51.二人だけの誕生日
「今年は覚えてましたか」
「さすがに。去年あれだけ祝われたからな」
八月三十日、今日は蓮也の誕生日だ。しかし、今年は翔斗たちが来る訳でもなく、二人だけだ。
「今年はなんで二人とも来なかったんでしょうね?」
「あいつらなりの気遣いだと思うぞ」
「ふふっ、かもしれませんね。さて、蓮也くんのしてほしいこと、行きたいところ、やりたいこと、なんでもしましょう!」
「おう」
とは言ったものの、特にしたいことも行きたいところもない。そもそも今日は蓮也からの頼みで、ただのんびりと過ごそうということになっているのだ。
予定通りにのんびりとソファーでくつろいでいると、遥香が膝をぽんぽんと叩いて、なにかを促している。
「どうぞ?」
「いや、何を」
「膝枕ですが」
「ああ……」
そう言われて蓮也が素直に甘えるはずもなく、逆に遥香を抱き寄せて蓮也が膝枕をする形になる。すると、遥香が軽くだが膝に頭突きをしてくる。多少痛い。
「ああもう……駄目なんですよこれじゃ……」
「駄目なのか」
「今日は私が蓮也くんを甘やかすんですよ」
「なるほどな」
とりあえず頭突きを続ける遥香を止めて、起き上がらせる。そして、流れて蓮也が遥香の膝へと寝転がる。遥香はというと、蓮也の行動が意外だったのか少し驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔になって頭を撫で始めた。
「よしよし」
「甘やかし方を間違えてる気がするけど」
「駄目ですか?」
「いや、そんなことないけど」
「ならいいじゃないですか」
他人に見られていたら相当恥ずかしい状況だということを除けば、蓮也としてもこの状態はかなり楽だ。が、やはり恥ずかしい。
「あ、こら。何逃げようとしてるんですか」
「恥ずかしい」
「私もです」
「ならやめてほしい」
「そうですか……うーん……」
「……あのな、無理してなにかしなくてもいいんだぞ?」
「わかってますよ。でも、せっかくの誕生日ですから」
「気持ちだけで十分だ」
「うーん……」
どうしても何かしたいらしく、考え込んでいる。その様子が可愛くて、蓮也は思わず吹き出してしまう。
「なに笑ってるんですか?」
「いや、可愛いなと思って」
「もうその手にはかかりませんよ」
その手、というのに心当たりがなかったわけではなく、たしかに今回は遥香は照れなかった。なんだか少し寂しく感じてしまい、蓮也もまた追い打ちをかける。
「残念だな」
「残念でしたね」
「可愛かったんだけど」
「……そうですか」
「てか、いつも可愛いんだけど」
「そ、そうでしょう。そうだと思います」
「遥香の負け」
「もうっ!」
上を向かれてしまった。まだ遥香の膝の上に寝転がらされている蓮也にはその表情を確認することは出来ないものの、やはり耳まで真っ赤になるところは変わらないらしい。
まずは遥香の膝から脱出し、それからまた遥香を膝に寝転がらせ、遥香が蓮也にしたように頭を撫でる。サラサラと指通りのいい髪が指の間を通り抜けていくのが少しくすぐったく感じる。
「結局こうなるんですか……」
「嫌か?」
「嫌じゃありませんけど。納得がいきません」
と、言いつつも遥香は心地良さげに目を細める。撫でるとこういう反応をしてくれるので、蓮也もついこうして撫でてしまう。
「納得はいきませんが、落ち着きますね」
「ならよかった」
「いえ、良くはありません。これじゃいつもと変わらないじゃないですか」
「最近こうしてのんびりしてる時間もなかったし、いいんじゃないか?」
「……まあ、蓮也くんがそう言うならいいですけど」
最大の譲歩なのか、諦めたように蓮也の膝でむくれている。遥香はずっとむくれ続けているが、嫌ならとっくに逃げているはずなので撫で続ける。
「遥香の髪って、サラサラしてるよな」
「……そりゃ、まあ。こうしてほしくて手入れしてますので」
「お、おう……そっか……」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
まさか遥香が蓮也に撫でられたくて髪の手入れをしていたなんて思っていなかったので、少し驚いてしまう。嬉しいのは嬉しいのだが恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あ、そうでした。誕生日プレゼント」
「あるのか」
「あまり期待してもらえるものじゃありませんが……手、出してください」
「はい」
言われた通りに左手を出すと、「そっちじゃないです」と言われてしまう。よくわからなかったが右手に変えて出し直す。
すると、その指にすっと輪っかが通される。
「指輪か」
「私だけつけていても意味がないじゃないですか」
「まあ、そうか。で、これは仮ってことか?」
「左手は蓮也くんも空けててくださいね」
「おう」
遥香以外に相手もいなければ、そもそも遥香以外が眼中に無いので左手の薬指はしばらく空いたままだろう。
「さて、いつまでもこうしてはいられませんよね。お昼ご飯の準備してきます」
「ああ、そっか。ありがとな」
「好きでやってるので」
「知ってるよ」
いつもより少し豪華な昼食を二人で食べて、それからまたまったりと二人で時間を潰した。
時間が経つのは早いもので、意外とすぐに夜になった。
「晩御飯は準備してますので、安心してください」
「そっか。なら、もうちょっとこのままでいいよな」
「構いませんが……足痺れたりしませんか?」
「大丈夫だ」
昼間と同じように、蓮也が遥香を膝枕する状態でいた。なかなかの時間このままでいるので痺れていない訳では無いが、それほど気になるわけでもない。
「そういえば、また髪が伸びてきましたね」
「ほんとだな。切ってくる」
「……いつも切りに行ってたんですよね」
「そうだけど、似合ってなかったか?」
「い、いえ。ちゃんとカッコよくて……」
「おう……」
「でも、せっかくなら私が切りたかったなって……」
「……これからは頼む」
「えっ? いいんですか?」
「もちろん」
断る理由もない。それに、蓮也のことを今一番知っているのは、紛れもなく遥香なのだ。遥香に切ってもらうことに抵抗はない。
視線を落とすと、遥香は嬉しそうににこにこしていた。そんなにも嬉しいものなのかは疑問だったが、嬉しそうなのでよかったと思い再び頭を撫で始める。お互い飽きることも無くこの状態が落ち着くのである。
「……好きです」
「急にどうした?」
「なんとなく、ちゃんと言っておこうかなって」
「なんだそれ。でも、まあ……」
俺も好きだ、と。すぐに言えないのは蓮也の悪いところだろう。どうにも好きだと言うのは苦手だ。
「……長いですね」
「好きだ」
「知ってますよ」
「まあ、そうだろうな」
「ふふっ、意地悪してごめんなさい」
「はぁ……性格悪いな?」
「なっ……失礼ですね」
「嘘だって」
「嘘ですか……」
「そんなこと思ってたら、こんなことしてないだろ?」
「確かにそうですね。ふふっ、なんだかんだ言って蓮也くんも私のこと好きですね〜?」
「そう言ってるだろ」
「そうですね」
にこにこと笑いながら、遥香は蓮也の膝に頬をすりすりと擦り付けている。どうやらそれが楽しいようで、ときどき鼻歌が聞こえてくる。
「マーキングか?」
「そうですね、そういうことにしておいてください」
「本当はどういうことなんだ?」
「したいからしてるだけです。迷惑ですか?」
「いや、全然」
「甘いですねぇ〜」
「うっせ」
「はいはい。そろそろ時間ですし、晩御飯にしましょうか?」
「だな」
そう言うと遥香は立ち上がり、せっせと準備を進める。出来上がっているのは本当らしく、すぐに準備は終わった。
「ローストチキンか。美味そう」
「ふふっ、よかったです」
「ありがとな」
「ええ、もっと褒めても……いえ、なんでもないです」
「よしよし」
「……なんでもないって言ったのに……」
そう言いつつも、遥香は嬉しそうに頬を染めている。今日は本当にコロコロと表情が変わって可愛いと思ったが、それを口にすると怒りそうなので黙っておくことにした。
ローストチキンを綺麗に食べ終えて、後片付けをする。誕生日の人は座っててと怒られたが、さすがにあれもこれも全部やってもらうのは悪いのでそこは無視させてもらった。
「洗い物、ありがとうございます」
「いや、これくらいはな」
「ケーキ、一応作ってはいるんですが……どうしますか?」
「洗い物も済ませたからな……」
「ふふっ、明日にしましょうか」
「だな」
明日に伸ばすことも出来るのは、隣人であるメリットの一つだ。もう少し一緒にしたいことがあるとか、そんなときでも予定の調整がすごくやりやすいのだ。
「改めて、お誕生日おめでとうございます」
「おう。18だな」
「そう……ですね……」
「どうした?」
「い、いえ。ただ、その……結婚できるんだなって」
「……っ!?」
「い、今すぐしたいとか、そういうわけじゃありませんよ!? ただ、私たちもそうなっていくのかなって……」
「……まあ、そうなるだろ」
「さらっと言いますね。言質取りましたよ?」
「構わない」
「もう少し動揺してください……」
自分で言い出しておいて恥ずかしそうにしている遥香を横目に、蓮也も少しだけ未来のことを考えてみる。そして、直近の壁があることをすぐに思い出してしまった。
「まずは入試だな」
「現実的ですね」
「大事だろ」
「ふふっ、そうですね。頑張りましょうね」
「ファイトですよ」とガッツポーズをとる遥香を見て、蓮也もしっかりと頑張ろうと決めた。
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