54.かまって欲しくて、頑張ってほしくて
一応、受験生の時間はある。いくらなんでも遊びすぎだろう。他は知らないが、なにより蓮也は高望みなのだ、人よりも努力はしなければならない。
幸いにも、遥香がサポートをしてくれているので比較的楽に勉強ができている。遥香はちゃんとしているのかと思わないでもないが、その辺はおそらく大丈夫だろう。なにより、蓮也には他人の心配なんてしている暇はない。
しかし、一つだけ最近困ったことがあるのだ。
「蓮也くん、お茶持ってきましたよ」
「ああ、ありがとう。置いといて」
「はい。頑張ってくださいね」
こうして快適な環境で勉強に取り組めるのはありがたい。これで終われば、なのだが。
「お菓子持ってきましたよ」
「ありがとう」
「なにか必要なものはありますか? 持ってきますよ?」
「大丈夫。ありがとう」
「なにかあったら言ってくださいね?」
「おう」
「あ、あとこれ。ノート作ってきましたので」
「ありがとう」
「はい。あ、ハグでもしますか? リラックスできるそうですよ?」
「お、おう。そっか」
疑問形ではあるが真横まで来ている。椅子から立ち上がって、隣にいる遥香をそっと抱きしめる。たしかにリラックスはできる。しばらくこのままでも一向に構わない。が、そうもいかないのですぐに離れる。
「あっ、駄目ですよ。あと20秒」
「何基準だ?」
「30秒しないと意味が無いんですよ。聞いたことありませんか?」
「そういえばあるような……」
「ですから、あと20秒。いえ、日ごろしていないので一時間二時間、いくらでもどうぞ」
「……わかった、出ていこうか?」
「えっ? あっ、ちょっと!」
抗議の声を聞き入れることなく、遥香を部屋から出す。そう、困ったことというのはこれのことだ。
応援してくれるのも、手伝ってくれるのもありがたい話ではあるのだが、それ以上に結果的に妨害になっていることが多いのだ。遥香も悪気があるわけではないはずなので、強く怒ることも出来ない。
「まあ、後でいいか」
とりあえずは勉強をしよう。
一旦打ち切って、リビングへと向かう。さっき蔑ろにしてしまったことも謝らなければいけない。
謝る予定だったのだが、沈んでいた。見たとおりに表現するならば、ソファーの上に置かれた、遥香の部屋にもある可愛いと言いきれないクッションに顔を埋めて、生死の確認をした方がいい気がする状態になっていた。
「だ、大丈夫か?」
「蓮也くん!」
「おう、蓮也くんだ」
「膝が空いてますよ、寝転びますか? それとも私に膝を貸してくれますか?」
「えーっと、じゃあ後者で」
「わかりました」
先程とは打って変わって、ものすごく元気だ。心配して損どころか、完全に失敗してしまった気すらする。
「どうしたんだ」
「えっ?」
「最近、明らかに様子がおかしいだろ。なんかあったか? 天宮と喧嘩でもしたのか?」
「するわけないじゃないですか。ただ……えっと……」
「なに?」
「……迷惑になるので言いません」
「気にせず言ってくれればいい」
「……いいんですか? 私って結構めんどくさいですよ?」
「いいよ別に」
「……寂しかった……」
「……っ!」
遥香の隣に座り、その膝に遥香を寝転がらせる。思いの外可愛らしい理由で、微笑ましく思えてしまう。たしかに、なんだかんだ遊んでいたとはいえ、遥香といる時間は少なくなっていただろう。
「いいんです。ただ、ここには蓮也くんが座っていてくれて、その隣に私がいるのが当たり前になっていて。一人で座るには、このソファーは少し大きすぎますね」
「……そうだな。ごめんな」
「いいんですって、私が勝手に寂しがってるだけですから! だから、その分終わったらいっぱい遊んでください」
「おう」
「……推薦入試、あと二ヶ月ですね」
「意外とすぐだな」
「……ううん」
視線を落とすと、遥香は蓮也の膝に顔を埋めている。二ヶ月という時間は遥香にとっては長いものらしい。
「でも、遥香もいろいろ準備しろよ?」
「はい、その辺は抜かりないので大丈夫です。私は蓮也くんが思ってるよりも優秀なんですよ?」
「そっか」
「さてと」と言いながら、遥香はソファーから立ち上がり、蓮也の頭を撫でて台所へ向かう。その過程に意味があったのかはわからないが、それで遥香が満足なら喜んで撫でられよう。当然、恥ずかしいが。
「気がすみました」
「そっか」
「本当に、迷惑かけてばかりですね……」
「それはない。大丈夫だから」
「とりあえず、晩御飯の準備をしてますね」
「おう」
それはつまり、もうしばらくは邪魔をしないからということだろう。それはそれで少しだけ寂しい。
そんなことを言っている場合でもないので、大人しく部屋に戻りテキストを広げる。隣には遥香がわざわざ作ってくれたノートを一緒に。
このノートも相当頑張って作ってくれたことが伝わってくる。ところどころ眠ったのか、線が意味不明なところへ伸びていたりしている。
ページをめくっていくと、メッセージが書かれたページを見つける。『頑張って』とか『ファイト!』の一言。だけど、その一言が蓮也を元気づけてくれるから不思議なものだ。
そんな遥香の応援メッセージを見て、もう一度教材へ向き合う。
「頑張るか」
「二時間か」
ふと時計を見ると、それなりに時間が経っていた。普段の遥香の晩御飯の準備にしては、少し遅い。少し心配になってリビングへ向かうと、テーブルに突っ伏している遥香がいた。手元にはシャーペン、テーブルに広げられているのは料理と一冊のノート。
すやすやと寝息をたてる遥香の顔の下からノートをそっと抜き取り、内容を確認する。案の定、綴られているのは蓮也へのメッセージや、公式の応用ばかり。
「ありがとな」
「……ん……ふぅ……」
頭を撫でると、その手に顔をすりつけてくる。本当に寝ているのか疑わしいところだが、それ以上に可愛らしい。このまま寝ていると身体を痛めてしまうので、ソファーへと移す。
愛らしい寝顔を見て、改めて蓮也には勿体なく感じる。
「あ……ぅ……」
「ん?」
「……ぅへへぇ……」
「……楽しそうだな」
夢でも見ているのだろうか、幸せそうに笑っている。その笑顔は、蓮也がよく見る笑顔だ。もしかしたら蓮也の夢でも見ているのかもしれないと思って、少しにやけてしまう。
テーブルの方に目をやると、胡麻のかかった鳥の照り焼きが準備してある。用意されているのは一人分で、台所には皿が重ねて置かれているので遥香は先に食べたのだろう。
「いただきます」
少しだけ冷めた遥香の料理。出会ったばかりのことを思い出せる味だ。
先程『迷惑かけてばかり』だと言っていたことを思い出す。こんなにも蓮也は助けられているのに迷惑なはずもないし、なにより蓮也は一週間足らずの間遥香がいないだけで寂しさを感じるようになってしまっているのだ。迷惑なんてとんでもない。
思えば、この一年半程で本当にいろんなことがあった。遥香と出会って、よくわからない距離の関係のまま半年を過ごして。初めて人を好きになった。
たとえ別々の大学に行ったからといって、離れ離れになるということはないだろう。だけど、蓮也はまだ遥香に何も返せていないのだ。ならせめて、蓮也自身の感情は置いておいても、彼女の傍にいたいと思うから。
「れんやくん……?」
「ごめん、起こしたか?」
「いえ……すみません、呼びに行かなくて」
「いや、全然大丈夫だ」
伸びをする遥香の顔には疲れの表情が見える。これでは結局遥香に助けて貰っているので、なんとも情けなさは感じるが。
自分のために。周りにはそう言ってきたが、蓮也の胸の内はやはり遥香の為だ。これまで『好きでやってるので』と言う遥香に甘えてきたのだから、その恩返しはしたい。
「頑張るからな」
「はい?」
「いや、なんでもない」
「はぁ……? 頑張りすぎないようにはしてくださいね?」
「おう」
「多少の無理はするけど」と小声で付け足しておいて、蓮也は遥香に向かって微笑んだ。
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