52.お祭り
遊んでばかりな気もするが、今日は夏休みの最終日である。この地域ではこの日は毎年祭りがあるらしく、蓮也たちも去年回っている。そして、今年も。
「お待たせし……」
「綺麗だ」
「……ありがとう……」
去年と同じく浴衣姿の遥香を見て、すぐに率直な感想を述べる。関係が変わってからは、素直にこういうことを伝えられるようになったのは蓮也としては嬉しい。
手を差し伸べると、その手はぎゅっと握られる。ほのかな温もりが心地良い。
「蓮也くんも似合ってますよ」
「そうか? まあ、遥香がいろいろやってくれたからな」
「元がいいので」
「なら、そういうことにしといてくれ」
今年は蓮也も浴衣である。乗り気ではなかったが、遥香がなぜか実家から持ってきていて、せっかくだからと言うので着ることにした。遥香が満足してくれるなら十分だ。
そもそも蓮也は浴衣の着方は知らないので遥香に着付けをしてもらい、ついでに伸びてきていた髪も適当に揃えてもらった。
「なんか緊張するな」
「そうですか? まあ確かに、蓮也がいつもよりかっこいいのはドキドキしますけど……いえ、ごめんなさい。聞かなかったことに」
「ドキドキしてるのか」
「……聞かなかったことしてほしかったです」
「ごめん」
顔を背けられる。手を握りしめる力は全く緩んでいないので、離れる気はないということは伝わってくるからそのまま歩き続ける。
いつもなら人通りがそう多くない道だが、今日はいつもに比べかなり人が多い。はぐれないようにという名目で、蓮也は遥香を抱き寄せる。
「えっ!?」
「人多いから」
「あ、ああ……そうですね。ありがとうございます」
「暑かったら離れていい」
「いえ、大丈夫です」
手を離し、今度は腕に抱きついてくる。手を繋ぐよりも合理的だと考えたのかなんなのかは知らないが、それだけでなんとも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。
「イチャついてるカップルみたいに見えるぞ、これ」
「あながち間違ってないそうですよ。私たち、周囲からそう見られてるらしいですし」
「……なんか、急に恥ずかしくなってきたな……」
「離れますか?」
「いや、いいよ」
そう伝えると、嬉しそうにしながらより強く蓮也に抱きつく。この距離感には慣れたものの、外でやるのと家でやるのは話が違うんだなと実感できてしまったので、今度から注意しよう。
のんびりと歩いていると、去年は待ち合わせをした場所にたどり着く。
「去年はあんなにピュアだった蓮也くんも、今じゃ随分攻めてきますよね」
「そんなことないけど」
「無自覚だったんですか……」
「いや、多少遥香を照れさせようとはしてる。あれ、可愛いから」
「……怒りますよ」
そう言う割には結構嬉しそうに見える。普段から可愛いとはよく言われているはずなのに、蓮也に言われたときは他とは違う反応を示してくれるのが、やはり嬉しい。
「変なこと言ってないで行きますよ」
「おう」
きゅっと距離を詰めて歩き出す。慣れない下駄を履いているからか歩きにくそうにしているのが可愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「可愛かったですか?」
「えっ」
「蓮也くんがにやにやしてる時って、だいたいそう言うから」
「あ、ああ、確かにな。可愛かったけど」
「そうですか。ちなみに、どの辺が?」
「え……っと、歩きにくそうにしてて微笑ましかったというか」
「……そうですか」
遥香は姿勢を整えて、真っ直ぐに歩き出す。微笑ましいと言われたのが不服だったのか、少し意地になっているのが伝わってくるので、素直にごめんと伝える。
「別に怒ってませんよ」
「そうは見えないけど」
「……子ども扱いは嫌です。私は蓮也くんの彼女なので」
「……おう。ごめんな」
さっきまでに比べてしっかりと歩けている。が、やはり少しおかしい。笑うとまた怒ってしまうので表情には出さないが。しばらく出店を見て回っていると、遥香がつまづいて転びそうになり、咄嗟に抱きしめて受け止める。
「あ……りがとうございます……」
「無理しなくていいから。ゆっくり回ればいいだろ?」
「はい……ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいから。それで、どうする? なんかしたいこととか、食べたいものとか」
「金魚がすくいたいです」
「金魚すくいか」
ちょうど少し先に店が見えていたので、足を揃えて向かう。遥香も下手な気を遣うようなことはしないで、ゆっくりと歩いている。
子どもたちが数人いるくらいで、出店にはあまり人が来ていないようだったのですぐにセットを渡される。百円だ。
「蓮也くんはしないんですか?」
「苦手なんだよ、これ」
「そうなんですか。なんか、残念ですね」
「なにが?」
「せっかくだから、二人でなにかしたかったです」
「まあ、限られてるし難しいかもな」
「今度、ゲームセンターでも行きますか?」
「いいけど、行ったことあるのか?」
「ないです」
「だと思った」
そもそも、遥香はゲーム初心者だ。とはいえこの前、有名な赤と緑の兄弟が亀の化け物を倒してお姫様を助けるゲームを上手く進めていたので、出来ないという訳では無いだろう。受験が落ち着けば行ってみるのもいいかもしれない。
と、そんなことを考えながら遥香が金魚すくいをしているのを眺めていると、隣から声をかけられる。
「にいちゃんだ」
「ん? ああ、久しぶりだな」
以前傘を貸した少年だった。後ろには友達と思わしき子どもたちがわいわい騒いでいる。
「ねえちゃんもいっしょだ!」
「兄ちゃんでもテンション上がってほしかったな……」
「お知り合いですか?」
「というか、一方的に知られてるみたいだ」
「なるほど……あ、やりますか? お姉ちゃんのやった後なので、ちょっと紙は弱ってますけど」
「やる!」
「ふふっ、どうぞ」
遥香は数匹の金魚が入った器とポイを手渡して、蓮也の隣に戻ってくる。
「よかったのか?」
「こんなのがやってるより、子どもがやってるのを見てる方が微笑ましいです」
「こんなの、ね。俺はそんなのに夢中なわけだ」
「なっ、よく恥ずかしいことを堂々と言えますね!?」
「子どもしかいないし」
厳密に言うと店主もいるが、やる気もなさそうにスマホをいじってるので聞いてないだろう。
金魚を夢中で追いかけている少年に目を向ける。遥香をかわいいねえちゃんと言える少年に、蓮也が一方的な信頼を寄せているからか微笑ましい。
「可愛いですねぇ〜」
「そうだな。お前も……」
「はいはい。そういうのはいいですから」
「はい」
「……子どもかぁ〜」
「どうした?」
「いえいえ。ところで、男の子か女の子、どっちがいいですか?」
「そ、それ答えないと駄目か?」
「気になったんですがねぇ〜」
やけに上機嫌である。おそらく子どもが好きなんだろう、金魚すくいに没頭する少年を見てにこにことしている。いや、にやにやの方が近いかもしれない。
「女の子かな」
「なるほど。それはどうして?」
「ほら、遥香の子どもなら遥香に似た可愛い子が産まれてくるかなって」
「……いつから私たちの話に!?」
「違ったのか!?」
「そ、そんなの……まだ早いです……」
「お、う……そうだな」
恥ずかしそうに俯く遥香を見て、少しだけ、蓮也も照れてしまった。
しばらく出店を楽しんで、時間が経過した。そろそろ花火の時間だ。
「では、行きましょうか」
「かき氷」
「あ、そうですね」
「遥香をお姫様だっこする前提でなら一つの方がいいな」
「歩けますから」
「歩かせたくない」
「……わかりましたよ。味、どうしますか?」
「遥香の好きなの」
「……はい。はぁ……どんどん私が駄目人間に……」
その文句は筋違いなのだが。そもそも遥香が駄目人間になってしまえば、当然既に駄目人間の一途をたどっている蓮也も同じく駄目になっていくだろう。大丈夫だろうか?
「買ってきましたよ。では、行きましょうか」
「おう」
去年も通った雑木林。もう少し整備されないのかと思わないでもないが、整備されてしまうと穴場でもなんでもなくなってしまうのでやはりこのままでいい。
遥香を抱え上げ、荒れた道を歩いていく。蓮也も下駄ではあるが、何故かそれなりに歩けているので問題は無い。途中、目が合っては遥香が恥ずかしそうに目を逸らすので、なんとも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。
そうして、花火が見える場所に出た。
「さて、今年は遥香に試してもらいたいことがある」
「はい?」
「そのかき氷貸して、目を閉じて」
「えっ、は、はぁ……?」
疑問はあるようだが、素直に目は閉じてくれる。
「かき氷の味、当てろよ」
「いや、私が買ったか……っ!?」
唇を重ねる。
去年遥香にされたことに、まだ気づいていないわけが無い。いや、本当は忘れていたのだが、かき氷を買うとかの話の辺りで思い出したのだ。
「……気づいてたんですか」
「一応。されたときは全くわからなかった」
「だからってなにも口に……」
「嫌だったか?」
「そんなわけないです……」
そんな遥香の染った頬の赤さをかき消すように、花火が打ち上がる。二人揃って花火を見て、手を繋ぐ。
「私と花火、どっちが綺麗ですか?」
「遥香」
「花火職人の人に失礼ですね……でも、ありがとうございます」
嬉しそうな遥香に、蓮也はもう一度キスをした。
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