよ」
「遥香こそ、そういうことさらっと言うよな」
「ふふっ、駄目ですか?」
「いや」
やはり遥香のようにすぐには言えない。むしろ、大好きなんて言い方にしてしまえば簡単に言えてしまうのに。感情の表現は難しい。
「まあ、いつもありがとな」
「ふふっ、いいんですよ。蓮也くんのサポートは私の役目ですから」
「そんな役目はないけど」
「……いいじゃないですか、別に……」
悪態をつく遥香はとても可愛い。その表情を見て、また蓮也はその頭を撫で回す。
「きゃっ!」
「ごめん、びっくりしたか?」
「まあ、はい。蓮也くんは好きとは言ってくれませんが、こうやって表現してくれるので嬉しいです」
「そっか」
撫でられた遥香は嬉しそうに頭を向けてくるのだった。
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